機動戦士ガンダム 不死鳥戦記   作:だいたい大丈夫

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地球戦線に投入され続ける不死鳥隊は、敵の殺意を読み取る力によって常勝の特殊部隊として扱われるようになっていた。
だが、その力は勝利をもたらす一方で、彼らの精神を確実に削り取っていく。
疲弊しきったカリスのもとへ、宇宙から一通の手紙が届く。


常勝部隊と女神の手紙

 宇宙世紀0079、6月。

 

泥沼の重力戦線に足を降ろしてから、早くも三ヶ月の月日が流れていた。

 

 俺たち不死鳥隊は、この広大な地球を、文字通り北から南へ、東から西へと休む間もなくたらい回しにされていた。いや、たらい回しなんていう生易しい言葉じゃ表現できない。もっと冷酷に言えば、俺たちは軍という巨大工場を流れる『ベルトコンベア』みたいに、ただひたすらに効率よく死地から死地へ投入され続けていたんだ。

 

 要するに、俺たちが戦えば必ず勝つ。どこかで負けそうになってる友軍があれば救援に駆けつけて戦線を押し返す。連邦の重要拠点があれば強襲して占領する。

 そして……敵の残存部隊やゲリラを、一人残らず殲滅する。

 そういう役割を、俺たちはこなし続けていた。

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 現在、北米大陸のとある荒野。

 

 容赦なく照りつける太陽の下、切り立った岩山の陰に連邦軍の対MS特技兵の姿があった。

 

『……よし、あいつだ。あの機体、間違いない。不死鳥隊の隊長機だ。絶対に外すなよ。もう少し、あと少しだけ引きつけろ……』

 

 だが、その兵士が覚悟を決めて引き金に力を込めようとした一瞬。

 俺のザクは進行方向も変えず、予備動作なしに、マシンガンの銃口を、潜む正確な位置へと真っ直ぐに向けたのだ。

 

「なっ!?」

 

「……そこだ」

 

 赤い血と肉片が泥に混ざって四方八方へ飛び散っていくのが、モニター越しに生々しく映し出される。

 

「右舷十四度、前方三百の地下壕に、敵の別動隊が五人隠れている。マーク、エターナ、やれ」

 

 さっき人を殺したばかりだというのに、自分でも驚くほど一切の感情の起伏がない、ひどく冷淡な声で指示を飛ばしている。

 

『了解』

 

 どんなに巧妙にカモフラージュして俺たちの目を欺こうと息を潜めても、今の俺たちには通用しない。

 

 なぜなら、彼らが陰で、あるいは地下壕の中で、こちらに向けて引き金を引く直前に発する『殺意と敵意』が、声として、脳に直接『視えて』しまうからだ。

 

 五感を超えた恐るべき精度で敵がどこにいて、誰を狙って、いつ撃とうとしているのか、手に取るように分かってしまう!

 

 結果として、敵が行動を起こす数秒前に、その殺意の発生源に向けて先制攻撃をかけ、敵ごと吹き飛ばすことができる。待ち伏せも、奇襲も、スナイパーも、この知覚の前ではただの的当てゲームに過ぎなかった。

 

 その戦果から、俺たちは上層部から『絶対に負けない常勝の特殊部隊』として狂気的なまでに重宝されることになった。

 

 だが……辛い。

 俺の、そして不死鳥隊のメンバーの精神は、すでにボロボロだった。

 敵を一方的に虐殺できるからといって、心が痛まないわけじゃない。むしろ逆だ。

 この共鳴による呪いは、敵を殺すたびに彼らの断末魔の絶望と恐怖をダイレクトに脳へ注ぎ込んでくる。それは確実に俺たちの精神を、日を追うごとに削り取っていた。

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「……ガウ攻撃空母を、まるまる一隻?俺たちの足として配備するって言うのか?」

 

「はい、間違いありません。突撃機動軍司令であるキシリア閣下よりの直接の命令書が届いております。我々不死鳥隊は、なんと『最優先補給対象』に指定されました。最新の装備も、弾薬も、食糧も、すべてが一番最初に回ってきます。これもすべて、我々があらゆる激戦区へ、迅速に駆けつけるために、とのことです。これに合わせて、宇宙に残っていたゼノン中佐やムサイのクルーたちも地上へ降りてきて、このガウの運用メンバーとして合流しています」

 

