U.C.0097――。
グラナダ事変から半年。
宇宙は、一見すると平穏を取り戻していた。
黒き裂け目は完全消滅。
虚無の存在も確認されていない。
地球連邦政府は事件そのものを極秘指定とし、公式記録にはこう残された。
《大規模宙域災害》
真実を知る者は少ない。
だが。
あの日、宇宙を覆った紫色の光を見た者たちは忘れていなかった。
人の意思が、世界を救ったことを。
そして。
一人の男が、その光の中へ消えたことを。
――月面都市グラナダ。
アナハイム極秘工廠。
静かな格納庫の奥。
そこには今も、一機の機体が眠っていた。
ハイニューガンダム・レイ。
正確には、“残骸”だ。
全身フレームは崩壊。
フィン・ファンネルは消失。
サイコフレームの大半も粒子化している。
だが。
コックピットブロックだけは、今も完全な形を保っていた。
しかも奇妙なことに。
機体は今なお、微弱な発光を続けている。
紫色の光。
まるで鼓動のように。
整備主任が頭を抱える。
「解析不能ってどういうことだよ……」
技術者たちも困惑していた。
エネルギー供給なし。
動力停止状態。
それなのに、機体は“存在し続けている”。
まるで何かの意思で維持されているように。
その時。
格納庫へ二人の男が入ってくる。
バナージ・リンクス。
そして、
リディ・マーセナス。
リディは缶コーヒーを片手にため息をつく。
「相変わらず不気味だな」
バナージは静かに機体を見上げる。
「でも……嫌な感じはしない」
暖かいのだ。
この機体の近くにいると、不思議と心が落ち着く。
まるで誰かが側にいるような感覚。
その時。
格納庫照明が微かに明滅した。
バナージが顔を上げる。
「……また?」
最近、同じ現象が頻発していた。
機体が強く発光する時、周囲の電子機器へ異常が起きる。
だが破壊ではない。
むしろ逆。
故障していた機器が突然直る。
不安定だったシステムが安定化する。
まるで“修復”されているような現象。
リディが呟く。
「本当に機械かよ、これ……」
その時だった。
突然。
基地全域へ警報が鳴り響く。
《高濃度ミノフスキー粒子反応》
《所属不明機接近》
《超高速目標》
リディが顔をしかめる。
「また面倒事か!?」
オペレーターの声が響く。
『だ、駄目です!!』
『速度が異常です!!』
『捕捉できません!!』
モニターへ映し出されたのは、一筋の紫色の光だった。
まるで流星。
だが速すぎる。
次の瞬間。
その光がグラナダ宙域中央で停止した。
全員が息を呑む。
そこにいたのは――。
白いモビルスーツ。
紫色に発光するサイコフレーム。
六基のフィン・ファンネル。
だが。
誰も知らない機体。
リディが目を見開く。
「なんだ……あれ……」
バナージは震えていた。
「この感応波……」
暖かい。
優しい。
懐かしい。
その時。
白い機体の瞳が発光した。
紫色の閃光。
次の瞬間。
宙域全体へ感応波が広がる。
その瞬間だった。
全員の脳裏へ、同じ光景が流れ込む。
星々。
無数の光。
そして。
一人の男の背中。
『……未来は、続く』
バナージが息を呑む。
「シンラさん……?」
その瞬間。
白い機体が加速した。
あり得ない速度。
空間を滑るように移動し、一瞬でグラナダ外縁へ到達する。
そして。
敵が現れた。
黒い残骸。
虚無の小型端末群。
完全に消滅したはずの存在。
だが生き残りがいた。
黒い端末群が基地へ向かう。
その瞬間。
白い機体がフィン・ファンネルを展開。
紫色の光輪形成。
端末群が、一瞬で浄化された。
“消滅”ではない。
“分解”でもない。
まるで安らかに眠るように、光へ変わっていく。
リディが呆然と呟く。
「なんだよ……あれ……」
バナージの瞳から涙が零れる。
「違う……」
「でも……」
感応波が届く。
暖かい意思。
優しい感情。
それは確かに、ヤマト・シンラと似ていた。
だが同時に違う。
もっと広大。
もっと静か。
まるで宇宙そのもののような感覚。
その時。
通信回線が開く。
ノイズ混じり。
だが確かに声が聞こえた。
『――聞こえるか』
全員が凍りつく。
その声は。
間違いなく、
ヤマト・シンラだった。
リディが叫ぶ。
「おい!!」
「生きてるのか!?」
短い沈黙。
そして。
『……半分、かな』
苦笑混じりの声。
バナージが震える。
「どこにいるんですか!?」
返答は少し遅れた。
『境界だよ』
『人の意思と、虚無の狭間』
誰も理解できない。
だが一つだけ分かる。
彼は、完全には戻れない。
シンラは静かに続ける。
『裂け目は閉じた』
『でも、虚無は消えてない』
『宇宙のどこかにまだ残ってる』
アムロの声が通信へ割り込む。
『だから監視しているのか』
シンラが少し笑う。
『はい』
『放っておくと、また誰かが傷つく』
リディが顔を歪める。
「だったら戻って来いよ……!」
『……ごめん』
その声は優しかった。
『今の俺は、人でも機械でもない』
『でも』
白い機体がゆっくり宇宙を向く。
『皆が呼んでくれるなら、きっとまた会える』
その瞬間。
紫色の光が広がった。
暖かい光。
優しい光。
そして。
白い機体は、粒子化するように消えていく。
バナージが叫ぶ。
「待ってください!!」
だが届かない。
最後に聞こえたのは、穏やかな声だった。
『未来を、お願いします』
光が消える。
宇宙に静寂が戻る。
その時。
格納庫内。
半壊していたハイニューガンダム・レイの残骸が、微かに発光した。
まるで呼応するように。
アムロは静かに笑う。
「……なるほどな」
リディが振り返る。
「何がです?」
アムロは宇宙を見る。
「あいつは、まだ戦ってる」
紫色の光が、遥か彼方で瞬く。
まるで未来を見守る星のように。