MF……GODの継承者   作:紅乃 晴@小説アカ

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第十二話「ラインとは何か?(4)」

 

 

 

茨城県筑波市にある病院。

 

その一室では入院着姿の星野好造と、診療を終えたばかりの白衣姿の城島俊也が、病院には到底似つかわしくない菓子や飲み物を持ち込みながらモニターを眺めていた。

 

病室のテレビに映し出されているのはMFG開幕戦。

 

好造は定期検査のため入院していたものの数値はやや高めという程度で特に問題はなく、明日には退院予定となっている。一方の俊也も本日の業務を終え、旧友の見舞いという名目で病室へ足を運んでいた。

 

もっとも、実際には二人とも、見舞いよりも気になるものがあった。

 

モニターの中を走る白いR34。

 

城島和也。二人にとっては孫であり、弟子であり、そして自らの技術と思想を受け継ぐ後継者だった。

 

「城ちゃん、どう見る?」

 

好造がそう尋ねると、俊也は顎先へ指を添えながらモニターを見つめた。

 

画面の中ではR34がランボルギーニを従えるように走っている。

 

順位だけ見れば接戦。

 

しかし俊也の目には別のものが見えていた。

 

「あの子は多分、勝負自体にはまだ意味を見出せていないんじゃないかな」

 

静かな声だった。

 

ペースは確実に上がっている。

 

だが前車を追い詰めようという執念もなければ、後続を振り切ろうという殺気もない。

 

むしろ相手の走りを観察し、自分の走りを見せているようにすら思える。

 

普通なら神15を相手に順位を奪うことへ執着する場面だ。

 

しかし和也は違う。

 

まるでレースそのものではなく、そこにいるドライバー達を見ているようだった。

 

「負けず嫌いなところは城ちゃんそっくりじゃないか。スマートに勝つっていう信念もね」

 

好造が楽しそうに笑う。

 

だが俊也は首を横に振った。

 

「あぁ。でもそれは自分が倒したいと思える相手に対してだけだよ」

 

そして小さく息を吐く。

 

「死に物狂いになって走らせている時と、今じゃ全然違う」

 

その言葉には確信があった。

 

和也が自分の背中を追いかけてきた年月を、俊也は誰よりも知っている。

 

7歳でカートに乗り始めてから、あの子は常に足りないものを探していた。ジュニアカートで基礎を学び、ジムカーナで荷重移動を覚え、ドリフトで限界領域の姿勢制御を身につけ、最高速アタックで速度への恐怖を捨てた。

 

そしてそれら全てを峠へ持ち込み、自分だけの走りへと昇華していった。

 

速くなりたい。

 

ただそれだけのために。

 

時には執念深いほどに貪欲だった。

 

今の和也の走りは、もしかすると全盛期の自分に匹敵するところまで来ているのかもしれないが、決定的に違う部分もまたあった。

 

「あのランボルギーニのドライバーに何かを感じたのかもしれないね」

 

好造もまた同じものを感じ取っていた。

 

画面の中では大石のランボルギーニが必死にGT-Rへ食らいついている。

 

神15に届こうともがき続けるその姿。

 

勝つために必死になっているその姿。

 

和也はきっと、その走りの中に何かを見つけている。

 

順位ではない。タイムでもない。

 

もっと根本的な何かを。

 

「まぁ確かに今の和坊は何かメッセージを伝えるような走りだな」

 

好造が感心したように呟いた。

 

そして二人は自然と、和也が選んだ車のことを思い出していた。

 

R34 GT-R。

 

しかし和也の本質は4WDにはない。

 

本来の愛車は俊也がかつて乗っていたものと同じS2000。

 

荷重移動で車を曲げ、リアを使って姿勢を作り、限界を探りながらコーナーを駆け抜ける。

 

和也の走りは明らかにFR向きだった。

 

それでも彼はR34を選んだ。

 

「ついにその領域に立ったか。速いもんだな、子供の成長ってやつは」

 

感慨深そうに好造が呟く。

俊也も苦笑した。

 

「僕にとっては孫だけどね」

 

そう言ってモニターから目を離す。

 

息子は昔から車に興味を示さなかった。

 

医師としての自分は尊敬してくれていても、走り屋としての自分にはどこか呆れたような視線を向けていたことを覚えている。

 

だから和也が車へ興味を示した時も、真っ先に反対した。

 

危険だ。自分の父と同じ道を歩ませたくない。

 

親として当然の感情だったのだろう。

 

だから俊也は峠へ連れて行かなかった。

 

まずはカートだった。

 

正しい場所、正しい順番で、速さを学ばせようと思った。

 

だが今となっては笑い話だ。初めてカートから降りてきた日の和也の顔を思い出す。

 

「あの時点で手遅れだったな」

 

そう呟くと好造が大笑いした。

 

「覚えてるよ。初恋したみたいな顔してたもんな」

 

「まさか孫息子がここまで入れ込んでくれるとはね」

 

「ゴッドアームの面目躍如ってところかな?」

 