「キシリア閣下直々の御指名、か。最優先補給対象なんて聞こえはいいが……ずいぶんと使い勝手のいい猟犬にされたってわけだ。これで俺たちは、言い訳無用で、休むことなく火消しに回らなきゃならなくなった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 視線の先では大勢の整備兵が忙しなく立ち働き、高圧洗浄機でザクの装甲にこびりついた泥や血痕を洗い落とし、ガウ攻撃空母への積み込み作業を行っている。

 その喧騒の傍らで、部下たちは出撃までの束の間の時間を、各々のやり方で過ごしていた。

 

「はいはーい!そこの整備班長さん!私のザクの装甲、今回は少し前衛的で、もっとこう、可愛い感じに通常カラーリングをしておいてくださーい!戦場でも目立つように、ピンクとか赤とか入れてね!あと、コックピットの中に血の匂いが絶対につかないように、強力な消臭剤を三つくらい置いておいてね!」

 

 マリアは、不自然なほど裏返った高い声で身振り手振りを交えて明るく要望を伝えている。

 

 一見するといつもの通りだ。だが、その瞳の奥を覗き込めば、そこにはもうかつての無邪気な光はない。暗く淀みきった、明らかに『人殺しの目』だった。

目の下には、真っ黒なクマが張り付いている。

 

マリアの少し離れた場所では、エルフリーデが壁に向かって一人で立っていた。

 

「……斬る。……斬る。敵の装甲の隙間を……関節部を……敵兵の首を……。私は騎士だ。騎士の剣で、大義のために……すべてを斬り捨てる……」

 

 虚ろな、焦点の合わない目で、手にしたサーベルの素振りを延々と続けている!

手のひらは皮が破れ、血が滲んでいるというのに、彼女はそれをやめようとしない。

 

 そして、ジュナスは天井を見上げ、やはり焦点の合わない目で気味の悪い笑いを漏らしている。

 

「……あはは、あははは。今日も、宇宙の声がすごく騒がしいや……。あの時殺した連邦の戦車兵が、さっき吹き飛ばしたゲリラの子供が……みんな、僕を呼んでるよ。こっちに来いって……あはは……」

 

 マリアは無理をして笑っているが、心はすでに限界を超えて壊れかけている。

夜、一人で眠る恐怖と死者の怨嗟の声に耐えきれず、最近の彼女はシェルドに毎晩すがりついて一緒に朝を迎えているらしい。シェルドの方もそんな彼女を突き放せず、共依存のような関係に陥っている。

 

 ……いや、彼女たちだけじゃない。ここにいるみんなが、大なり小なりそうやって精神のバランスを崩している。

 

 強い酒に溺れる者、刹那的な肉欲に走る者、エルフリーデのような狂気的な反復行動に没頭する者。何か強烈な刺激に逃げて脳を麻痺させないと、他人の死の感情が流れ込んでくるこの呪われた日常をやっていられないのだ。

 

 あの飄々としていたマークでさえ、最近はエリスと四六時中一緒にいて、互いの存在を確かめ合うように依存し合っている。

 

 かくいう俺も……彼らのことを偉そうに心配したり、哀れんだりできる立場ではない。俺自身の精神も、すでにかなりヤバいところまで追い詰められている自覚がある。

 

だから俺は、一度だけ街の娼婦を呼んでしまった。

 

 美しい人が、俺に向けてとても優しく、甘い微笑みを投げかけてくれた。俺のささくれ立った心は確かに少しだけ救われたような気がした。

 

 だが、彼女が俺の胸に寄り添った時

 

『ジオンの悪魔……!お前たちのような人殺しが……!よくも、よくも私の大切な家族の仇……!!ここで刺し違えてでも……!!』

 

彼女が、シーツの下に隠し持っていたサバイバルナイフを引き抜き、俺の首へと振り下ろそうとした、その瞬間――。

 

「……っ!!」

 

 体は頭で思考するよりも早く動いていた。

 枕元に隠してあった拳銃を引き抜き、彼女の胸元へと引き金を引いていた。

 

 彼女は目を見開いたまま俺の胸元に崩れ落ち、そしてすぐに動かなくなった。

 

 後で憲兵隊が調べたところによれば、彼女は俺が地上に来た時のキャリフォルニアベース攻略戦の巻き添えで、両親と幼い弟妹を全員殺された遺族だったそうだ。

 彼女は俺がジオンの将校だと知り、最初から復讐のためだけに俺の部屋にやってきたのだ。

 

