MF……GODの継承者   作:紅乃 晴@小説アカ

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第十六話「レースを終えて」

 

 

大石 代吾は、いわゆる二世にあたる世代である。

 

資本家という家庭に生まれた彼は、何不自由ない生活を送ってきた。

 

金銭的に余裕があったことから、習い事は色々とさせてもらえたし、のめり込めるレースの世界へ踏み込むチャンスも貰えた。

 

カートにサーキット走行。

 

やりたいと言えば父は環境を用意してくれたし、結果を出せば褒めてもくれた。

 

だからこそ大石は努力した。

 

周囲から「親の金で走っているだけ」と思われることが何より嫌だったからだ。

 

誰よりも練習し、誰よりも走り込み、自分の実力で勝ち取った結果だと胸を張れるように。

 

その積み重ねは確かに結果として現れていた。

 

国内外のレースカテゴリーで実績を積み、表彰台にも立った。

 

才能だけではなく、努力によって築き上げた実力がそこにはあった。

 

MFGで神15に入れているのも、ハイアベレージで乗りこなすことができるランボルギーニという欧州のラグジュアリースポーツカーを手にできるバックボーンがあったからだ。

 

もちろん、それだけではない。どれだけ優れたマシンを与えられても、扱えなければ意味がない。神15という舞台に立つ者たちは皆そうだ。車が速いだけで残れる世界ではない。

 

だが、それでも。周囲から見れば恵まれているようにしか見えないのだろう。

 

だからこそ大石は結果にこだわった。

 

しかし、正直に言えば伸び悩んでいた。

 

ハイパワーを絞り出す車を与えられ、MFGというレースコンテンツに参加をして、これまでサーキットで優勝を幾度と経験していた大石は、一つの壁に突き当たっていた。

 

わかっていたはずの車の運転がわからなくなっていっていた。

 

MFGのグリップウェイトレシオ。

 

そのレギュレーションは、多くのドライバーに平等な土俵を与える一方で、それまで培ってきた常識を容赦なく否定してくる。

 

馬力だけでは勝てないし、高価な車だから速いわけでもない。

 

タイヤをどう使うか、車重をどう扱うか、コーナーをどう繋ぐか。そんな当たり前の技術が、MFGでは異様なまでに重要になる。

 

それによって大石は、これまで築いてきた自分のらしさを見失いつつあった。側から見れば、それは単なる基礎不足ではないかと指摘されるかもしれないが本人にとっては、それだけでは済まない問題だった。

 

自分が信じていたものが通用しない。自分の武器だと思っていたものが武器ではなかった。

 

そう突き付けられ続ける感覚。

 

それ以前に、大石の走りへのモチベーションを維持する部分がゴリゴリと音を立てて削られているような気がしてならなかった。

 

走ることは好きだ。勝つことも好きだ。だが最近は、走るたびに何かを失っているような気持ちになる。その感覚がずっと胸の奥にこびりついていた。

 

そんな中で挑んだ、MFGの開幕戦。

 

そこで大石は一つの光明と出会った。

 

自分に足りないもの。自分という走り、曲がりなりにもレースを愛する自分をへし折りながらも、それでも前に突き進める何かを与えてくれる存在。

 

その存在に、大石は無意識ながら惹かれつつあった。

 

純白のR34。骨董品と呼ばれてもおかしくない旧世代のGT-R。最新のスーパーカーでもない。派手な経歴をひけらかすわけでもない。

 

それなのに、あの男は楽しそうに走る。

 

誰よりも。

 

自分が失いかけていたものを、あの男は当たり前のように持っている気がした。惹かれつつあったのだが……。

 

(俺……なんでここにいるんだろ)

 

城下町ホルモン。大石と同じく神15の一人である相葉 瞬が懇意にしている店。そこで酒を片手に、大石は酔いでほどよくとろけた思考で周りを見渡す。

 

店内は騒がしい。煙と肉の焼ける匂い。笑い声。ジョッキがぶつかる音。

 

レース会場とはまるで違う空気だった。

 

