九尾の狐の物語   作:matcha君

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小さな九尾と救いの手

吹雪が山を白く染めていた。空は灰色で、風は獣みたいに唸っている。

 

その雪の中を、小さな足跡がふらふらと続いていた。

 

家元虎之助は、震えながら歩いていた。

 

紺色の女子用スクール水着。九本の金色のしっぽだけが、背中側の穴から無理やり出されている。素足は赤くなり、耳には雪が積もっていた。

 

虎之助 「……さむ……い……」

 

声もかすれている。

 

今日まで、虎之助は「商品」だった。

 

綺麗な顔。珍しい九尾。中性的な容姿。

 

親はそれを金に変えた。

 

写真。モデル。撮影。大人たちの「かわいい」という声。

 

けれど虎之助には、そのどれも嬉しくなかった。

 

本当に好きだったのは、テレビで見たヒーローだった。

 

空を飛び、困っている人を助ける赤いマントをなびかせる正義の味方の男。

 

スーパーマン。

 

そして、自分と同じキツネ。

 

だから撮影の合間、虎之助はよくノートに描いていた。九本のしっぽをなびかせながら空を飛ぶ、小さなヒーローを。

 

でも親は笑った。(馬鹿にする意味で)

 

父 「そんなのより笑え」「お前は写ってればいいんだ」

母 「考えるな」

 

そして今日。

 

「最後の撮影だ」と言われ、山奥へ連れて来られた。

 

寒い中、水着だけを着せられ、写真を撮られたあと――

 

置いていかれた。

 

車の音はもう聞こえない。

 

最初は迎えが来ると思っていた。

 

でも、来なかった。

 

虎之助はようやく理解した。

 

捨てられたのだと。

 

虎之助 「……ぅ……」

 

しっぽが弱々しく縮こまる。寒い。痛い。眠い。

 

九尾の妖力も、幼い虎之助はまだ弱かった。しかも元々、寒さに極端に弱い体質だった。足が止まる。雪の上に膝をつく。

 

虎之助 「……ダメ……」

 

祖父が昔教えてくれた事を思い出す 「雪山では吹雪をしのげる場所に着くまで絶対に立ち止まるな」

 

視界がぼやける。

 

――もう、だめかもしれない。

 

その時だった。

 

紫 「……あら?」

 

女の声がした。

 

紫色のスキマが雪の中に開く。

 

そこから現れたのは、美しい金髪の女性だった。

 

長い袖。紫のドレス。どこか妖しく、それでいて不思議と暖かい雰囲気。八雲紫だった。

 

紫は、雪の中で倒れかけている小さな九尾を見下ろした。

 

スクール水着姿。凍えきった体。怯えた目。

 

その瞬間、紫の眉がわずかに寄る。

 

紫 「……誰がこんなことをしたのかしら」

 

虎之助はぼんやりと紫を見る。

 

でも意識が薄れていて、うまく声が出ない。

 

虎之助 「……ヒーロー……」

紫 「え?」

虎之助 「……ぼく……ヒーロー……なりた……」

 

そこで体が前に倒れた。

 

紫はすぐに抱き留める。小さい。軽い。冷たすぎる。まるで雪でできた子供みたいだった。

 

紫 「……まったく」

 

 紫はそっと虎之助を抱き上げる。

 

 九本のしっぽが、弱々しく彼女の腕に巻きついた。

 

紫 「安心なさい」

 

 紫の声は静かだった。

 

紫 「もう、寒くないわ」

 

 スキマが開く。

 

 暖かな光が向こう側に見えた。

 

 八雲邸である。

 

 虎之助は半分眠りながら、紫の服を小さく掴んだ。

 

虎之助 「……おかあ……さん……?」

 

 一瞬だけ、紫の目が丸くなる。

 

 だが次の瞬間には、優しく微笑んでいた。

 

紫 「ええ。そういうことにしておきましょうか」

 

そして紫は、凍える九尾の少年を連れて幻想郷へ消えていった。

 

その日から。

 

捨てられたはずだった小さな子供の運命は、大きく変わり始める。

 

九本のしっぽを持つ、小さなヒーローの物語が。

 

八雲紫は、凍えきった虎之助をしっかりと抱きしめた。

 

小さな体は雪みたいに冷たく、九本のしっぽは水を吸って重くなっている。

 

紫 「これはまずいわね……」

 

紫はすぐにスキマを開き、中から温められたカイロをいくつも取り出した。

 

脇。背中。お腹。しっぽの根元。

 

