MF……GODの継承者   作:紅乃 晴@小説アカ

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第九話「ラインとは何か?(1)」

 

 

 

開幕戦、小田原パイクスピーク。

 

セクター1の上り勾配を駆ける中で無線から雫の声が聞こえる。

 

「こちらブース。無線の感度はどう?」

 

「こちら、和也。問題はないよ」

 

そう答える。今回も黒木さんが雫のサポートに入ってくれている。心置きなくレースに集中できる。

 

「長丁場なレースよ。予選とは違うものと思って踏んでいきなさい」

 

雫の声を聞きつつ、前を走る赤羽海人のフェラーリを追うようにコーナーへと車を持っていく。変化に気づいたのはエイペックスへ到達したあとの挙動だ。

 

(この挙動……CPUの変更が効いてる。コーナー立ち上がり時の余分な膨らみが消えてる)

 

アウト側に膨らむ時、ほんのわずかにだが無駄な膨らみが残る感触があった。それは数値的に説明することのできない感覚的な話なのだが、そのネガティブな点を雫や黒木さんは気づいてくれていたのだ。

 

さらに立ち上がり時のギアシフトもスムーズに移行する。第三者的な介入の違和感はほぼ無くなっている。

 

ワンハンドステアという操縦は、マシンの性能を全てを把握し、全てを引き出すこと。そして同時にそれは、自分がどんなマシンを手にし、どう走らせるのかと向き合う孤独な戦いでもある。

 

(LSDの介入具合も絶妙だ。これならプラン通りにいけるな)

 

再びコーナーに入り立ち上がる。その動きをバックミラー越しから見ていた赤羽は、背後を走る話題のルーキーの不格好さに思わず顔を顰めていた。

 

(おいおい、だいぶフラフラしてるじゃねぇか。レコードラインも外しまくり……そんなので神15入りなんて、まぐれじゃないのか?)

 

自分の走るラインはいわゆるレコードラインだ。そのラインから外れれば、タイムはどんどん悪くなる。つまり、ラインというものは理想的なものがあって、それを守りつつ、どうやってタイヤやマシンの消耗をさせないかが重要な点だという当たり前のことでもあったり

 

「父さん、和也の運転……レコードラインから外れてるの」

 

もちろん、それはブースにいる雫にも理解できていた。テレメータリングの結果では、R34の駆け抜けるルートは、侵入速度、侵入角度、ブレーキのタイミングともに、MFGのコースレコードから導かれたレコードラインと大きな乖離がある。

 

「指摘しないのか?」

 

あえてそういう父、黒木隆之に、雫は首を横に振った。

 

「様子を見てたんだけど変なの。コーナーの侵入角、ブレーキングのタイミング、全部外れてるのに、コーナー出口で前の車のペースとぴたりと合うように収束していく……」

 

ほう、そこに気づくとは。娘の導き出した答えに隆之はすこし驚く。

 

侵入するときの条件がバラバラなのは、予選の時点からちらほらと見えていた。開幕戦は全長40キロあるコースを二周だ。

 

一周しかない予選で発揮するマシンポテンシャルと、開幕戦で発揮するマシンポテンシャルの差は歴然といえる。

 

「それは、和也くんの祖父の影響だな」

 

「和也のおじいちゃん?」

 

「俺が前に言っただろ?筑波山には、神様がいるって」

 

その言葉を雫も思い出す。思わず新興宗教かと思ってしまったが、父の言葉は真実でもあった。

 

「城島俊也。ゴットハンドと呼ばれた……ステアリングの魔術師だよ」

 

 

 

 

「フェラーリがペースを上げている!乗れているぞ、赤羽海人!だが、後ろの034号車、城島和也も早い!セクター1で赤羽のフェラーリに食らいついている!」

 

実況の田中が声を荒げる。

 

コースは箱根ターンパイクの高速区間を抜け、セクター2へと入る。

 

スピードだけでは押し切れないテクニカルな区間。ドライバーの技量が色濃く反映されるエリアだ。

 

その頃になって、前を走る赤羽も異変に気付き始めていた。

 

(勘違いなんかじゃない……!)

