U.C.0096――。
《グラナダ事変》から、一か月後。
宇宙は静かだった。
あれほど激しかった戦いが嘘のように、サイド群は穏やかな光を漂わせている。
だが、人々の心にはまだ“あの日の光”が残っていた。
紫色の光。
宇宙を包み込んだ暖かな輝き。
そして――。
一人の男の消失。
月面都市グラナダ。
アナハイム極秘工廠。
広大な格納庫の中央には、静かに眠る機体があった。
ハイニューガンダム・レイ。
しかし、その姿はかつてとは違う。
全身のサイコフレームは大半が消失。
装甲も各部が崩壊し、機体は半壊状態だった。
それでも。
コックピット周辺だけは、まるで守られるように原型を留めていた。
技術者たちは誰も近づこうとしない。
理由は単純だった。
今もなお、機体から微弱な感応波が発せられているからだ。
「……まだ、生きてるみたいですね」
静かな声。
そこへ現れたのは、
バナージ・リンクス。
彼は機体を見上げ、ゆっくり歩み寄る。
その隣へ、
リディ・マーセナスも並んだ。
「整備班が泣いてたぞ」
「こんな状態で残ってる方がおかしいってな」
バナージは苦笑する。
「でも、不思議と嫌な感じがしない」
リディも静かに頷いた。
「……ああ」
暖かいのだ。
この機体から感じるものは、恐怖ではない。
まるで誰かが、今もそこにいるような感覚。
その時。
格納庫の奥から足音が響いた。
ゆっくりと現れたのは、
アムロ・レイ。
リディが軽く敬礼する。
「珍しいですね」
「アンタがここ来るなんて」
アムロは静かにハイニューガンダム・レイを見る。
「……気になってな」
彼は機体の前で立ち止まった。
かつてνガンダムでアクシズを押し返した時。
あの時と似た感覚を覚えていた。
サイコフレームが“人の意思”を受け継いでいる感覚。
アムロは小さく息を吐く。
「結局、お前は最後まで人を信じたんだな」
その言葉に、バナージが静かに問う。
「シンラさんは……本当に消えたんでしょうか」
沈黙。
誰も答えられない。
機体は回収された。
だがコックピットに、シンラの姿はなかった。
蒸発したのか。
光へ溶けたのか。
あるいは――。
リディが頭を掻く。
「ニュータイプ絡みは、ほんと訳分かんねぇな」
だがアムロは静かに笑った。
「それでいい」
『え?』
「全部理解できるなら、人はもう悩まない」
彼は宇宙を見る。
「人は分からないから、分かろうとする」
その時だった。
基地全域へ警報が鳴り響く。
《所属不明信号感知》
《高濃度ミノフスキー粒子反応》
《接近速度、高速》
リディが顔をしかめる。
「またかよ……!」
モニターへ映し出されたのは、一隻の小型艦だった。
所属コードなし。
だが異常なのは、その反応。
艦全体から微弱なサイコフレーム波形が検出されていた。
オペレーターが混乱する。
『こ、こんな反応データ存在しません!』
『まるで艦そのものがサイコミュみたいな……!』
バナージが目を細める。
「この感覚……」
アムロも険しい顔になる。
「まさか……」
次の瞬間。
小型艦から通信が入る。
ノイズ混じりの音声。
だが、その声を聞いた瞬間。
全員が息を呑んだ。
『――聞こえるか』
静かな男の声。
リディが目を見開く。
「嘘だろ……」
バナージの声が震える。
「シンラ……さん?」
通信の向こう。
モニターには誰も映らない。
だが確かに、その声は――。
『悪い』
『少し……遠くまで行ってた』
格納庫が静まり返る。
アムロだけが静かに笑った。
「まったく」
「本当に、お前らしいな」
その時。
小型艦がゆっくり格納庫へ侵入してくる。
白い艦体。
だがその各部には、紫色の発光ラインが刻まれていた。
まるでサイコフレームそのもの。
リディが呆然と呟く。
「なんだよ……あれ」
艦のハッチが開く。
中から、一人の男が歩いてきた。
白いパイロットスーツ。
少しやつれた顔。
だが間違いない。
ヤマト・シンラだった。
「ただいま」
その瞬間。
バナージが駆け出す。
「シンラさん!!」
リディも叫ぶ。
「生きてやがったのかこの野郎!!」
シンラは苦笑する。
「俺も驚いてます」
アムロが静かに近づく。
「何があった」
シンラは少し考え込む。
「……上手く説明できません」
「ただ」
彼は宇宙を見上げる。
「光の中で、色んな“意思”を見たんです」
無数の感情。
願い。
祈り。
そして未来。
シンラは静かに続ける。
「人は、まだ変われる」
その時だった。
突然。
格納庫の照明が明滅する。
警告音。
《異常重力波反応》
《空間歪曲確認》
《座標固定不能》
全員の顔色が変わる。
宇宙空間。
グラナダ宙域中央に、巨大な“亀裂”が発生していた。
黒い裂け目。
そこから流れ出してくる、異常な感応波。
それは今まで感じたどんなものとも違う。
冷たい。
暗い。
そして――。
“空虚”。
バナージが震える。
「なに……これ……」
リディが顔を歪める。
「冗談だろ……」
その時。
シンラの表情が初めて強張った。
「……来る」
『え?』
シンラは裂け目を見つめる。
その瞳には、明確な恐怖が浮かんでいた。
「あれは……」
「この世界のものじゃない」
次の瞬間。
黒い裂け目の奥で、“何か”が目を開いた。
紫色の光が、静かに揺れる。
まるで、新たな戦いの始まりを告げるように――。