別卓のテーブルでは、快進撃を見せたルーキー、片桐夏向にベタベタする北原 望と、その隣でやめろと止めにかかる八潮 翔。

 

向かいの卓では酔った相葉が緒方とかいう86のオーナーに絡んでいる。

 

他のテーブルでも、メカニックスタッフなどがホルモンと酒を楽しみながら騒いでいるのが見えた。

 

神15も、ルーキーも、メカニックも、サポーターも、皆が同じ店で笑っている。サーキットでは考えられない光景だった。

 

(なぜ……俺はこんなところに、来てしまったんだろうか)

 

そう思いながら、安酒を飲む。普段飲む酒や食事よりも随分と安っぽいというのに、それはどこか悪い気はしない。

 

むしろ不思議なほど居心地がよかった。

 

肩書きも、家柄も、乗っている車の値段も、そんなものを誰も気にしていない。ただレースが好きな連中が集まっているだけ。

 

それが少しだけ心地よかった。大石はジョッキを傾けながら、ふうっと息を吐く。

 

そして視線は自然と一つの場所へ向かう。

 

大石はただ、じっと見据える。

 

相葉と相席している……自分を打ちのめして、振り回したR34のドライバー。

 

城島和也のことを。

 

自分にはもう失われてしまったものを持っているように見えて、だからこそ気になってしまう。

 

悔しいほどに、目が離せなかった。

 

酒を飲みながら内心で自分の気持ちに問いを投げるが、その問いに答えられる者は、まだ誰もいなかった。

 

 

 

 

開幕戦が終わり、レースの健闘を讃えるセレモニーが行われていた。

 

優勝したのは、なぜか表彰式を欠席しているミハエル・ベッケンバウワー。2位は石神風神。そして3位は赤羽海人である。

 

表彰台には大勢のカメラマンが集まり、フラッシュが何度も焚かれていた。開幕戦から大いに盛り上がったレースだけに、スタッフからも歓声が鳴り止まない。こういうときは観客がいなくて残念と思えるが、MFGの方針から見ても観客を入れてのレースは難しいのだろう。

 

その様子を、俺はセコンドブースから出てきた雫や黒木さんと一緒に眺めていた。

 

エンジェルスによる祝福のキスも行われている。ちなみに赤羽にキスをしたのは妹の萌絵だ。だが、そんな事実を口にすると面倒なことになる未来しか見えないので、俺は見なかったことにした。

 

ミカさんの取材は明日の昼からだ。レース直後は疲れているだろうからという配慮らしい。

 

正直ありがたい。初めてのMFGは想像していた以上に濃密だった。完走した今になってようやく全身の疲労が表面へと浮かび上がってきている。

 

そんな時だった。

 

「よ、和也」

 

人混みをかき分けながら現れたのは相葉先輩だった。

 

レース中の鋭い表情とは違い、今はどこか肩の力が抜けている。

 

「相葉先輩、レースお疲れさまでした」

 

「おう!……まぁ力みすぎてオーバーランしちまったけど……」

 

そう言いながら頭を掻く。前半からずっとプッシュをかけていた相葉先輩のR35は、最後のカマボコストレートでのブレーキング勝負の際、勝負できるタイヤを使い切ってしまっていたのだ。

 

それでも勝利のためにハードなブレーキングを選んだ。

 

結果、右に曲がるはずの交差点を豪快に直進。小田原の神風ヤンキーは盛大に玉砕したのである交差点を曲がった瞬間、真正面に相葉先輩のR35がいた時は目ん玉が飛び出るくらい驚いた。本気で心臓が止まるかと思った。

 

そのおかげと言うべきか、こちらは順位を6位から5位へ上げることができたのだが、なんとも後味がすっきりしない結末だった。

 

「お前もすげぇじゃねえか。リザルト表とタイムも見たけど、初出場とは思えない走りだったぜ」

 

相葉先輩は自分のミスを引きずる様子もなく、素直にこちらを称えてくれる。こういうところがこの人の凄いところなのだろう。神15のトップドライバーでありながら偉ぶることがない。

 

