機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
地球侵攻を進めるジオン公国軍は、表向きには破竹の勢いで勝利を重ねていた。
だが北米の前線では、補給線の伸び切りと連邦残存部隊の抵抗により、戦局は次第に泥沼化していく。
そんな中、カリスたち不死鳥隊は、地球の戦場で新たな声を聞くことになる。
宇宙世紀0079、四月。
地球の重力ってやつは、俺の想像を遥かに超えて厄介で底意地が悪い。
破竹の勢いで進軍を続ける公国軍は、あっという間に地球の半分をその手中に収めている。ギレン総帥がぶち上げるプロパガンダ演説によれば、「今年の八月には地球全土が完全にジオンのものになるだろう」なんていう、どこまでも景気のいい話だ。本国でその放送を見ている国民たちは、勝利を確信して連日祝杯をあげているんだろうさ。
だが、ここ北米で毎日毎日砂埃にまみれ、文字通り泥水をすすりながら戦っている俺たちの実感は、その華々しい発表とは絶望的なまでにかけ離れている!
「……前線まで補給が届いていない、だと?」
ルナがデータパッドの画面を忙しなくスワイプしながら、ひどく申し訳なさそうな表情で小さく頷く。
「はい。現在、我が軍の補給線が想定以上に伸び切ってしまっている状態です。それに加えて、後方に潜伏している連邦軍の残存部隊による執拗なゲリラ戦によって、物資を運ぶ輸送部隊の進行速度が著しく鈍化しています。その影響で……第一線の戦闘部隊では慢性的な弾薬不足、そして何より食糧不足が極めて深刻な問題になりつつあります」
弾薬がない。飯がない。軍隊にとってこれ以上の死活問題はないだろ!
「もー!いくらなんでも酷すぎます!ワインやお菓子は最悪我慢するとしても、せめて新鮮なお肉や、焼きたての温かいパンが届かないと、私たちまともに戦えないですよ!最近ずっと、宇宙食以下のパサパサした合成レーションばっかりじゃないですか!」
不満はもっともだ。フロートニック家の財力をもってしても、最前線まで個別に新鮮な物資を運び込むのは至難の業となっている。
「……見苦しく嘆くのはやめろ、オーエンス少尉。我々は公国の大義を背負う騎士である。騎士たるもの、戦場においては、多少の飢えや渇きは己の精神力で我慢を……むぐっ」
「……おい、エルフリーデ」
「お前が背中に隠しているその右手に、どこからか調達してきたであろう巨大な骨付き肉が握られていなかったら、その高潔な騎士道精神とやらも少しは信用できたのにな。隠しきれてないぞ、肉の焼けるいい匂いがテントに充満している」
図星を突かれ、ビクッと肩を震わせて気まずそうに視線を泳がせるエルフリーデ。誤魔化そうとしているが、口の周りがこんがり焼けた動物の脂でテカテカといやらしく光ってるぞ!この食糧難の最中に、こいつのサバイバル能力と図太さだけはどうなってんだ!