 

バックミラーに映る純白のR34。

 

下り区間へ入ってから、それは確信へと変わった。

 

ラインはバラバラだ。

 

コーナーによっては大きく外へ膨らみ、時には進入で速度を落としすぎているようにも見える。

 

だが、立ち上がってしまえば、マシンは寸分違わず自分との距離を保っている。

 

まるでゴム紐で繋がれているかのように。

 

(おいおい、冗談だろ?俺は乗れているし、上を狙うために走ってるんだ)

 

赤羽はハンドルを切り込みながら舌打ちする。

 

今回のプランでは、一周目前半はやや温存。後半で前を走るランボルギーニやポルシェを攻略し、終盤に4位、3位を狙う。

 

そのために他車より高いアベレージを維持している。タイヤもブレーキも削りながら、絶妙なバランスで攻めているのだ。

 

それなのに。

 

(そんな馬鹿馬鹿しいライン取りでなぜ俺について来れる……!)

 

赤羽は思わず歯噛みする。

 

だが同時に、心のどこかで安堵もしていた。

 

前を走っていて良かった。もし自分が後ろだったら……あの意味不明なラインを目の前で見せつけられていたら。

 

頭では理解できても、感覚は確実に狂わされるドライバーとして積み上げてきた常識そのものを揺さぶられる。

 

そんな気味の悪さが、城島和也の走りにはあった。

 

 

 

 

「ゴッドハンドって?」

 

セコンドブースで雫が改まって父へ問いかける。

 

黒木隆之自身、交流があったのは星野好造の方だった。だが、その隣に立っていた城島俊也という男もまた、別の意味で規格外だった。

 

その名前を聞くたび、ある夜の記憶が蘇る。

 

まだ若かった頃。ストリートマシンのセッティングのため、星野好造に誘われ筑波山へ向かったことがあった。

 

パープルシャドウ。

 

関東でも伝説と呼ばれた走り屋チームだ。そこで見たS2000の走りは、今でも忘れられない。

 

理屈では説明できないのに、気付けば前車との距離を詰めている。まるで路面の声でも聞いているかのような走りだった。

 

「城島俊也……和也くんの祖父は、茨城県の筑波山に籍を置くパープルシャドウという走り屋チームに属していてね」

 

隆之はゆっくりと語る。その横で雫はテレメトリーを睨んでいた。

 

予選とはまるで別人だ。昨日はインカム越しに歓声や叫び声が飛び交っていた。

 

だが今日は違う。ラップタイムは速く、それなのに車の動きは穏やかで、ドライバーも静かだった。まるで獲物を追う猛獣が息を潜めているように。

 

「S2000を操るその運転は、ドリフトでもグリップでもない独特の走り方をしていたと言われていた。和也くんの走りは間違いなくその影響下にある」

 

そう断言する隆之の言葉に連なるように、実況席の田中もまたR34から漂う底知れない気配を感じ取っていた。

 

モニターには白いGT-Rの姿が映し出されている。

 

決して派手ではない。予選で見せたような限界ギリギリの突っ込みもない。不思議なことに順位を争う前走車と離される様子もなかった。

 

「昨日のアグレッシブな攻めは鳴りを潜めているスカイラインGT-R!しかしその速度は落ちておらず、前方を行く赤羽海人とのタイム差を何と1秒ジャストで維持して走行している!」

 

映像にはフェラーリとGT-R。

 

二台の間には一定の距離があるが、その距離は広がらない。縮まりもしない。まるで見えない糸で繋がれているかのようだった。

 

「小柏さん!これは一体何なんでしょうか!?」

 

田中の問いに、小柏はしばらく映像を見つめてから口を開いた。

 

「驚きました。まさに彼もタイヤの使い方が洗練されているのでしょう」

 

「タイヤの使い方、ですか?」

 

「ええ。彼の運転は最初見た時、ずいぶんとムラっ気があるように感じました」

 