低温火傷にならないよう注意しながら、ゆっくりと体を温めていく。

 

さらに、紫は境界を操り、しっぽや耳に含まれていた余計な水分を取り除いた。

 

金色のしっぽは少しふわりと戻ったが、それでもまだ元気がない。

 

虎之助はぼんやりした目で紫を見上げる。その瞳には、怯えと、信じたい気持ちが混ざっていた。

 

虎之助 「……だい、じょうぶ……?」

紫 「ええ、大丈夫」

 

紫は迷いなく答える。

 

紫 「もう捨てられたりしないわ」

 

その言葉を聞いた瞬間だった。

 

虎之助の体から、じんわりと熱が伝わる。

 

安心しきったせいだろう。張り詰めていた緊張がほどけ、小さな膀胱も耐えきれなかった。スクール水着の下で、じわりと温かいものが漏れる。

 

虎之助はすぐに顔を青くした。

 

虎之助 「ぁ……ご、ごめ……」 じゅわぁぁぁ・・・

 

泣きそうになる。けれど紫は、まったく気にした様子を見せなかった。

 

紫 「謝る必要はないわ」

 

むしろ、優しく頭を撫でる。

 

紫 「安心できた証拠でしょう?」

 

虎之助は呆然とする。

 

怒られない。叩かれない。嫌そうな顔もされない。

 

それが信じられなくて、目がじわっと潤んだ。

 

そして次の瞬間には、安心しきったように紫の胸元へ顔を埋め、そのまま眠ってしまった。

 

小さく震えていた耳も、ようやく力が抜ける。

 

紫 「……まったく、小さい子をこんな目に遭わせるなんて」

 

紫は服の濡れた部分をふきながら静かに呟く。

 

その声音には、珍しくはっきりとした怒気が混ざっていた。

 

やがてスキマは八雲邸へ繋がる。

 

暖かな空気が流れ込み、紫はそのまま寝室へ向かった。

 

まず、濡れたスクール水着を丁寧に脱がせる。

 

水着は驚くほど冷たかった。

 

雪と、漏らしてしまった水分を吸って、びしょ濡れになっていたのだ。

 

紫 「……これでは体温も奪われるわけね」

 

紫は眉を寄せる。

 

だが、その水着を捨てはしなかった。

 

綺麗に畳み、そっと脇へ置く。

 

虎之助にとっては、辛い記憶の象徴かもしれない。それでも、勝手に消していいものではない気がした。

 

次に紫は、大きな柔らかいタオルを持ってくる。

 

黒髪を優しく拭く。

 

狐耳の内側。首筋。小さな肩。細い腕。冷えきった足先まで、丁寧に水気を取っていった。

 

虎之助は眠ったまま、小さく身じろぎする。

 

時々しっぽがぴくりと動くのが、まだ幼い子供らしかった。

 

体を拭き終えると、紫は用意していた着物を着せる。

 

深い夜空みたいな紺色。

 

柄も飾りもない、静かな色合いの着物だった。

 

けれど、それが不思議と虎之助によく似合っていた。

 

金色の耳としっぽが、夜空に浮かぶ月みたいに映える。

 

紫 「……綺麗な子ね」

 

紫は小さく呟いた。

 

そして、ゆたんぽで温めておいた布団へそっと寝かせる。

 

そこで藍が慌てて部屋へ入ってきた。

 

藍 「紫様!? その子は――」

 

紫は事情を簡単に説明した。

 

藍の表情が徐々に険しくなる。

 

特に、山へ捨てられた話を聞いた時には、九本のしっぽが怒りで大きく揺れた。

 

藍 「……許せません」

紫 「ええ。でも今はこの子が先よ」

 

紫は静かに言う。

 

その後、二人はすぐに動き始めた。

 

藍は台所へ向かい、温かい味噌汁を作る。

 

お粥も用意した

 

紫は体温計、氷、水桶、替えの布、薬箱を用意する。

 

高熱が出てもすぐ対応できるように。

 

そして改めて虎之助の手足を見ると――

 

紫の目が細くなった。

 

赤く腫れ、ところどころ紫色になった指先。

 

酷いしもやけだった。

 

特に足はかなり危険な状態に近い。

 

紫 「……これは、専門家に見せた方がいいわね」

 

紫は静かに立ち上がる。

 

外では幻想郷の吹雪が強まっていた。

 

普通なら、こんな夜に永遠亭まで行くのは大変だ。

 

