U.C.0096――。
グラナダ宙域。
宇宙を覆っていた黒き裂け目は、静かに閉じ始めていた。
虚無。
感情も。
命も。
意思すら存在しない“空白”。
それを埋めたのは、兵器ではない。
人の心だった。
紫色の光が宇宙へ広がる。
暖かい光。
優しい光。
それは裂け目を包み込みながら、ゆっくりと消滅させていく。
戦場にいた全員が、その光を見ていた。
誰も戦っていない。
誰も憎んでいない。
ただ、“願っていた”。
生きたいと。
守りたいと。
未来へ進みたいと。
その中心で――。
ハイニューガンダム・レイが静かに漂っていた。
全身のサイコフレームは砕け始めている。
装甲も限界。
機体構造そのものが崩壊寸前だった。
コックピット内。
ヤマト・シンラは、穏やかな表情で宇宙を見つめていた。
もう身体の感覚はほとんどない。
視界も白く霞んでいる。
それでも、不思議と恐怖はなかった。
聞こえる。
無数の声が。
泣き声。
笑い声。
誰かを呼ぶ声。
帰りを待つ声。
人の心。
それが今、シンラを包んでいた。
「……綺麗だ」
その時。
通信回線が開く。
『シンラさん!!』
バナージ・リンクスの声。
続いて、
『戻れ!!』
『今ならまだ――!!』
リディ・マーセナス。
さらに、
『シンラ』
静かな声。
アムロ・レイだった。
シンラは少し笑う。
「皆、騒がしいですね」
『当たり前です!』
バナージの声は泣きそうだった。
『帰ってきてください!!』
『あなたが必要なんだ!!』
シンラは静かに目を閉じる。
必要。
そう言われたのは、いつ以来だろう。
アナハイムで兵器を作っていた時。
戦場を渡り歩いていた時。
ずっと、自分は“戦うための存在”だと思っていた。
だが違った。
人は、一人ではない。
誰かと繋がれる。
そのことを、自分自身が一番救われていたのだ。
「……ありがとう」
その時だった。
閉じかけていた裂け目が、最後の脈動を起こした。
宇宙が震える。
アムロが目を見開く。
「まだ終わってない!?」
黒き裂け目の奥。
そこから、巨大な“何か”が現れようとしていた。
先程の黒き巨人とは比較にならない。
あまりにも巨大。
宇宙そのもののような闇。
オペレーターたちが悲鳴を上げる。
『反応増大!!』
『空間崩壊再開!!』
『だめです!! 閉じ切ってない!!』
絶望が広がる。
今の状態では止められない。
サイコフレームも限界。
ユニコーンも。
バンシィも。
νガンダムも。
すでに出力を使い果たしかけている。
だが。
シンラは静かだった。
「……最後か」
彼は操縦桿を握る。
ハイニューガンダム・レイの残存フレームが、最後の輝きを放つ。
紫色の光。
その時。
アムロが叫ぶ。
『やめろ!!』
『それ以上やれば、お前は――!!』
シンラは静かに笑う。
「アムロさん」
『……』
「俺、あなたに会えて良かったです」
アムロの表情が揺れる。
シンラは続ける。
「あなたがいたから、俺は人を信じられた」
「ニュータイプも」
「未来も」
「全部」
バナージが涙声で叫ぶ。
『駄目です!!』
『行かないでください!!』
リディも怒鳴る。
『戻ってこい!!』
だがシンラは、優しく答える。
「大丈夫」
「終わりじゃない」
その瞬間。
ハイニューガンダム・レイの全サイコフレームが、一斉に発光した。
今までとは比較にならない光。
紫色の恒星。
宇宙そのものを照らすほどの輝き。
そして――。
シンラの意識が、光へ溶け始める。
その時だった。
誰かが、彼の手を掴んだ。
『――まだ早い』
シンラは目を見開く。
そこにいたのは。
白い光の中に立つ、一人の男。
アムロ・レイ。
いや、違う。
若い頃のアムロ。
さらにその奥には、無数の光がいた。
ララァ。
カミーユ。
ジュドー。
チェーン。
そして、名も知らぬ無数の人々。
“意思”だった。
人が遺した想い。
シンラは震える。
「これは……」
アムロが笑う。
『人は消えない』
『誰かを想った瞬間、その意思は未来へ残る』
『お前ももう、一人じゃない』
その瞬間。
紫色の光が爆発的に広がった。
裂け目へ一直線に突撃する。
闇が飲み込もうとする。
だが。
光は止まらない。
無数の意思。
願い。
祈り。
それらが、虚無を押し返していく。
黒い裂け目が悲鳴のように震えた。
そして――。
完全崩壊。
宇宙が白く染まる。
誰も目を開けていられない。
だが。
暖かかった。
恐怖ではない。
希望の光。
やがて。
静かに光が消えていく。
宇宙に戻った静寂。
裂け目は、完全に消えていた。
そして。
そこに、
ハイニューガンダム・レイの姿はなかった。
「……シンラ?」
バナージが呟く。
返事はない。
漂っているのは、紫色の粒子だけ。
リディが歯を食いしばる。
「またかよ……」
アムロは静かに宇宙を見上げる。
その時。
微かに感応波が届いた。
暖かい声。
――未来を、頼みます。
アムロは静かに笑った。
「ああ」
「任せろ」
その数日後――。
地球圏では奇妙な現象が報告され始める。
争いが起きかけた場所で、原因不明の感応現象が発生する。
憎しみが和らぐ。
怒りが静まる。
まるで誰かが、優しく止めているように。
人々は噂した。
紫色の光を見た、と。
宇宙を漂う白い機体を見た、と。
そしていつしか、その存在はこう呼ばれるようになる。
――“紫の守護者”。
月面グラナダ。
静かな格納庫。
そこには、たった一つだけ残されたものがあった。
小さなサイコフレームの欠片。
淡く紫色に輝く結晶。
その光は今も消えていない。
まるで、未来を見守るように。