モニターにはコーナーへ進入するR34。レコードラインから僅かに外れた場所へマシンを送り込む。

 

普通ならタイムロスになるはずのラインだ。

 

「確かに、レコードラインから大きく外れるような挙動もありましたが、コーナー出口ではそのズレが全くなかったかのように収束していく」

 

映像のR34はコーナー出口で綺麗に車体を整える。その瞬間、前を走るフェラーリとの差はほとんど変わっていない。

 

「この技術を理論的に説明する術を私は持ちませんが、原理はわかります」

 

小柏は静かに続けた。

 

「彼はタイヤの美味しいところを上手に使っているのです」

 

実況席だけではない。各セコンドブースでもその言葉に耳を傾ける者は多かった。

 

神15のドライバーたちもまた、レースをしながら無線で情報を聞いている。

 

「美味しいところを使うというのはよく聞きますが、上手に使うとはどういうことでしょうか?」

 

「タイヤは常に負担がかかり続けます。その中での限界領域を把握するのもドライバーの務めです」

 

小柏は指先を組む。

 

「限界領域まで引っ張れば、グリップ力は徐々に落ちていきます。終盤でのタイヤの戦闘力は著しく下がる。神15に入るパイロットたちなら、そのグリップ力の幅を把握していますし、レース終盤までどう使うかを考えています」

 

「なるほど。そうやってタイヤの美味しいところを使って勝負所を決めるわけですね」

 

「そうです」

 

小柏は頷いた。

 

「その中で、城島和也の非凡な点は、その幅の使い方でしょう」

 

その言葉に、雫は思わずモニターへ目を向けた。確かにテレメトリーを見ても無駄が少ない。

 

アクセル開度、ブレーキ圧、ステアリング舵角。どれも極端な数値がほとんど現れていない。まるでマシンと会話しながら走らせているようだった。

 

「タイヤの美味しいところを的確に掴んで使う。使いすぎても、使わなすぎてもダメです」

 

小柏は続ける。

 

「そういった感覚は、最終的にはドライバーの感性に委ねられています」

 

映像の中でR34が再びコーナーへ飛び込む。

 

フロントタイヤを無理に押し付けることもなく。リアタイヤを滑らせることもなく。

 

ただ自然に向きを変えていく。

 

「彼の持つ感性が、そういったタイヤの領域にピシャリと収まっているのでしょう」

 

小柏の声には感心が混じっていた。

 

「ハイパワーでタイヤを空転させることもせず、かと言ってタイヤを痛めつけない。そういった配分を掴むセンスが抜群にいい」

 

そして、ほんの少しだけ微笑む。

 

「その感覚を彼は幼い頃から培ってきたのだろうと、私は感じてなりません」

 

実況席が静まり返る。

 

プロドライバーである小柏が、ここまで一人のルーキーを評価するのは珍しかった。

 

その直後だった。

 

「映像はセクター2へを走る2台を映します!」

 

田中が再び声を張り上げる。

 

「赤羽海人のペースに合わせるようにR34が箱根の山を攻め入る!」

 

フェラーリの後方。

 

白いGT-Rは、まるで獲物を見失わない猟犬のように、その背中を追い続けていた。

 

くそ、やりづらい!

 

前を走る赤羽には、背後からずんずんと圧をかけられているように思えてならなかった。

 

(まるで背後霊みたいにぴたりとついてきやがる。こっちはタイヤに気を使いながらペースを上げてるっていうのに!)

