U.C.0098――。
グラナダ。
平和な朝だった。
少なくとも、宇宙の危機や超次元存在が襲来していないという意味では。
そして現在。
アナハイム社宅前。
一人の男が全力疾走していた。
「待ってくださいってぇぇぇぇ!!」
叫びながら走るのは、
ヤマト・シンラ。
その前を逃げるように歩く二人。
バナージ・リンクス。
そして、
リディ・マーセナス。
「嫌だ」
リディが即答した。
「なんでですか!?」
「お前と買い物行くと面倒事が起きる」
「酷い!!」
バナージも苦笑する。
「前回はモビルスーツコンテストで優勝してましたからね……」
「偶然ですよ!」
「軍の新型コンペに民間枠で参加して優勝する偶然があるか」
ぐうの音も出なかった。
実際。
シンラは退院してからというもの妙に忙しかった。
アナハイムから開発相談。
軍から技術協力依頼。
大学から講演会依頼。
さらに一般市民からは英雄扱い。
本人としては静かに暮らしたいだけなのだが。
宇宙はそれを許してくれなかった。
「今日は普通の買い物なんです!」
「本当だな?」
「本当です!」
「絶対か?」
「絶対です!」
リディとバナージは顔を見合わせた。
そして同時に言う。
「信用できない」
「信用できないですね」
「なんで!?」
---
数十分後。
グラナダ商業区。
平和だった。
本当に平和だった。
家族連れ。
学生。
買い物客。
誰も宇宙を救った英雄など気にしていない。
むしろ。
「安いですね」
「特売だからな」
「おお」
シンラは完全に買い物モードだった。
野菜を吟味している。
牛乳の賞味期限を確認している。
妙に主婦力が高い。
リディが呆れる。
「なんでそんな詳しいんだ」
「一人暮らし長かったので」
「歴戦のニュータイプがやることじゃねぇ」
バナージは笑う。
「でも似合いますね」
「ですよね」
その時。
通りの向こうから悲鳴が聞こえた。
全員が反応する。
「!」
「敵か!?」
「虚無か!?」
三人が一斉に走り出そうとする。
だが。
現場で見たものは。
「猫が木から降りられないー!」
という子供の叫びだった。
沈黙。
数秒後。
リディが額を押さえる。
「……俺たち完全に戦場脳になってるな」
バナージも苦笑した。
シンラだけは真剣だった。
「助けないと」
「いや待て」
五分後。
なぜかシンラは木に登っていた。
「よしよし」
猫を抱える。
子供たちは拍手。
「お兄ちゃんすごーい!」
「ありがとう!」
シンラは少し照れる。
その様子を見ていたリディが呟く。
「宇宙救った男の仕事か?」
バナージは笑う。
「いいじゃないですか」
「……まあな」
平和とはこういうことなのかもしれない。
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昼。
食堂。
三人は昼食を取っていた。
ハンバーグ定食。
オムライス。
カレー。
戦争も。
宇宙の危機も。
今は遠い。
シンラは久しぶりに穏やかな気持ちだった。
その時。
テレビからニュースが流れる。
《本日のアナハイム新型MS展示会は――》
「あ」
シンラが固まる。
リディが嫌な顔をする。
「なんだ」
「忘れてました」
「何を」
「今日、新型機発表の日でした」
沈黙。
三秒後。
リディが立ち上がる。
「帰る」
「待ってください!」
「嫌だ!」
だが既に遅かった。
食堂の外。
大量の報道陣。
「シンラさんだ!!」
「いました!!」
「英雄発見!!」
「逃がすな!!」
リディが天を仰ぐ。
「だから言ったんだ……」
バナージが笑いを堪えている。
シンラは青ざめた。
「逃げましょう」
「お前が原因だろうが!」
三人は全力疾走した。
商店街を駆け抜ける。
記者も追う。
なぜか一般市民まで追う。
完全にお祭り状態だった。
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夕方。
海の見える丘。
ようやく逃げ切った三人はベンチに座っていた。
「疲れた……」
シンラが呟く。
リディも珍しく同意する。
「俺もだ」
バナージは笑う。
「平和ですね」
三人は空を見る。
夕焼け。
静かな風。
争いのない時間。
何よりも尊いもの。
シンラはふと思う。
自分は何のために戦ってきたのか。
きっと。
こういう時間を守りたかったのだ。
子供たちの笑顔。
家族の団らん。
友人との会話。
当たり前の日常。
それこそが未来。
その時だった。
シンラの瞳が微かに紫色へ光る。
遠く。
本当に遠く。
宇宙の彼方から何かを感じた。
黄金色の光。
あの存在。
だが敵意はない。
まるで観察しているだけ。
シンラは少しだけ笑う。
「……まだ待っててください」
バナージが首を傾げる。
「何か言いました?」
「いえ」
シンラは立ち上がる。
今はいい。
今だけは。
英雄でも。
特異点でもない。
ただのヤマト・シンラとして過ごしたかった。
「晩御飯どうします?」
「お前が作れ」
リディが即答する。
「え?」
「お前料理上手いだろ」
「確かに」
バナージも頷く。
「じゃあ皆で食べましょうか」
シンラは苦笑する。
「なんか、家族みたいですね」
その言葉に二人は少し照れた。
だが否定はしなかった。
夕焼けの中。
三人は歩き出す。
戦いのない道を。
平和な未来へ向かって。
そして宇宙の遥か彼方では――。
黄金色の巨大な瞳が静かに閉じられた。
『観測継続』
『希望因子』
『安定確認』
まるで微笑むように。
その存在は、静かに彼らを見守っていた。