U.C.0096――。
月面都市グラナダ宙域。
戦いは、終わろうとしていた。
暴走した対拠点殲滅砲は停止し、宇宙には静寂が戻りつつある。
敵味方入り乱れていた戦場も、今は誰一人として動けなかった。
ただ見上げていた。
宇宙空間へ漂う、紫色の光を。
それはまるで、暖かな星屑だった。
砕け散った
ハイニューガンダム・レイのサイコフレーム粒子。
ゆっくりと宇宙へ溶けていくその光景は、美しく、そしてどこか儚かった。
「シンラ!!」
バナージ・リンクスが叫ぶ。
ユニコーンガンダムが急加速。
砕けかけたハイニューガンダム・レイへ接近する。
続いて、
バンシィ。
そして、
νガンダム。
三機が紫色の機体を囲む。
コックピット内。
ヤマト・シンラは静かに目を閉じていた。
意識が遠い。
身体の感覚も薄れていく。
サイコフレームとの極限同調。
それは人間が耐えられる領域を遥かに超えていた。
警告表示はすでに消えている。
機体OSすら限界を超えていた。
それでも。
シンラの表情は穏やかだった。
「……綺麗だな」
モニター越しに見える宇宙。
漂う光。
静かな星々。
その時。
通信回線が開く。
『馬鹿野郎!!』
リディだった。
リディ・マーセナスの声が震えている。
『勝手に終わろうとしてんじゃねぇ!!』
シンラは苦笑した。
「怒ってます?」
『当たり前だ!!』
リディの声には、悔しさが滲んでいた。
『お前みたいなのが、簡単に消えていいわけねぇだろ!!』
バナージも叫ぶ。
『帰りましょう!!』
『まだ終わってない!!』
『これからなんです!!』
シンラはゆっくり目を開く。
優しい声だった。
未来を信じる声。
その時。
もう一つの通信が入る。
『聞こえるか、シンラ』
アムロだった。
アムロ・レイ。
シンラは少し笑う。
「……怒られますかね」
『当然だ』
アムロも笑った。
だが、その声はどこか優しかった。
『お前は昔から、無茶ばかりする』
「誰かさんの影響ですよ」
『否定できんな』
短い沈黙。
そしてアムロは静かに言った。
『よくやった』
その一言で。
シンラの目から涙が零れた。
一年戦争。
グリプス戦役。
第一次ネオ・ジオン抗争。
第二次ネオ・ジオン抗争。
ずっと戦い続けてきた。
守りたかった。
人を。
未来を。
それでも戦争は終わらなかった。
だが今日、少しだけ信じられた。
人は変われるのかもしれないと。
その時だった。
ハイニューガンダム・レイのコックピットへ、微かな感応波が流れ込む。
暖かい感覚。
それは敵味方の区別なく、戦場全体から届いていた。
――ありがとう。
――助けてくれて。
――終わらせてくれて。
シンラは目を見開く。
「皆……」
敵兵たちも。
連邦兵も。
技術者たちも。
皆が同じ光を見ていた。
争いの果てではなく。
誰かを想う光を。
その時。
グレイヴス准将から通信が入る。
『……ヤマト・シンラ』
声は震えていた。
先程までの冷たさは消えている。
『私は……間違っていたのかもしれん』
シンラは静かに聞いていた。
『私は恐れていた』
『力を』
『人を超える可能性を』
グレイヴスは苦しそうに続ける。
『だが、お前たちは違った』
『力で支配しなかった』
『誰かを守るために使った』
シンラは静かに笑った。
「俺たちだって、怖いんです」
『……え?』
「人の心は不完全だから」
「傷つくし、間違える」
「でも」
彼はゆっくり宇宙を見る。
「それでも、人は誰かを想える」
グレイヴスは何も言えなかった。
ただ静かに目を閉じる。
その時だった。
ハイニューガンダム・レイのサイコフレームが、最後の輝きを放つ。
紫色の光が、宇宙全域へ広がっていく。
暖かい光。
優しい光。
まるで、人々の願いそのものだった。
そして――。
機体の崩壊が始まった。
「シンラさん!!」
バナージが叫ぶ。
ユニコーンが手を伸ばす。
だが届かない。
ハイニューガンダム・レイは、光へ変わり始めていた。
シンラは穏やかに微笑む。
「大丈夫です」
「未来は、もう皆の中にある」
その瞬間。
紫色の光が爆発的に広がった。
宇宙が白く染まる。
誰も目を開けていられない。
だが不思議と恐怖はなかった。
暖かかった。
まるで誰かに包まれているような光。
そして静かに――。
光が消えた。
そこにはもう、
ハイニューガンダム・レイの姿はなかった。
「……シンラ?」
バナージが呟く。
返事はない。
漂っているのは、無数の紫色の粒子だけ。
リディが歯を食いしばる。
「ふざけんなよ……」
アムロは静かに宇宙を見つめていた。
そして、小さく笑う。
「……お前らしいな」
その時。
宇宙全域へ微かな感応波が広がった。
悲しみではない。
暖かい感覚。
希望。
それは、誰の心にも優しく触れていく。
人々は後に語る。
あの日、確かに光を見たと。
憎しみを消す光ではない。
人と人を繋ぐ光。
そして数日後――。
地球連邦政府は正式に、サイコフレーム研究の全面凍結を発表した。
だが同時に、ニュータイプ研究のあり方も見直され始める。
「力」ではなく。
「理解」のために。
世界はすぐには変わらない。
戦争も、きっとまた起きる。
それでも。
あの日見た光を、人々は忘れなかった。
月面グラナダ。
静かな格納庫。
そこには、砕けたサイコフレームの欠片が一つだけ残されていた。
淡く紫色に輝く結晶。
それを見つめながら、アムロは静かに呟く。
「人は……まだ前に進める」
その時。
微かに。
本当に微かに。
紫色の光が瞬いた。
まるで誰かが笑ったように。