 

そう心の中で吐き捨てながら、セクター2のテクニカルなコーナーへとフェラーリを飛び込ませる。

 

ステアリング操作は最小限。ブレーキングも必要以上に踏まない。タイヤの回転を抑え、熱の入り方を管理しながら、もっとも美味しいグリップ領域だけを使い続ける。

 

長い決勝レースでは、その積み重ねが最後に効いてくる。

 

赤羽はそれを理解していた。

 

だからこそ無駄な動きは一切排除し、488GTBの性能を引き出すことだけに集中していた。

 

だが、そんな赤羽を嘲笑うかのように、背後のR34は常識外れの動きを見せる。

 

和也の乗るGT-Rは、レコードラインから大きく外れた位置でコーナーへ進入する。

 

一見すれば遠回り。タイムを失うだけの無駄なライン。そう見えるはずだった。

 

しかし、クリッピングポイントへ到達した瞬間、その白い車体は何事もなかったかのようにフェラーリの背後へ吸い寄せられてくる。

 

距離が離れない。いや、それどころか縮まっているようにすら見えた。

 

意味がわからなかった。

 

実力者であるが故に、その異常さを赤羽は肌で感じ取っていた。

 

(なんでそんなラインで俺について来れる!?)

 

コーナーごとの理屈はわかる。ブレーキングポイントも理解できる。車の挙動も読める。

 

だが、あのGT-Rだけは計算が合わない。本来なら離れるはずの場所で離れない。

 

無理をしているようにも見えない。

 

タイヤを痛めている様子もない。

 

それでいて、まるでこちらの動きを予測しているかのように背後へ張り付いてくる。

 

まるで獲物を追い詰める肉食獣だ。

 

熾烈なドッグファイトをしているわけではないし、接触寸前のバトルでもない。

 

それなのに、妙に精神を削られる。

 

視界の端に映る白いGT-Rが、じわじわと神経を逆撫でしてくる。一周目は抑え気味に走る。それが赤羽のプランだった。タイヤを温存し、後半勝負に持ち込む。

 

冷静に考えれば、それが正解だ。

 

だが、そのプランがわずかに……本当にわずかにだが、侵食され始めていた。

 

もっとペースを上げるべきか。

 

いや、まだ我慢だ。

 

だが、このまま後ろにいさせていいのか。

 

そんな思考が頭の中を巡り始める。

 

セクター2の中間を超えたあたりで、赤羽は前方に別の車影を捉えた。

 

鮮やかな白のボディ。鋭角的なシルエット。

 

ランボルギーニだ。

 

「赤羽が来たのか?その後ろに、あの骨董品がいるのかよ。どんな組み合わせだ?まったく!」

 

大石代吾。

 

裕福な家庭に生まれたランボルギーニ至上主義者の青年である。

 

幼い頃からスーパーカーを見て育ち、その中でもランボルギーニこそが頂点だと信じて疑わない。

 

しかし、MFGのグリップウェイトレシオレギュレーションは、そんな彼にとって決して相性の良いものではなかった。

 

大排気量NAエンジンの圧倒的パワー。

 

それこそがランボルギーニ最大の武器だ。

 

だがMFGでは、その武器を存分に振り回すことが許されない。

 

結果として、大石は本来の性能を発揮しきれずにいた。

 

実家の資金力を背景にしたマシン開発姿勢もあり、一部のドライバーから反感を買っている。

 

それでも本人は気にしない。

 

ランボルギーニこそがスーパーカーの王者。

 

それ以外は脇役。

 

本気でそう思っているからだ。

 

だからこそ、ターボで速さを稼ぐフェラーリ488GTBに乗る赤羽のことも面白く思っていなかった。

 

そして今。

 

バックミラーに映るもう一台の車が、さらに彼の神経を逆撫でする。

 

白いスカイラインGT-R。

 

二十年以上前の設計。

 

MFGに出場する最新スーパーカーたちと比べれば、まさに骨董品と呼ばれても仕方のない存在。

 

だが、その骨董品は神15の一角である赤羽のフェラーリに食らいついている。

 

その光景が、大石にはどうしても気に入らなかった。

 

「フェラーリの赤羽はともかく……」

 

大石はアクセルを踏み込みながら吐き捨てる。

 

「スポーツカーの王様であるランボ様が、旧車なんかに負けるかよ!」

 

V10エンジンが咆哮を上げる。

 

その声には、自信と誇り、そして焦りにも似た感情がわずかに混じっていた。

 

気づけば大石もまた、バックミラーに映る白いGT-Rから目を離せなくなっていたのである。

 

 

 

 

 

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