グラナダ宙域――。
宇宙が、凍りついていた。
裂け目の奥。
そこに現れた“眼”。
巨大な紫黒色の瞳が、静かに地球圏を見下ろしている。
ただ見られているだけ。
それだけなのに。
誰も動けなかった。
圧倒的。
あまりにも巨大な存在感。
それは兵器でも、生物でもない。
まるで宇宙そのものが意思を持ったかのようだった。
オペレーターが震える声を上げる。
『重力異常急上昇……!』
『空間座標が固定できません!!』
『周辺宙域が崩壊しています!!』
モニターでは、宇宙空間そのものが歪み始めていた。
星の光が引き延ばされ、物理法則が乱れていく。
その中心で――。
ハイニューガンダム・レイが静かに漂っていた。
紫色のサイコフレームが微かに明滅する。
だが今までとは違う。
まるで“警戒”しているようだった。
コックピット内。
ヤマト・シンラは裂け目を見つめる。
額から汗が流れる。
「……まずいな」
その声には、初めて明確な焦りがあった。
通信回線が開く。
『あれは何なんですか!?』
バナージ・リンクスの声。
シンラは少し沈黙した後、静かに答える。
『……分からない』
『でも、多分』
彼は裂け目を見る。
『“虚無”そのものだ』
その瞬間。
巨大な瞳が、ゆっくり瞬いた。
宇宙全域へ感応波が響く。
『人類文明、再評価』
『感情エネルギー総量、危険域』
『未来予測演算開始』
声は以前の虚無端末とは違った。
知性がある。
感情は薄い。
だが、“考えている”。
リディが顔を歪める。
『未来予測だぁ……?』
アムロが低く呟く。
「観測しているのか……俺たちを」
その時。
巨大な瞳の周囲へ、無数の光点が現れた。
全員が息を呑む。
それは映像だった。
地球。
コロニー。
戦争。
爆発。
虐殺。
人類の歴史。
一年戦争。
グリプス戦役。
シャアの反乱。
ラプラス事変。
そして未来。
さらに多くの戦争。
崩壊。
滅亡。
人が人を殺し続ける光景。
『人類は争いを繰り返す』
『感情は破滅を生む』
『ゆえに危険』
宇宙が静まり返る。
誰も否定できなかった。
事実だからだ。
人類は戦争を止められない。
理解し合えない。
何度同じ過ちを繰り返してきたのか。
グレイヴス准将が苦しそうに目を閉じる。
『……否定できん』
巨大な瞳は続ける。
『ゆえに浄化する』
『感情文明を終了する』
その瞬間。
裂け目の奥から、無数の虚無端末が現れ始めた。
以前とは比べ物にならない。
数千。
数万。
宇宙を埋め尽くす黒い群れ。
バナージが絶句する。
「こんなの……」
リディが舌打ちする。
『冗談だろ……!』
ユニコーン。
バンシィ。
νガンダム。
全機戦闘態勢。
だが絶望的だった。
数が違いすぎる。
その時。
シンラが静かに言う。
『皆、聞いて』
全員が振り向く。
シンラの声は不思議と落ち着いていた。
『あいつは間違ってない』
『え……?』
バナージが息を呑む。
シンラは苦しそうに笑った。
『人類は危険だ』
『争うし、傷つけ合う』
『実際、俺たちは何度も世界を壊しかけた』
誰も反論できない。
だが。
シンラは静かに続ける。
『でも』
『それだけじゃない』
その瞬間。
ハイニューガンダム・レイの光が広がった。
暖かい紫色。
宇宙へ静かに溶けていく。
『人は、誰かを想える』
『そのために泣ける』
『守ろうとできる』
彼は優しく笑った。
『それは無意味なんかじゃない』
巨大な瞳が沈黙する。
『理解不能』
『矛盾』
『争いながら共存を望む理由を説明不能』
シンラは静かに答える。
『矛盾してるから、人間なんだ』
その時。
宇宙の各地で、微弱な感応波が生まれ始めた。
地球。
コロニー。
月。
人々が、同じ空を見上げていた。
不安。
恐怖。
そして願い。
生きたい。
守りたい。
終わらせたくない。
その感情が、宇宙へ広がっていく。
バナージが目を見開く。
「これは……」
アムロが静かに笑う。
「人の意思だ」
その瞬間。
ユニコーンが発光した。
虹色の光。
続いてバンシィ。
黄金の光。
νガンダム。
白い光。
さらに。
グラナダ格納庫に眠っていたハイニューガンダム・レイの残骸まで共鳴を始める。
紫色の光が、宇宙全域へ広がった。
巨大な瞳が初めて揺らぐ。
『観測不能』
『未来予測誤差増大』
『何故だ』
シンラは静かに答える。
『未来は決まってないからだ』
『……』
『人は変われる』
『間違えても、何度でもやり直せる』
巨大な瞳が沈黙する。
その奥で、膨大な演算が行われているのが分かった。
だが次の瞬間。
裂け目がさらに拡大した。
宇宙が悲鳴を上げる。
『結論変更なし』
『危険因子は排除する』
その瞬間。
虚無端末群が一斉に突撃を開始した。
黒い津波。
宇宙を埋め尽くす絶望。
だが。
シンラは静かだった。
『……なら』
ハイニューガンダム・レイが前へ出る。
紫色の光が強くなる。
『俺たちは、最後まで抗う』
その瞬間。
宇宙の彼方。
さらに新たな光が灯った。
青。
赤。
緑。
無数の光。
それは地球圏各地から飛来するモビルスーツ群だった。
連邦。
民間。
かつて敵同士だった機体までいる。
皆、宇宙を守るために集まってきていた。
リディが笑う。
『まったく……』
『人類も捨てたもんじゃねぇな』
バナージが叫ぶ。
『行きましょう!!』
アムロが静かに前を見る。
『未来を守るぞ』
その時。
紫色の光が宇宙を包んだ。
絶望の闇へ抗うように。
人類最後の戦いが、始まろうとしていた。