だからこそ紫は、廊下の空間へ指を滑らせる。

 

境界が裂ける。

 

その向こうには、静かな竹林の廊下が見えていた。

 

永遠亭へ直接繋がるスキマ。

 

紫 「永琳、いるかしら?」

 

紫の声が、静かな夜に響いた。

 

永遠亭から現れた八意永琳は、眠っている虎之助を見るなり表情を変えた。

 

まず額に手を当て、熱を確認する。

 

次に耳、しっぽ、指先、足先を順番に診察していく。

 

虎之助は眠ったままだったが、しもやけに触れられる度に小さく眉を寄せていた。

 

永琳は静かに息を吐く。

 

永琳 「これは……過去に例を見ないレベルの酷さね」

 

藍の耳がぴくりと動く。

 

藍 「そこまでですか……?」

永琳 「ええ。普通の子供なら、もっと悪化して足を切り落とす事になっていてもおかしくなかったわ」

 

永琳は特に足先を慎重に見ていた。

 

雪の中を長時間歩かされたせいだろう。血流がかなり悪くなっている。

 

だが同時に、永琳は少しだけ感心したような顔もしていた。

 

永琳 「九尾の妖力と生命力のおかげで、ぎりぎり耐えたのね」

 

そして改めて脈や呼吸を確認する。

 

永琳 「幸い、高熱はなし。喉や肺の音も問題ないわ。風邪は引いていないみたい」

 

紫と藍は小さく安堵した。

 

永琳は薬箱から紙を取り出し、さらさらと何かを書き始める。

 

永琳 「普通のしもやけ薬じゃ足りないわ。もっと強力なものを調合しておく」

紫 「助かるわ」

永琳 「ただし、薬だけじゃ駄目」

 

永琳は紫へ視線を向ける。

 

永琳 「しばらくは、しっかりぬるま湯で温めてあげなさい。熱すぎるお湯は逆効果よ」

紫 「ええ」

永琳 「それと、優しくマッサージして血流を戻すこと。無理に強く揉んでは駄目」

 

藍も真剣な顔で頷き、メモを取っていた

 

永琳 「食事も大事ね。血行を良くする栄養をしっかり摂らせること」

 

必要な説明を終えると、永琳は立ち上がった。

 

永琳 「数日は様子を見なさい。悪化したらまた呼んで」

 

そして帰り際、眠っている虎之助をちらりと見る。

 

小さな顔。まだ幼い耳。布団から少しだけ覗く九本のしっぽ。

 

 永琳はほんの少しだけ目を細めた。

 

永琳 「……この子、よく頑張ったわね」

 

その言葉を残し、永琳はスキマを通って帰っていった。

 

部屋に静けさが戻る。

 

紫はすぐに準備を始めた。

 

まず、37℃から40℃ほどのぬるま湯を入れた桶を四つ用意する。

 

熱すぎないよう慎重に温度を確認してから、眠る虎之助の手足をゆっくり浸した。

 

虎之助 「ん……」

 

虎之助が小さく声を漏らす。

 

冷えきっていた指先が、少しずつ温もりを取り戻していく。

 

紫はその小さな手を壊れ物みたいに優しく包み、指先を軽く撫でるようにマッサージした。

 

藍も反対側の足を担当する。

 

九本のしっぽがふわりと揺れ、時々虎之助の体にかかって保温していた。

 

すると虎之助は安心したのか、眠ったまましっぽを少し藍へ寄せる。

 

藍は思わず表情を和らげた。

 

藍 「……甘えん坊ですね」

紫 「まだ八歳だもの」

 

紫は静かに微笑む。

 

しばらく温めたあと、紫はあることを考えた。

 

眠っている間にまた失禁すれば、布団が濡れて冷えてしまう。

 

それは今の虎之助には良くない。

 

だから紫はスキマを開き、柔らかい子供用オムツを取り出した。

 

しかも柄は、虎之助が好きそうなスーパーマンのデザインだった。

 

紫 「これなら嫌がらないでしょう」

 

眠っている虎之助を起こさないよう、着物は脱がせず静かにスキマを使って履かせてあげる。

 

すると虎之助の耳がぴくっと動いた。

 

夢の中でも、何か安心できるものを感じたのかもしれない。

 

準備を終えた紫は、そっと布団を整える。

 

紫 「藍、この子をお願い」

藍 「はい」

 

藍が頷くと、紫は台所へ向かった。

 

作るのは、体を温め、胃に優しく、しもやけ改善にも役立つ食事。

 

