機動戦士ガンダム 不死鳥戦記 作:だいたい大丈夫
そこでカリスたちは、ジオンの新型モビルスーツ「グフ」と対面する。
一方、連邦軍の極秘計画「V作戦」の影が、静かに戦場へ近づき始めていた。
シェルド
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【カリフォルニア・ベース】
宇宙世紀0079、9月。
俺たち不死鳥隊は、本当に文字通り、地球の裏側まで西から東へ、南から北へと休む間もなく駆け回り、ようやく再び北米方面軍の最大拠点であるここ『カリフォルニア・ベース』へと帰還を果たしていた。
いや本当に、思い返すだけでも吐き気がするほど過酷で大変な数ヶ月間だった。
敵のゲリラ部隊の掃討、連邦軍の残存艦隊との交戦、さらには補給路の確保まで、何でも屋のようにこき使われたからな。
だが、その過酷な日々の中にあっても俺たちは誰一人として死んでいない。
ザクは、激しい戦闘のたびに装甲が剥がれ落ち、右腕や左脚を吹き飛ばされて何度か大破の危機に直面した。パイロットたちの精神も相次ぐ戦闘と死への恐怖ですり減り、何度も限界を超えかけた。
それでも、部隊の全員が五体満足で生きて、この地を踏むことができた。それだけが唯一の救いであり、俺の部隊長としての誇りだった。
そして……この戦線において、俺の精神を削り苦しめ続けていたあの『死者の怨念』を防ぐ方法も、試行錯誤の末にようやく自分なりに掴むことができた。
それは皮肉なことに、俺の貞操を脅かした張本人であるジュナス・リアム少尉のアドバイスのおかげだった。
『物理的な装甲じゃなくて、自分の心の中に強固な壁を作るイメージを持つんだ。そうすれば余計な声はシャットアウトできる』
その結果、あの頭が割れるようになるような、断末魔の濁流はほとんど響いてくることはなくなったのだ。
だが、それは同時にある致命的な代償を支払うことを意味していた。
精神の壁を作るということは、敵がどこに潜伏しているかとか、引き金を引く直前の殺意の気配といった、これまで俺たちを無敵の部隊たらしめていた『ニュータイプ能力(広域索敵)』の封印を意味している。
壁を作れば怨嗟の声は聞こえなくなるが、同時に敵の気配も感知できなくなる。
戦場においては奇襲を受ける確率が上がり、物理的な死の危険性が跳ね上がるという、文字通り命がけの一長一短な選択ではあるんだけどな。それでも俺は人間としての真っ当な精神を保ち、狂気に呑まれないことを選んだ。
ん?俺の貞操はどうなったかって?
聞くな!それについてはノーコメントだ!
とりあえず、これだけは断言しておくが俺はまだ童貞だと言っておく!
俺の帰りを健気に待っている愛しのハマーンへのピュアな純愛の誓いは、物理的な攻防の末にギリギリのところで守られている!
彼女からもらった新しい匂い袋も胸ポケットの中で無事だ!
何?男に奪われていたとしたら、童貞を喪失したんじゃなくて男としての処女を散らしたことになるんじゃないかって?
だから、その話は聞くなと言うに!!
ジュナスの野郎、あの騒ぎからこっち、すっかり味を占めたのか、日常でちょっとでも隙を見せると背後から文字通り音もなく近づいてきて、事あるごとに物理的な貞操の危機をチラつかせるようになって……いや、本当にこの話はやめよう。
思い出すだけで、戦場の恐怖とは全く違う種類の寒気が背筋を走るからな。
◇
そんな俺のどうでもいい悩みはさておき、ここはカリフォルニア・ベースの深部に存在する特別開発区画だ。
地下格納庫のど真ん中に、それは厳重な警備に囲まれて鎮座していた。
一目見てこれまでのザクシリーズとは明らかに違うと分かる。
全身を濃い青色の装甲に包み、両肩にはザクのそれよりも遥かに長く鋭いスパイクを持ち、そして何よりも威圧感のあるフォルム。それがジオン軍が開発したという新型モビルスーツだった。
「……これが、噂に聞いていた新型の『グフ』ですか。ザクの正統進化系というよりは、全く別のコンセプトで作られた機体に見えますね」
「ああ、その通りだカリス少佐。このグフのプロトタイプは、ここカリフォルニア・ベースで最終調整が施され、ついに完成した。ザクの汎用性を少し犠牲にして、対モビルスーツ戦を想定した格闘戦と地上での機動性に特化させた機体だ。量産機もまだ数は少ないが、各前線へと上がり始めているところだ。どうだい?
