機動戦士ガンダム 逆襲の残光 ―RAY―   作:ガーディアス

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はじまりの距離

U.C.0098――

 

平和な日々が続いていた。

 

少なくとも、今のところは。

 

宇宙を滅ぼそうとする超存在も現れず。

 

虚無も出現せず。

 

謎の黄金文明も沈黙を守っている。

 

そのため現在のヤマト・シンラはというと――

 

「暇ですね……」

 

アナハイムの開発室で机に突っ伏していた。

 

周囲の技術者たちは顔を見合わせる。

 

「暇じゃないだろ」

 

「新型フレーム設計終わってませんよ」

 

「サイコフレーム安定化試験もあります」

 

シンラは顔を上げる。

 

「それは仕事です」

 

「仕事以外が暇なんです」

 

全員納得した。

 

確かにそうだった。

 

戦争中のシンラは常に戦場か開発室。

 

趣味らしい趣味もない。

 

休日は整備。

 

息抜きは整備。

 

気分転換も整備。

 

もはや機械中毒である。

 

その時だった。

 

後ろから声が聞こえる。

 

「だから彼女ができないんですよ」

 

全員が振り返る。

 

言ったのは女性技術者だった。

 

シンラが固まる。

 

「……彼女」

 

「はい」

 

「彼女」

 

「はい」

 

「無理では?」

 

女性陣全員がため息をついた。

 

---

 

同日。

 

グラナダ市街。

 

「で、なんで俺が付き合わされてるんだ」

 

不機嫌そうに歩くのは

 

リディ・マーセナス。

 

隣には

 

バナージ・リンクス。

 

そして中央に

 

ヤマト・シンラ。

 

三人は休日を過ごしていた。

 

というより。

 

シンラの社会復帰訓練だった。

 

「もっと普通の人間らしい生活をしろ」

 

というアナハイム上層部からの命令である。

 

リディは呆れていた。

 

「宇宙救った英雄に出される命令じゃねぇ」

 

「僕もそう思います」

 

バナージも苦笑する。

 

その時。

 

前方で誰かとぶつかりそうになる。

 

「あっ」

 

「きゃっ」

 

書類が舞った。

 

シンラは反射的に飛び出す。

 

ニュータイプ反応。

 

超人的反射神経。

 

風に舞う十数枚の書類を全回収。

 

しかも整理済み。

 

女性は目を丸くする。

 

「すご……」

 

シンラは慌てて頭を下げた。

 

「すみません!」

 

「い、いえ!」

 

女性も慌てている。

 

年齢は二十代前半。

 

長い黒髪。

 

優しそうな雰囲気。

 

そして胸元にはアナハイムの社員証。

 

シンラは首を傾げる。

 

「アナハイムの方ですか?」

 

「あ、はい」

 

女性は微笑んだ。

 

「開発資料管理部のミツキ・カンザキです」

 

その笑顔に。

 

シンラが一瞬固まる。

 

リディが横でニヤリとした。

 

「お?」

 

---

 

数時間後。

 

喫茶店。

 

なぜか四人で座っていた。

 

ミツキ・カンザキ。

 

二十三歳。

 

アナハイム勤務。

 

資料管理部所属。

 

モビルスーツ開発資料の管理を担当している。

 

「へぇ」

 

バナージが感心する。

 

「じゃあ機密資料も扱うんですか?」

 

「はい」

 

「すごいですね」

 

ミツキは微笑む。

 

「でも開発の人たちほどじゃないですよ」

 

その時。

 

シンラが真面目な顔で言う。

 

「資料管理は重要です」

 

全員が振り返る。

 

「資料が無くなると地獄です」

 

「経験者だ……」

 

「設計図探して三日潰したことあります」

 

「それは辛いですね」

 

ミツキが笑った。

 

その笑顔を見て。

 

リディとバナージは顔を見合わせる。

 

そして無言で頷く。

 

これは。

 

かなりいい感じではないか。

 

---

 

その後も話は続いた。

 

好きな食べ物。

 

休日の過ごし方。

 

趣味。

 

そして仕事。

 

驚いたことに。

 

二人は妙に気が合った。

 

ミツキは機械の知識こそ専門外だが、話を聞くのが上手い。

 

シンラも自然体で話している。

 

戦争の英雄でもなく。

 

ニュータイプでもなく。

 

ただの青年として。

 

それが珍しかった。

 

夕方。

 

店を出る頃にはすっかり打ち解けていた。

 

「今日は楽しかったです」

 

美月が言う。

 

シンラも頷いた。

 

「僕もです」

 

少し沈黙。

 

そして。

 

ミツキが小さく笑う。

 

「また今度、お話ししませんか?」

 

シンラが固まった。

 

リディが吹き出しそうになる。

 

バナージは必死で耐えている。

 

「えっと」

 

「はい」

 

「ぜひ」

 

ミツキが嬉しそうに微笑んだ。

 

その瞬間。

 

宇宙を救った男は。

 

コロニーレーザーを止めた時より緊張していた。

 

---

 

夜。

 

帰り道。

 

「で?」

 

リディが聞く。

 

「何がですか」

 

「何がじゃねぇ」

 

「顔真っ赤だったぞ」

 

シンラは否定しようとして。

 

できなかった。

 

自覚があったからだ。

 

バナージが優しく笑う。

 

「いい人でしたね」

 

「そうですね」

 

「好きになったか?」

 

シンラが立ち止まる。

 

夜空を見る。

 

月が綺麗だった。

 

そして。

 

少しだけ照れながら答えた。

 

「……まだ分かりません」

 

「でも」

 

「また会いたいとは思います」

 

その答えに。

 

二人は笑った。

 

それで十分だった。

 

恋というのは。

 

大抵そこから始まるのだから。

 

---

 

同時刻。

 

グラナダ市街。

 

自宅へ帰ったミツキも窓から宇宙を見上げていた。

 

英雄。

 

特異点。

 

伝説のニュータイプ。

 

そんな肩書きはどうでもよかった。

 

今日出会った青年は。

 

とても優しくて。

 

少し不器用で。

 

どこか寂しそうだった。

 

だから。

 

もっと知りたいと思った。

 

「ヤマトさん、か……」

 

自然と笑みが浮かぶ。

 

その時。

 

遥か宇宙の彼方。

 

黄金の観測者が静かに呟いた。

 

『希望因子』

 

『新規接続確認』

 

『感情変化観測開始』

 

もし人類が聞いていたら驚いただろう。

 

宇宙を超越した存在が。

 

ヤマト・シンラの初恋を観測していたのだから。

 

そして。

 

後に語られることになる。

 

人類を救った英雄が最も苦戦した戦いは――

 

観測者との戦いでも。

 

虚無との戦いでもなく。

 

恋愛だったと。

 

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