◇◇
「しかし、本当に厄介な状況ですね」
「いくら俺たちの乗るザクⅡの性能が連邦の戦車より勝っていても、燃料と実弾がなきゃ、ただの動かない案山子と同義だ。……カリス少佐、我が地球方面軍の総司令官であるガルマ大佐は、この状況で一体どう動いているんです?上層部としての対策はあるんですか?」
「大佐か?あの人は、現地の有力者たちとの関係構築については、かなりうまくやっているみたいだな。占領した都市の治安維持や政治的な立ち回りに関しては文句のつけようがないほど優秀らしい。だが……なんて言ったかな?確か、現地の元市長の娘と、個人的にかなりいい感じの関係に発展しているらしいぞ。政治的にも、個人的にもな」
「ああ、イセリナさんだね。俺もチラッと姿を見たことがあるけど、なかなかの美人だったよ。深窓の令嬢っていう言葉がぴったりの人だ。大佐も、あんなに純粋そうな顔をして、なかなか隅に置けないな。青春してるじゃないか」
その言葉に、マークがニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべて俺の隣まで歩み寄り、肩を肘で軽く小突いてくる。
「なんだ、カリス少佐はアレだな。大佐のロマンスが羨ましいわけだ。自分だけこんな最前線で飢えに苦しんでいるのが不満なんじゃなくて、本当は宇宙に置いてきた、あのピンク色の髪をした美少女に無性に甘えたくなって、嫉妬しているわけだ。図星でしょう?」
「…………マーク」
顔面から火が出るほど耳の先まで一気に赤く染め上げながら、凄まじい殺気を込めてマークを睨みつける。
「お前、次の市街地パトロールは、ザクの装甲をすべて解除して、内部の駆動フレームがむき出しの刑で行かせるぞ。歩兵のライフル弾すら防げない、スケスケの鉄の骨組みだけで戦場を歩く恐怖を存分に味わわせてやる」
「そ、そうなんですか隊長!?少佐が女の子の温もりに飢えているというのなら、ここはマリア姉さん!姉さんの出番です!カリス様にその胸を思い切り押し付けて、寂しい心を慰めてあげるというのはどうでしょうか……!?」
「えっ」
爆弾発言に、マリアは一瞬目を丸くして固まるが、すぐに腕を組み、俺の全身を上から下まで値踏みするようにジロジロと見つめ始める。
「うーん。だめね、やめておくわ。少佐みたいな、十二歳の女の子に執心するような筋金入りのガチのロリコンには、私みたいに色気のある成熟した大人の女は、ただのおばさんに見えるみたいだし!慰めても効果がないわ!」
わざとらしく自分の胸をグッと張り、俺に向かって抱きつこうと冗談めかして一歩前へ踏み出してくる!
俺の脳細胞が、鋭い直感で最大の危機を察知した!凄まじい速度で後ろへ向かってバックステップを踏む!
「ヒィッ!寄るな!触るな!俺の貞操は、宇宙に大事に置いてきたあの可愛いはにゃーん様のものなんだ!彼女のために絶対に死守されなければならないんだ!!」
パニック状態のまま後退し続け、背後にうず高く積まれていた空の弾薬箱の山に勢いよく突っ込み、派手な音を立てて無様に崩れ落ちる。
「痛っ……お前ら、いい加減に俺をその変態設定でいじるのを忘れてくれないか……!?俺は純愛を貫いているだけなんだよ……!」
仲間たちとこうして下らない冗談を言い合い、馬鹿騒ぎをして笑い合えるうちはまだマシだった。
だが、このテントの外に広がる現実の戦局は、目に見えてどうしようもない膠着状態へと陥っていく。
◇
誤解しないでほしいが、別に俺たちが局地戦で連邦軍に勝てないわけじゃない。歩兵のミサイルや旧式の戦車しか持たない連邦の地上部隊に対して、機動力と火力で圧倒するザクを擁するジオン軍が力負けする道理はどこにもない。正面からぶつかれば必ず俺たちが勝つ。
だが、いくら防衛線を突破して敵陣深くへ侵攻したところで、弾薬も食糧も前線に届かないのでは、確保した拠点を維持できずに結局は元のラインまで下がるしかない。
進む。弾が切れる。戻る。
補給を待つ。待っている間に、連邦の残党が後方の輸送隊を焼く。
ようやく届いた物資を抱えてまた進む頃には、昨日奪ったはずの拠点に、もう敵の旗が立っている。
そして、過酷な環境での肉体疲労よりも、慢性的な空腹よりも、何よりも俺の心を深く確実に蝕んでいく、ある強烈にきつい事実が存在している。それは……。
◇◇
数日後。
その数日で、部隊の食事は一日三回から二回に減った。
ザクの予備部品も、弾薬も、笑えるほど届かない。