精鋭たる君たちフロートニック隊でも、この機体を運用してみないか?君たちなら、この機体のポテンシャルを最大限に引き出してくれると信じているよ」
純粋な期待のプレッシャーが痛い!大佐、そんな真っ直ぐな感情を向けられても困る!
「そうですね……。カタログスペックを見る限り、ザクとは桁違いの装甲材質とジェネレーター出力、そして右腕に内蔵されたという特殊なムチ、ヒート・ロッド。対モビルスーツを想定した一対一の近接戦闘においては無類の強さを発揮しそうなのは素人目にもわかります。ですが……」
「ですが?何か気になる点でもあるのかい?」
「この機体の遠距離用の武装が、左手の五連装七十五ミリ機関砲……いわゆるフィンガーバルカン内蔵型のマニピュレーターに依存してしまっている設計構造が、個人的に非常に気になりますね。これでは戦闘中の戦況の変化に応じて、ザク・バズーカやマゼラトップ砲といった他の手持ち火器への換装が極めて困難になります。指そのものが銃身になっていては武器のグリップをしっかりと握れませんからね。汎用性という点では、部隊単位での運用にかなりの工夫と、遠距離戦は諦めるという割り切りが要るかと存じます。扱いが難しい、ピーキーな機体ですよ」
大佐から驚きの感情が伝わってきた直後、少年のように嬉しそうな笑い声が弾けた。
「ふふっ、ははは!流石だな、カリス少佐!私の見込んだ通りだ。他の前線指揮官たちは、ただ『最新鋭の新型機』という響きだけでスペックもろくに確認せずに飛びついてくるというのに、君は違うな。機体を一目見ただけで、その構造的な弱点や戦術的な運用におけるデメリットを見抜くとは。やはり君は、ただのパイロットではなく優秀な指揮官の素質を持っているよ」
いやいや、現場の人間なら誰でも真っ先に気にする生存直結のデメリットだろ!手放しで喜ぶ他の指揮官たちがどうかしてるんだよ!
俺たちとしては、現状のザクⅡでも実家のコネと財力をフル活用して、フロートニック家の専用チューンナップで優遇してもらっている。これ以上、上層部に贅沢を言って新型を無心するつもりはない。今の機体で十分戦える。
「君たちはもはや、最前線においては、我が兄ドズルの懐刀である青い巨星ことランバ・ラル大尉や、赤い彗星のシャアに並ぶ……いや、彼ら以上の武勲を立てている正真正銘の英雄だ。これくらいの特別扱いや優遇は君たちの当然の権利だよ。堂々と受け取ってくれたまえ」
「……それは……とても光栄なお言葉ですね。なんだか背中がくすぐったいですが、ありがたく受け取らせていただきます」
英雄扱いかよ!勘弁してくれ!ひきつった愛想笑いを浮かべながら、必死に作り笑いで返すしかない俺のストレスを察してほしい。
「遠慮することはないさ。それに、君自身も、今や兵士たちから、『紫電の不死鳥』という立派な二つ名を頂いているくらいだからね。その名に恥じない活躍を期待しているよ」
そうなのだ。俺が戦場で立ち回っている間に、いつの間にやら本国のプロパガンダ部門が暴走し、俺には『紫電の不死鳥』などという、思春期の中二病を極限までこじらせたような恥ずかしすぎる二つ名が献上されてしまっていたのだ!
そしてあろうことか、愛機であるザクⅡは本人の許可も同意も一切ないまま、整備班の手によって遠くからでも目立ちまくる、けばけばしいパープル一色に塗りたくられてしまったのだ!
『俺はただの量産カラーでいい!戦場でそんな派手な色にしたら敵の的になるから絶対にやめろ!』と必死に抗議したにもかかわらず、『これは全軍の戦意高揚のためであり、軍の決定事項だ』と広報の連中に強引に押し切られてしまった。
幸いなことにマークやエリスといった隊のみんなの機体は通常カラーのままで、肩にエンブレムをペイントするだけで許されたのにな!隊長機である俺の機体だけが、歩く紫色の標的になってしまったわけだ。本当に、やってられないぜ!