 ……この代物は、戦場においては、人間を人間でなくするためのただの残酷な呪いでしかなかった。

 

 ちょっと、やりきれんよな。

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

「お疲れのようですね、カリスお坊ちゃま」

 

「……ん?お前は……」

 

 そこには、ジオンのタイトな軍服を着こなした、理知的な女性が静かに立っている。

 間違いない。ニキ・テイラーだ。フロートニック家の使用人たちを束ねる若きメイド長であり、同時に軍事や戦術にも恐ろしく明るい、文武両道を地で行く恐るべき女傑だ。

 

「ニキさん!なんであなたがここに……!あなたも、宇宙から地球に降りてきていたのですか!?」

 

 ニキさんは俺の驚愕の表情など全く気にする素振りも見せず、いつも実家の屋敷で見せているのと同じ、優雅なお辞儀を披露する。なぜか安心するよ。

 

「ええ、その通りでございます。この度、地上に降りたゼノン中佐の直属の副官として配属されました。ですが、もちろんそれは表向きの理由に過ぎません。私の真の任務は、疲弊しきっているであろうカリス坊ちゃまの身の回りのお世話を、これまで通り完璧にこなすことにあります」

 

「……それは、色々な意味で心強いよ。あなたが側にいてくれるだけで、実家のリビングにいるような安心感がある。だが、ちょっと待ってくれ。俺の記憶が確かなら、あなたはモビルスーツの操縦技能でも、A級を叩き出していたはずだ。パイロットとして前線に出るつもりはないのか?」

 

「まあ、乗ろうと思えば乗れますし、そこらの兵になら後れを取るつもりはございませんが……。皆様方には、今の私ではもう到底かないませんよ。己の分をわきまえております。ですから、私はあくまで裏方として、坊ちゃまの心に溜まった精神的排泄物を綺麗に掃除して処理する役割に徹します。……それよりも、坊ちゃま。今日私がここへ参りましたのは、他でもない、坊ちゃまにとって何よりも重要な特効薬をお渡しするためです」

 

そう言うと、ニキさんは軍服の懐に手を入れ、一通の封筒と、真新しい可愛らしいシルク製の『匂い袋』を取り出し、俺の目の前へと恭しく差し出す。

 

「こ、これは……!この筆跡は、まさか……!ハマーンからの手紙……!?」

 

さっきまでの死にたいような重苦しい気分が、一瞬にしてどこかへ吹き飛んでいくのを感じる!

 

「はい、ご明察の通りです。それと、こちらが新しい匂い袋だそうです。ハマーン様からは、『古いものは回収して、中に何が入っていたか証拠が残らないように燃やし尽くすように』と、厳命を受けております」

 

 この荒みきった戦場の中で、これこそが残された唯一の希望の光だ。

 

 可愛らしい、まだ少し幼さの残る丸みを帯びた文字が並んでいる。

 

『カリスへ。私が渡した大事な匂い袋を、地球に降りて三日目にはもう開けたみたいだね。……変態。キモい。最低のロリコンストーカー野郎』……っ!!?」

 

「ぐはっ!」

 

なぜだ!なぜ俺が誘惑に負けて中身(あの水玉模様のパステルブルーの布)を確認してしまったという絶対の極秘事項が、遠く離れた宇宙のハマーンの耳にまで届いているんだ!?

 

超能力で俺の行動を監視しているというのか!?あの人の情報網はどうなっているんだ!俺のプライバシーは、この広い宇宙のどこにも存在しないのか!?

 

ショックに目の前が真っ暗になりかけるが、気力を振り絞り、視界がぼやける中で続きへと視線を落とす。ここで読むのをやめたら、俺はただの変態キモ野郎として一生を終えることになる。それだけは絶対に避けなければならない。

 

「ううっ……続き、続きは……『だけど……』、だけど!?『新しいのを作ってあげるから、古いやつはニキに返して。……あんまり無茶しないでね。早く、私のところに帰ってきて。ハマーンより』」

 

「ううっ……!!ぐおおおおおっ……!!」

 

「あらあら。ついに精神の限界が訪れたようですね。医務室へ連絡しましょうか?」

 

「違う!!限界じゃない!!限界突破だ!!」

 

「なぜミステリーはひとまず置いておくとしても!

いや、そんなことは今の俺にはもうどうでもいい!!それよりも、最後の『早く帰ってきて』という一文……!!ああああっ、なんて、なんて尊い一文なんだ……!!

