U.C.0098――。
ネメシスとの戦いから数日が経過していた。
地球圏は束の間の静寂を取り戻していたが、その静けさは誰もが「嵐の前触れ」に過ぎないと理解していた。
アナハイム・エレクトロニクス第七開発局の格納庫では、ハイニューガンダム・レイ リバースが巨大な整備アームに固定され、かつてない規模の改修作業が進められていた。
フィン・ファンネルはすべて取り外され、胸部装甲、脚部ユニット、バックパックまで完全に分解されている。
青白いサイコフレームが露出したその姿は、まるで巨大な生物の神経のようだった。
整備主任はモニターを見ながら思わず息を漏らす。
「改めて見ると、とんでもない機体だ……。」
「これだけのサイコフレームを全身に使ったモビルスーツなんて前例がない。」
ヤマト・シンラは静かに機体を見上げる。
「まだ完成じゃありません。」
「この機体は、もっと先へ行けます。」
その瞳には迷いはなかった。
そこへ黄金観測機構の管理補佐・アルテアが静かに歩み寄る。
彼女の両手には厳重に封印された黒いケースが抱えられていた。
格納庫中の視線が自然と集まる。
アルテアはケースを作業台へ置くと、認証コードを入力した。
ゆっくりと蓋が開く。
中に収められていたのは、拳ほどの大きさしかない黄金色の結晶だった。
光を放っているわけではない。
しかし、その存在感は圧倒的だった。
まるで宇宙そのものが小さな結晶へ凝縮されたような、不思議な威圧感を放っている。
「これが……。」
整備主任が思わず呟く。
アルテアは頷いた。
「黄金観測機構中枢演算結晶。」
「七つの宇宙を観測し続けた演算体の一部です。」
格納庫にざわめきが広がる。
シンラは慎重に結晶を見つめた。
「これを組み込めば……。」
「ハイニューガンダム・レイ リバースはさらに高い演算能力を得られます。」
アルテアは静かに首を横へ振る。
「ですが成功例はありません。」
「サイコフレームと演算結晶が反発した場合、機体だけでなくパイロットの精神も崩壊します。」
整備主任が険しい顔になる。
「危険すぎる。」
「別の方法を考えるべきだ。」
しかしシンラは迷わなかった。
「俺が乗ります。」
「シンラ!」
「この機体を設計したのは俺です。」
「危険なら、なおさら俺が背負うべきです。」
格納庫は静まり返った。
ミツキ・カンザキはそんなシンラを見つめ、静かに拳を握り締める。
誰よりも彼の覚悟を知っているからこそ、止めることができなかった。
数時間後。
格納庫では改修作業が始まっていた。
演算結晶はコックピット直後の中枢フレームへ慎重に組み込まれていく。
サイコフレームとの接触。
出力調整。
粒子流量制御。
どれか一つでも狂えば暴走する。
整備員たちは汗を流しながら作業を続けた。
やがて最後の固定ボルトが締められる。
「接続完了!」
「エネルギーライン正常!」
「サイコフレーム反応確認!」
整備主任が息を呑む。
「起動するぞ。」
シンラはコックピットへ乗り込んだ。
ハッチが閉じる。
薄暗いコックピット。
彼はゆっくり目を閉じた。
「ハイニューガンダム・レイ リバース。」
「起動。」
機体が低く震えた。
青白いサイコフレームが一斉に発光する。
続いて黄金演算結晶が静かに輝き始める。
青と黄金。
二つの光が機体内部を流れていく。
「融合率四十パーセント!」
「六十!」
「八十五!」
観測員たちの声が響く。
「九十五!」
「九十八!」
アルテアは目を見開いた。
「ありえません……。」
「融合しています。」
「完全に……。」
その瞬間だった。
シンラの意識は白い空間へ包まれた。
目の前には無数の星。
銀河。
生命。
宇宙誕生の光景。
そして消えゆく宇宙。
「ここは……。」
『ここは演算領域。』
優しい声が響く。
姿は見えない。
しかし敵意はない。
『未来を選んでください。』
『終焉ではなく。』
『創造を。』
シンラは静かに頷いた。
「ああ。」
「そのために俺はここにいる。」
光が弾けた。
現実世界。
ハイニューガンダム・レイ リバースの全身から黄金と青の光が溢れ出す。
サイコフレームがこれまで以上に輝き、格納庫全体を照らした。
「成功した……。」
誰かが呟く。
シンラは静かに操縦桿を握った。
「試験飛行へ行きます。」
巨大なカタパルト。
機体がゆっくり前進する。
「全システム正常。」
「フィン・ファンネル接続。」
「フェザー・ファンネル待機。」
「リバース・シールド展開確認。」
「クリエイション・ブレード固定。」
すべてが緑表示へ変わる。
「ハイニューガンダム・レイ リバース。」
「発進。」
白い機体が宇宙へ飛び出した。
一瞬で加速。
通常では考えられない推力。
「速い!」
観測艦から歓声が上がる。
シンラは笑みを浮かべた。
「まだまだ。」
スラスター全開。
フェザー・ファンネル二十四基が展開する。
さらに六基のフィン・ファンネルも展開。
三十基の遠隔兵装が美しい軌跡を描きながら機体の周囲を舞う。
その姿はまるで巨大な光の翼だった。
「演算遅延ゼロ。」
「全ファンネル同期完了。」
シンラは右手を前へ突き出す。
「クリエイション・ブレード。」
腰部から新兵装が射出される。
刀身全体へサイコフレームが組み込まれた純白の長剣。
握った瞬間、刀身が蒼く輝いた。
「これが……。」
軽く一閃する。
斬撃は数キロ先のデブリを音もなく両断した。
さらにサイコウェーブが広がり、砕けた破片を安全な軌道へ押し流す。
「攻撃だけじゃない。」
「空間制御まで……。」
シンラは驚きを隠せなかった。
その時だった。
警報が鳴り響く。
「火星方面に超高密度重力反応!」
「敵反応多数!」
モニターへ赤い光点が無数に表示される。
百。
千。
一万。
終わりが見えない。
アルテアが震える声で告げた。
「ネメシス群です。」
「それだけじゃありません。」
「超大型反応接近。」
光点が一つだけ異常な大きさで表示される。
やがて宇宙の闇が裂けた。
そこから現れたのは、四枚の巨大な黒い翼を持つ人型兵器だった。
通常のネメシスの倍以上の全高。
王冠を思わせる頭部。
漆黒の装甲。
赤く燃える瞳。
その姿を見た瞬間、アルテアの表情が凍り付いた。
「終焉観測機構……第一執行者。」
「アポカリオン。」
巨大な存在はゆっくりとシンラを見下ろした。
『希望因子。』
その声だけで宇宙が震える。
『観測を開始する。』
『貴様らの希望が宇宙を救うのか。』
『それとも終焉を早めるだけなのか。』
シンラはクリエイション・ブレードを構えた。
「答えは一つだ。」
「俺たちは未来を諦めない。」
ハイニューガンダム・レイ リバースの全身が蒼金色に輝く。
その光は闇へ立ち向かう希望そのものだった。
宇宙最大の戦いは、今まさに始まろうとしていた。