「そうですね……。せっかくガルマ大佐が用意してくださった新型をすべてお断りするのも角が立ちますし、使わない手はありません。それに、うちには近接戦闘が三度の飯より好きで好きでたまらない、ポンコツな騎士気取りが一人いますので。彼女の専用機として、一機だけ、ありがたく貰い受けましょうか」
「一機だけで本当にいいのか?まあいい、君の部下の分だな。おい、そこの技術兵!あのグフの専用武装である剣を、カリス少佐たちに見せてやってくれ!」
大佐の指示で、技術兵がグフの足元にあったコンテナのロックを解除し、中から専用武装のヒート・剣を取り出す。
今日の護衛として俺の後ろに控えていたエルフリーデが、その刀身を見た瞬間、顔面を紅潮させてコンテナの前に張り付いてる!
「剣!!これは素晴らしい剣だ!!!!!おお、なんて美しいフォルムなのだ……!ザクの斧とは違う、この洗練された長大な刀身!これこそが気高き騎士が戦場において振るうにふさわしい、真の得物!!少佐、ありがとうございます!このエルフリーデ、本日よりこの青き剣をもって、連邦どもの首をいくらでも刎ねてご覧に入れます!!」
完全に自分の世界に入り込んでる変態騎士が約一名。
「分かった分かった、お前の気持ちは痛いほど伝わったから、頼むからその剣によだれを垂らすな。拭け。今日からそれがお前の専用機だ、好きに使え。ただし、剣が手に入ったからといって突出して、蜂の巣にされるような真似だけはやめろよ。お前が死んだら、実家の親御さんにどう顔向けしていいかわからんからな」
俺にだけ聞こえるような小さな声で、大佐が話しかけてきた。
「……ところで少佐。連邦軍が極秘裏に進めているという『V作戦』については、すでに耳にしているか?」
「ええ。数日前、突撃機動軍のキシリア閣下より、我が隊のテイラー中尉を通じて暗号化された通知文が届きました」
「連邦が独自に新型のモビルスーツを開発し、我々ジオンに対する反攻の要とするという、極秘計画……。シャアの部隊がサイド7でその計画の端緒を掴み、現在も追撃を行っているという話だ。だが拿捕できていないらしい。ついに連邦も、我々と同じモビルスーツという土俵に上がってくることになる」
「まあ、当然の流れとは思いますよ。開戦からこれまでの数ヶ月間、モビルスーツという兵器の破壊力を一番身をもって味わってきたのは彼らなのですから。自分たちもそれを持たなければ勝てないと判断するのは明白です。……目には目を、ということです」
「恐ろしくはないのか?連邦の物量と工業力で、もしザクを凌駕するモビルスーツが大量生産されれば、我々ジオンの優位はあっという間に崩れ去るんだぞ」
「……兵器のカタログスペックの差だけで戦争の勝負が決まるというのなら、あのルウムの戦いで、我々ジオン軍はとっくに滅亡していましたよ」
「相手がどんな化け物じみた、とんでもない新型を出してこようと、俺たち現場の兵士がやるべきことは変わりません。俺達は明日も生き残るために、自分が持っている手札の中で最善の立ち回りをするだけです」
兵器の性能差だけで戦争が決まるわけじゃない。それを一番身をもって知っているのは俺たちだ。
「頼もしい言葉だ、紫電の不死鳥。君のような将校がいてくれれば、私も安心だよ。……万が一、その連邦の新型が、この地球へと降りてくるような事態になれば、その時は君たち不死鳥隊の力が必要になるかもしれない。その時に備えて今は英気を養っておいてくれ」
「はっ。大佐のご期待に添えるよう、部隊の練度を維持しておきます」
『V作戦』
それが後に地球圏全体の戦局を根底から覆し、ジオンに圧倒的な恐怖を植え付けることになる、『白い悪魔』の誕生を意味していることを、この時の俺はまだ、ただの暗号文の文字面での知識としてしか知らなかった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は、不死鳥隊の帰還と新型MSグフ、そしてV作戦への前振りを書きました。
カリスのグフ評や、エルフリーデの反応、白い悪魔への伏線など、印象に残ったところがあれば感想をいただけると嬉しいです。