ビタミンEを多く含むかぼちゃや鮭。そしてビタミンCを含む野菜。

 

弱った体でも食べやすいよう、柔らかく煮込んだ料理にするつもりだった。

 

台所に立ちながら、紫はふと思う。

 

雪山で凍え、捨てられていた小さな九尾。

 

けれど今は、暖かな布団の中で眠っている。

 

その事実に、紫はほんの少しだけ安堵していた。

 

台所から戻ってきた紫の手には、湯気の立つ小さな器があった。

 

優しい香りのするおかゆ。

 

体を温めるために、生姜をほんの少しだけ加えてある。胃に負担がかからないよう、柔らかく丁寧に炊かれていた。

 

紫が部屋へ入ると、布団の中の虎之助がゆっくり目を開ける。

 

まだ少し眠そうだった。

 

金色の耳も力なく垂れている。

 

けれど、さっきまでの凍えた様子はかなり落ち着いていた。

 

紫 「起きたのね」

 

紫は布団の横へ座る。虎之助はぼんやりと紫を見つめた。

 

虎之助 「……ここ……」

紫 「八雲邸よ。安心していいわ」

 

虎之助はその言葉を聞いて、布団を少し握る。

 

暖かい。怖くない。怒鳴る声もない。それだけで胸がいっぱいになっていた。すると、お腹が小さく鳴る。

 

虎之助は恥ずかしそうに耳を伏せた。

 

紫はくすっと微笑む。

 

紫 「ふふ、お腹は正直ね」

 

器からおかゆをすくい、ふー、ふーと丁寧に冷ます。

 

そして優しく口元へ運んだ。

 

紫 「虎之助、はい、あーん」

 

虎之助は少しためらった。今まで誰かに食べさせてもらった記憶なんて、ほとんどない。

 

でも紫の声は不思議と安心できた。

 

ゆっくり口を開ける。

 

虎之助 「あー……」

 

おかゆが口へ入る。温かい。柔らかい。優しい味がした。虎之助の目が少しだけ丸くなる。

 

虎之助 「……おいしい……」

 

その小さな呟きに、紫は穏やかに笑った。

 

紫 「それはよかった」

 

急がせず、ゆっくり。一口ずつ。虎之助のペースに合わせて食べさせていく。

 

途中で眠そうに目が閉じかけたり、しっぽがふわふわ揺れたりするのが幼くて、紫も藍も自然と表情が柔らかくなっていた。

 

おかゆを半分ほど食べた頃。静かな部屋に、小さな水音がした。じわぁ……っと、布団の中から聞こえる。

 

虎之助の耳がぴんっと立った。数秒後、顔が真っ赤になる。

 

虎之助 「ぁ……」

 

でも今回は、布団は濡れていない。紫が履かせておいたオムツが、ちゃんと吸収していた。虎之助は泣きそうな顔で紫を見る。けれど紫は慌てることもなく、優しく頭を撫でた。

 

紫 「大丈夫よ」

 

責める声は一切ない。それどころか、まるで当たり前みたいに穏やかだった。

 

紫 「体が安心すると、そういうこともあるわ」

 

虎之助はぽかんとする。

 

怒られない。嫌われない。そのことがまだ信じきれない様子だった。

 

紫は食事を終えると、そっと新しいオムツへ替えてあげる。

 

冷えないよう素早く。でも雑には扱わない。虎之助は恥ずかしそうにしながらも、されるがままだった。替え終わる頃には、眠気がまた戻ってきたらしい。

 

虎之助 「……ねむ……」

紫 「ええ、もう眠りなさい」

 

紫が布団を整えると、虎之助は小さく丸くなる。九本のしっぽも布団の中へ入り込み、ふわりと揺れた。そのまま、紫の袖をちょこんと掴む。まるで「行かないで」と言うみたいに。紫は少し目を細めた。

 

紫 「ここにいるわ」

 

その言葉を聞いた虎之助は、安心したように目を閉じる。呼吸がゆっくりになっていく。完全に眠ったのを確認すると、紫は静かに立ち上がった。冷めかけていた湯たんぽを新しいものへ替える。布団の中へそっと入れると、暖かな熱がじんわり広がった。

 

虎之助は眠ったまま、「ん……」と小さく声を漏らす。その顔は、山で倒れていた時よりずっと穏やかだった。

 

紫は再び布団の隣へ座る。

 

そして、小さな九尾が安心して眠れるよう、静かに見守り続けるのだった。

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