ビルの残骸の隙間から対戦車ミサイルを放ってくる連邦の歩兵部隊や、キャタピラを破壊されて動けなくなった戦車が、最後の抵抗とばかりに砲弾を撃ち込んでくる。それらを装甲で強引に弾き返し、時には足で蹴散らしながら容赦なく進んでいく。
敵の攻撃はモビルスーツの正面装甲には決定打にならない。だが、関節部や動力パイプを狙われれば危険だ。
だからなのか、連邦の兵士たちは決して後退しようとしない。それどころか、ザクの足元まで決死の覚悟で肉薄し、自爆覚悟で機体の関節部へ吸着爆雷を直接投げつけてくるんだ。
「くっ……!もうやめろ!これ以上の抵抗は完全に無意味なはずだ!!勝敗は決している!なぜ戦う!!??」
コックピット内で操縦レバーを握りしめながら、その手が小刻みに震えているのをどうすることもできない。
敵の悲痛な叫びを聞きながら、それでも味方を守るためにザクのマシンガンの引き金を引く。
銃口から火が噴き、連邦兵が隠れている瓦礫の塹壕陣地を一瞬で沈黙させる。強烈な爆発の衝撃によって、赤い血と黒い泥が混ざり合い、空高く舞い上がるのがメインモニター越しに見える。
――キィィィィン。
脳内に、通信機を通さない人間の直接的な思念の声が、耳障りで鋭いノイズと共に、衝撃を伴って叩きつけられる。
『宇宙人の化け物め……!よくも、よくも俺の可愛い娘を……!!』
『戦友を……!親を、兄弟を……何億人も虫けらのように殺した、ジオンの悪魔ども!お前たちだけは絶対に許さない……俺の命と引き換えにてでも、必ず殺す……!!』
「はぁっ……あぁぁっ……!」
「やめろ……。お願いだから、やめてくれ……!頭の中に直接、響いてくるんだよ……!!これは戦争なんだろ!?仕方ないで済ませてくれよ……!俺の心にまで入ってくるな……!」
一週間戦争のツケ。俺たちジオン軍が開戦直後に引き起こしたコロニー落としという悪魔の所業。地球上の何十億もの命を奪い去った。
俺自身が直接手を下したわけじゃないにせよ、ジオンの軍服を着て侵略している以上、地球に住む人々からの憎しみと呪いから逃れることはできない。
彼らにとって俺たちは家族を奪った絶対悪なのだから。
「全機……!被害を知らせ!!!」
『…………うるさいな……本当に、鬱陶しいんだよ……この声は』
「……え?」
サブモニターに映る味方機のステータス画面を見る。
『いや、何でもない。……何でもないはずなんだがな』
通信の向こうから聞こえるマークの声は、いつも俺をからかう時の飄々とした余裕は鳴りを潜めていた。ひどく苛立ち、見えない何かに怯え、そして精神の底から疲弊しきっているように聞こえる。
モニターに映るマークのザクの挙動も、明らかに反応が鈍い。そのせいで普段なら絶対に当たらない歩兵の小火器の被弾が増えている。
『マーク……。カリス様に、心配を……おかけするわけには……っ……うっ……、あぁっ……』
別回線からエリスの苦しそうなうめき声が漏れ聞こえてくる。
「エリス……?お前もか……まさか」
嫌な予感に急き立てられ、部隊長権限でエリスのコックピット内の生体データを盗み見る。
そこに表示された心拍数や脳波の異常な数値。カメラ越しに見える彼女の顔もまた、幽鬼のように蒼白になっていた。
偶然で俺が最初にその感覚に目覚めただけだったのか。それとも『そういう特殊な素養がある奴』ばかりが、不死鳥隊に集められてしまった結果なのか。
今や俺たちは、多かれ少なかれ、自分たちの手で殺し散っていく敵兵たちの断末魔の声が、直接脳内に聞こえるようになってしまっていたんだ。
ニュータイプ。ジオン・ズム・ダイクンがかつて提唱した、宇宙環境に適応した人類の革新。誤解なく理解し合える素晴らしい新人類。
だが、そんなものはただの綺麗事だ!実際の人の革新とは、他者との境界線が曖昧になり、互いの痛みが手に取るように分かりすぎるせいで、相手の殺意や死の瞬間の絶望までダイレクトに共有してしまうという、逃げ場のない呪いでしかない。
地球の重力は、俺たちの足元だけでなく、心までも深く絶望の中へと引きずり込もうとしている。
頼むから・‥‥、黙っていてくれ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、地球侵攻の補給難と、不死鳥隊に起き始めたニュータイプ的な異変を書きました。
前半の部隊内の掛け合いや、後半の連邦兵の怨嗟が聞こえる場面など、印象に残ったところがあれば感想をいただけると嬉しいです。