紫は、少し冷えた虎之助をそっと抱き上げた。小さな体は外気で少し冷えていて、耳もしゅんとしている。
紫 「無理したわねぇ」
虎之助 「……でも、たすけた……」
虎之助は紫へ抱きつきながら、小さく言った。その声には後悔はなかった。むしろ少し誇らしげだった。
紫は優しく微笑む。
紫 「ええ。あなたはちゃんとヒーローだったわ」
そしてそのまま火鉢の近くまで連れて行く。炭の暖かな熱がじんわり伝わってきた。紫はマントがない分、冷えないよう虎之助のしっぽも軽く布代わりに巻いてあげる。
虎之助は安心したように「んぅ……」と小さく声を漏らした。
紫 「手袋も貸したの?」
虎之助はこくりと頷く。
虎之助 「さむそうだったから……」
紫 「優しいのね」
頭を撫でられると、虎之助のしっぽが少しだけ嬉しそうに揺れた。一方その頃――人里。
ルナは赤いマントへ包まりながら、ようやく家へ帰り着いていた。扉を開けた瞬間、母親が驚いた顔をする。
巴 「ルナ!? その格好どうしたの!?」
ルナは寒さで赤くなった手を見せながら、一生懸命説明した。空から来た小さなヒーローのこと。赤いマントを貸してくれたこと。手袋まで渡してくれたこと。飛べなくなっても歩いて帰っていったこと。
巴(母)は静かに話を聞いていた。
そして、マントをそっと手に取る。柔らかい赤い布。大事に使われているのが分かる。巴は優しく微笑んだ。
巴 「……ヒーローさんの装備なら、綺麗にして返してあげないとね」
ルナの目が少し輝く。
ルナ 「うん!」
その後、母親に教わりながら二人で手入れを始める。まずはぬるま湯。熱すぎない温度で、優しく手洗いする。ごしごし乱暴にはしない。
丁寧に。大切に。ルナは真剣な顔だった。
ルナ 「ヒーローのマントだから……」
手袋も一緒に洗う。その後庭で吊るして干して乾いた後は、母親がアイロンをかけてくれた。
しゅー……っと湯気が立つ。少しずつ布のシワが伸びていく。最後には、赤いマントも手袋もとても綺麗になっていた。赤色も鮮やかで、ぴしっと整っている。ルナは思わず見惚れる。
ルナ 「……かっこいい」
本当にヒーローの装備みたいだった。だが、そこでルナは困った顔になる。
ルナ 「……あ」
巴 「どうしたの?」
ルナ 「おうちとなまえ、きいてない……」
虎之助の家を知らなかったのだ。名前も聞いていない。
分かるのは――金色の九本しっぽ。キツネ耳。胸に大きなSマークのある青いスーツ。肩からなびいている赤いマント。そして、とても優しかったこと。
母親は少し考えたあと頷く。
巴 「なら、人里で聞いてみましょう」
ルナ 「うん!」
その時玄関の戸を叩く音がした
紫 「ごめんくださーい」 こんこん
巴 「はいはい」
巴が対応へ向かう。扉を開けた瞬間、少し驚いた顔になった。
そこに立っていたのは――八雲紫。そして、その隣には小さなヒーロー。虎之助だった。
青いスーツ。赤い外付けパンツ。金色のSマーク付きバックルのベルト。赤いブーツ。そして今日は、マントなし。
昨日貸したままだからだ。だが、それでも十分“ヒーロー”らしかった。特に九本の金色のしっぽはとても目立つ。
母親は思わず目を丸くする。
(本当に……九尾……)
ルナの話では聞いていた。けれど実際に見ると、幻想的ですらある。
ただ――虎之助は紫の服を少し握りながらも、警戒する様子はなかった。むしろ少し緊張しているくらいだった。
危害を加えるような雰囲気はまったくない。
その時、奥からルナが飛び出してきた。
ルナ 「あっ!」
嬉しそうに駆け寄る。そして大事そうに抱えていた赤いマントと手袋を差し出した。
ルナ 「はい!」
虎之助はきょとんとする。
ルナは胸を張った。
ルナ 「わたしが洗ったの!」
その声には少し誇らしさが混じっていた。虎之助はそっと受け取る。赤いマントは綺麗になっていた。しわもない。手袋もふわふわだった。
虎之助はしばらくそれを見つめ――ぎゅっと大事そうに抱きしめた。
虎之助 「……ありがとう」
小さな声だったが、本当に嬉しそうだった。ルナも笑顔になる。紫はそんな二人を静かに見守っていた。
母親も少し安心したように微笑む。確かに九尾の子供というのは珍しい。だが、目の前にいるのはただの優しい子供だった。しかも、自分の娘を助けてくれた恩人だ。
母親は軽く頭を下げる。
巴 「昨日は娘を助けてくださってありがとうございました」
虎之助は慌てる。
虎之助 「え、えっと……ヒーローだから……!」
顔が赤かった。紫はくすっと笑う。
紫 「この子、そういうのに弱いのよ」
ルナはその反応を見て、なんだか少し可愛いと思った。やがて挨拶を終え、紫と虎之助は帰ることになる。虎之助はマントと手袋を大事そうに抱えたままだった。
まるで宝物みたいに。帰り道。虎之助は何度もマントを見る。綺麗になっている。ちゃんと大切に扱ってくれたのが分かった。紫は優しく聞く。
紫 「嬉しい?」
虎之助は小さく頷く。
虎之助 「……うん」
しっぽもふわふわ揺れていた。そして八雲邸へ戻る。
縁側へ座った虎之助は、マントを広げて眺めていた。すると紫が後ろへ回る。
紫 「付けましょうか?」
虎之助はすぐ振り返った。
虎之助 「……うん!」
嬉しそうだった。紫は赤いマントを受け取る。そして虎之助へ言う。
紫 「背中を向けて」
虎之助はぴしっと背筋を伸ばし、背中を向けた。
九本のしっぽがふわりと広がる。紫は小さな肩へマントを合わせる。
固定具を留め――「パチッ」静かな音が鳴った。
赤いマントが背中へ広がる。その瞬間、虎之助の耳がぴんっと立った。
まるで再び“ヒーロー”になったみたいだった。
虎之助は嬉しそうに振り返る。
虎之助 「……どう?」
紫は優しく微笑む。
紫 「とっても格好いいわよ、スーパーマン」
虎之助の顔はまた真っ赤になった。でもその目は、とても嬉しそうに輝いていた。