心が、ただこの数文字の愛の言葉だけで、浄化されていく……!!聞こえない!さっきまで頭の中でガンガン鳴り響いていた声が、跡形もなく消え去っていくぞ!!ハマーン、君はやはり俺の女神だ!!」

 

「……相変わらず、本当に救いようのない、度を越した性癖をお持ちですね、坊ちゃま。その手紙一枚で精神状態が回復するなら、軍のメンタルケアの専門医も全員失業してしまいますよ。で、感動の涙を流しているところ大変申し訳ありませんが、古い匂い袋はこちらへお渡しください。厳命通り、速やかに燃やさなければなりませんので」

 

「あ、ああ。わかっている。約束は守るさ」

 

軍服の奥深くに隠し持ち、どんな激戦の最中も決して手放すことなく死守していた匂い袋を、渋々ニキさんへと手渡す。

 

 ニキさんはそれを受け取ると、汚いものでもつまむように指の先だけで持ち、すぐに持参したポーチの中へと厳重に封印している。おい、いくらなんでもひどいじゃないか。

 

「で、ニキさん。俺は一つだけ、どうしても聞きたいことがあるんだ。この新しく俺に届けられた新しい匂い袋の中身は……一体何が入っているんだ?」

 

「開けないほうが、坊ちゃまご自身のためかと存じます。もし次開けたら、今度こそハマーン様に完全に愛想を尽かされる危険性がありますよ」

 

「………そう言われるとさ、中身が気になって夜も眠れなくなるのが、軍人の逃れられない性というものだもの。ヒントだけでも教えてくれないか?」

 

「……女性には、いくら親しい殿方にでも絶対に見せたくないものや、知られたくない秘密というものがございます。ですが、ハマーン様がこの新しい袋を私に託される際、頬を真っ赤に染めながら、このように仰っていました。『変な虫が寄り付かないように、自分のオスにはしっかりとマーキングしておきたいから、今回はとびきり濃いものを中に入れたの』と。……それがどういう意味を持つのか、何が入っているのかは、どうか坊ちゃま、お察しください」

 

「なっ……!?」

 

「さ、察せないよ……!というか、察したくもない!わからんもん!!本当にあの子は、まだ十二歳の子供なのか!?『自分のオスにマーキング』なんていう過激な単語、どこで覚えてきたんだよ!?」

 

不思議なものだ。

 たった数分前まで、頭の中では殺してきた敵兵たちの悲鳴や怨嗟の黒いノイズがガンガンと鳴り響いていたというのに。

 

 この小さな手紙の温もりと、新しい匂い袋から微かに漂ってくる、ハマーンの甘くて愛おしい気配を感じているだけで、声がどんどんと遠くへ押しやられていくのがわかる。

 

 ハマーン。君が俺のことを変態だのキモいだのと罵ってくれるその言葉だけが、君との約束だけが、俺を狂った人殺しのバケモノから、ただの君を愛する一人の人間の男へと引き止めてくれる絶対のアンカーなのだ。

 

 

 

 

 

 

◇◇

 

 

 

 

 

 

 

数時間後。

 

「機関、出力最大へ。各部スラスター、正常。本艦、これより離陸する」

 

 「カリス少佐。不死鳥隊、全機の格納庫への収容および固定が完了しました。本艦はこれより予定通り、次の激戦区である東海岸方面へと機首を向けます」

 

艦長席に座るゼノン中佐が落ち着いた頼もしい声で報告を入れてくる。

 

「了解した、ゼノン中佐。よろしく頼む。……これからは、文字通り地球中を休む間もなく飛び回る軍の便利な猟犬になりそうだな。過酷な空の旅になりそうだ」

 

「坊ちゃま。次の戦場に到着するまでには、まだ時間の余裕がございます。今のうちに、少しでもお休みになってはいかがですか?睡眠不足は直感を鈍らせますよ」

 

「ああ……あなたの言う通りだ。ありがたくそうさせてもらうよ。少し、ベッドで目を閉じることにする」

 

 だけど、俺には絶対に帰るべき場所がある。

 

『早く帰ってきて』

 

 待っていてくれ、ハマーン。俺は必ずこの地獄を終わらせて、君の元へ帰るから。




ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、地球戦線で使い潰されていく不死鳥隊と、ハマーンから届いた手紙を書きました。
不死鳥隊の壊れ方や、ニキの登場、ハマーンの手紙の場面など、印象に残ったところがあれば感想をいただけると嬉しいです。
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