「まさか」

 

俊也は首を振った。そして再びモニターへ視線を戻す。そこには白いGT-R。そしてその先に広がる未来が見えていた。

 

「あの子はまだ伸びるよ」

 

その言葉だけは即答だった。

迷いはない。

 

「俺はもうダメだ。現状維持。それでも年々衰えているのを少しずつ緩やかにすることしかできない」

 

好造は何も言わなかった。長年ハンドルを握り続けてきた者同士だから分かる。

 

それは弱音ではなく事実だ。肉体も反応速度も、若い頃のままではいられない。どれだけ努力しても、時間だけは平等に奪っていく。

 

「でも和也は違う」

 

俊也の目は優しく、そして誇らしかった。

 

「若くて、才能があって、努力を続けられる」

 

モニターの中でR34がコーナーを駆け抜ける。まるで未来へ向かうように。

 

「だから彼が一流になるのは……」

 

俊也は静かに笑った。

 

「俺よりずっと速いよ」

 

その言葉に好造は何も返さなかった。

 

ただ静かに頷く。

 

それは祖父の贔屓目ではない。

 

かつて筑波山で神様と呼ばれた二人が下した、本気の評価だった。

 

 

 

 

前を走る城島和也と、それを必死に追いかける大石のランボルギーニ。

 

二台はセクターを駆け抜けていく。

 

その様子を映し出すモニターを眺めながら、実況席の田中は意味深な笑みを浮かべていた。

 

MFG開幕戦。

 

ルーキーと言えば、多くの視聴者は片桐夏向を思い浮かべるだろう。

 

予選で神15にあと一歩まで迫り、この開幕戦では怒涛の追い上げを見せるトヨタ86のドライバー。

 

しかし今回の決勝には、もう一人の異質な新人が存在していた。そのことを知る者はまだ少ない。

 

だからこそ田中は満を持して切り出した。

 

「さて、ここで私の方から二つ目のサプライズを紹介します」

 

手元の資料を掲げながらそう言うと、小柏も興味を惹かれたように身体を前へ乗り出した。

 

まだ何かあるのか。そんな空気が実況席にも配信を見ている視聴者にも流れる。

 

「034号車を駆る城島和也」

 

大型モニターへ白いR34とプロフィールが表示される。

 

現在20歳。神奈川県内の大学へ通う学生。その文字だけを見れば、ごく普通の大学生だった。

 

だが田中はすぐに続ける。

 

「ですが、その経歴は決して普通のものではありません」

 

その一言で視線が集まる。

 

「彼は7歳から筑波サーキットでカート競技を始めています」

 

画面が切り替わった。

 

そこに映し出されたのは、まだヘルメットの方が大きく見える幼い少年の姿だった。表彰台の中央でトロフィーを抱え、無邪気な笑顔を浮かべている。

 

「10歳の時にはSLカートミーティング筑波シリーズでシリーズチャンピオンを獲得。さらにJAFジュニアカート選手権東地域大会でも上位入賞を重ねています」

 

MFGを配信する公式飲食店や、スマホ越しから見ている視聴者たちから小さなどよめきが起きる。

 

それは単なる走り屋上がりの経歴ではなく、幼い頃から競技の世界で鍛えられた本格派で、エリートコースを歩んできたドライバーだった。

 

「つまり、モータースポーツの王道を進んできたわけですね」

 

小柏の言葉に田中も頷く。

 

「ええ。当時の関係者の話では、将来的にフォーミュラへ進む候補の一人として名前が挙がっていたそうです」

 

神15入りしたルーキー。しかも将来を期待されたエリート。

 

ここまでは理解できる。

 

だが田中はそこで言葉を切った。

 

「ところが彼はその道を選ばなかった」

 

「選ばなかった?」

 

小柏が思わず聞き返す。フォーミュラを目指さない。それほどの成績を残せているなら、普通なら考えられない選択だった。

 

「はい。ジュニアカテゴリーを卒業した後、彼はフォーミュラではなくジムカーナやドリフト競技へ進んだんです」

 

画面に映し出される映像が変わる。

パイロンの間を縫うように走り、鋭く向きを変えるマシン。そして煙を上げながら横を向くスポーツカー。

 

「JAF関東ジムカーナ選手権に参戦。さらにドリフト競技や各地の走行会でも活躍しています」

 

「なるほど……」

 

小柏も思わず唸る。

 

城島和也というドライバーは、サーキットだけではなく、様々なカテゴリーを経験している。

 

「その通りです。そして彼の経歴をさらに特徴的にしているのが最高速競技です」

 

田中の言葉に、小柏は思わず目を見開いた。

 

まだあるのか。そんな表情だった。

 

「谷田部高速周回路で開催された最高速アタックイベントにてチューナーのテストドライバーとして活躍。最高記録では、200マイルオーバーを記録しています」

 

一瞬、実況席が静まり返る。その意味を理解した直後、小柏が思わず声を上げた。

 

「200マイル!?時速320キロを超える世界ですよ!?」

 

田中は当然のように頷く。

 

「カート、ジムカーナ、ドリフト、最高速アタック。普通なら別々のカテゴリーで活躍するドライバーが多い中、彼はその全てを経験しているんです」

 

その言葉を聞いた瞬間、スタジオだけではなく各地の観戦席やセコンドブースでも小さなどよめきが広がった。

 

当然だろう。

 

ひとつの競技で結果を残すだけでも難しい。それを複数のカテゴリーで経験しているというのだから。

 

そして、その驚きは黒木雫も同じだった。

 

(和也……そんな経験を積んできたドライバーだったの……!?)

 

思わずモニターへ視線を向ける。

 

確かに速いとは思っていた。箱根を初めて走らせた時から異様なほど順応が早かった。

 

初見のコースにもかかわらずレコードラインに固執せず、自分なりの答えを探しながら走る。車の限界が近づいても慌てることなく修正を入れ、荷重移動だけで車の向きを変えていく。

 

それは才能だと思っていた。

 

だが今なら分かる。

 

(違う……)

 

才能だけじゃない。積み重ねてきた経験の量と質が違うのだ。

 

ジムカーナで低速域の車両コントロールを学び、ドリフトで姿勢変化とタイヤの使い方を覚え、最高速アタックで300キロを超える速度域の恐怖を知り、そして峠でそれらを実戦へ落とし込んできた。

 

だからあの男はコーナーへ飛び込む時に迷いがない。

だからあの男は車の挙動を恐れない。

 

(だから、私が組んだR34をあそこまで乗りこなせるんだ……)

 

雫は無意識に拳を握っていた。

 

悔しい。少しだけ腹も立つ。そんな重要な話を一度も聞いていなかったのだから。

 

だが同時に納得もしていた。

 

あの箱根での試走。ナビシートに座った時に感じた違和感。まるで何年もこの車に乗ってきたような自然さ。

 

あれは偶然ではなかった。

 

和也は車種が変わっても対応できるだけの引き出しを持っていたのだ。

 

(もう……そういうの先に言いなさいよ)

 

内心で毒づきながらも、視線はモニターから離れない。

 

白いR34は変わらず前を走っている。

 

そして雫は気付いていた。

 

田中が語っているのは、まだ経歴の話でしかないことに。

 

ここまで聞くだけでも十分異色だ。

 

いや、むしろ異常と言っていい。

 

だが田中はまだ本題へ入っていなかった。

 

「彼が本当に注目される理由は別にあります」

 

画面が切り替わる。

 

映し出されたのは夜の筑波山だった。

 

漆黒の闇、そこを切り裂くように走るヘッドライト。その映像を見た瞬間、年配のファンたちの表情が変わる。

 

「城島和也はサーキットだけで育ったドライバーではありません。夜の峠を走るチームにも所属していました」

 

小柏が息を呑む。田中は静かにその名を告げた。

 

「パープルシャドウ」

 

見ている者たちが大きくざわついた。それはMFG以前の時代を知る者なら誰もが反応する名前だった。

 

筑波山。伝説の走り屋チーム。

 

関東最速の一角として語り継がれる集団。

 

そしてその中心にいた二人の男。

 

モニターに映し出された写真を見た瞬間、歓声が上がる。GT-Rの横に立つ男。そして豪快な笑みを浮かべる男。

 

「ゴッドアーム、城島俊也」

 

「そしてゴッドフット、星野好造」

 

まるで往年の名レーサーを紹介されたかのような反応だった。

 

小柏も思わず息を漏らす。

 

「まさか……」

 

「城島和也はゴッドアームの孫」

 

「さらにゴッドフットからも直接指導を受けて育ったドライバーです」

 

その説明だけでもともと峠の走り屋をしていた小柏には十分だった。

 

なぜ彼は新人とは思えない走りをするのか。

 

その理由が少しずつ見えてくる。

 

「つまり神様たちの後継者ということですか」

 

小柏の呟きに田中は力強く頷いた。

 

「そう言って差し支えないでしょう」

 

そしてモニターへ映し出される白いR34へ視線を向ける。

 

「カートで基礎を学び、ジムカーナで車両コントロールを磨き、ドリフトで限界領域を知り、最高速競技で超高速域を経験し……そして、筑波山でストリートをどう攻めるのかを叩き込まれた」

 

そこにはセクター2を迷いなく駆け抜けるGT-Rの姿が映っていた。

 

田中は断言する。

 

「彼は単なる新人ではない。日本モータースポーツと走り屋文化、その両方の系譜を受け継ぐドライバーなのです」

 

その瞬間、多くの視聴者が理解した。

 

なぜ神15の中に、旧車と呼ばれる白いGT-Rが存在しているのか。それを操り、MFGへ挑むのは、一人の大学生ではない。

 

日本モータースポーツの様々な系譜を吸収しながら育った、伝説の継承者だったということを。

 

 

 




ラインとは何かの話になかなかいけない……!
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