実力のある後輩は素直に認める。だから多くの人に慕われるのだろう。すると相葉先輩は隣に立つ雫へ視線を向けた。

 

「で、となりの嬢ちゃんは……?」

 

その言葉に雫の眉がぴくりと動いた。

 

あ、まずい。そう思った時にはもう遅かった。

 

「和也のR34のメカニック。FLAT RACINGの黒木雫です。神15のパイロットは憧れですけど、嬢ちゃんって呼び方は辞めてください」

 

「え、あのFLAT RACINGの!?こんな嬢ちゃんが……!?」

 

火に油。相葉先輩に悪気はない……本当にない。だが悪気がないこととデリカシーがあることは別問題である。

 

雫の目がさらに冷たくなる。隣では少しふくよかな男性が、(あぁ……気の強そうな子だなぁ……)という顔を隠しきれていなかった。

 

当然、雫もそれを察したらしく、ふん、と露骨にそっぽを向く。慌てて相葉先輩は話題を変えた。

 

「こっちは緒方。夏向の86のオーナーでメカニックだ」

 

「はじめまして」

 

そう言って握手を交わす。最終順位でテイラーのポルシェを抜いて八位となった86。そのマシンを仕上げた人物として自然と敬意が湧いていた。

 

すると、少し離れた場所でジャクソン・テイラーと何か言葉を交わしていた夏向がこちらへやってきた。

 

「和也もレースお疲れ様です」

 

「まぁ無事に完走できてほんとによかった」

 

紛れもない本音だった。

 

初めてのMFG。

完走できたこと自体が収穫と言っていい。

だが、その言葉を聞いた雫が、

 

(アンタがそれ言うの?)

 

みたいな顔をしている。

やめてほしい……本当にやめてほしい。

 

「セレモニーが終わってから俺はうちのチームと小田原で打ち上げするんだが、和也たちもくるか?俺の奢りだぞ!」

 

相葉先輩がそう誘ってくれた。幸い、レース後の予定は特にない。帰りはR34で雫と一緒に帰る予定だったが、黒木さんは別で車を出している。最悪、雫は黒木さんと帰ることもできる。

 

そう思って雫を見ると……めちゃくちゃ行きたそうな顔をしていた。

 

神15のメカニックにサポートスタッフ。普段なら絶対に聞けない話を聞ける機会。技術屋としての本能が全力で反応しているのが丸わかりだった。

 

しかし同時に、「嬢ちゃん」と呼ばれた件が尾を引いているらしい。

 

行きたい。でも腹が立つ。そんな葛藤が表情に全部出ていた。

 

ふと黒木さんと目が合う。どうやら話は聞いていたらしい。にこりと笑いながら、行っておいでという顔をされた。

 

では仕方ない。誘われている以上、断る方が無作法というものだ。

 

「じゃあお言葉に甘えて」

 

そう返事をした時だった。

 

「え、夏向たち打ち上げするの!?私も行ってもいい!?」

 

夏向と俺の間へ、一人の少女が割り込んできた。

 

「え、君は……」

 

「18号車の北原望!レースでは全然絡まなかったけど、すんごい走りしてた君の話も聞きたいな!」

 

距離感が近い、近すぎる。屈託のない笑顔を向けてくる北原は、肉食系女子という言葉がよく似合うタイプだった。

 

だが、どこか妹の萌絵と重なる。思ったことをそのまま口にして、人との距離を躊躇なく詰めてくるところなど特にだ。

 

もっとも北原の心中では別の思考が渦巻いていた。

 

(夏向とは違って落ち着いた男の雰囲気……これもこれで良い……)

 

祖父である城島俊也の若い頃によく似ていると言われる和也は、萌絵から見ても十分イケメンの部類だった。普段は癖のある髪を適当にセンター分けにしているせいで目立たないが、整えればかなり見栄えがする。

 

……ちなみに萌絵は兄の方が沢渡より格好いいと思っている。完全にブラコンである。

 

「望、男に誘われてホイホイついてくんじゃねぇ」

 

後ろから声をかけたのは八潮翔だった。苗字は違うが血の繋がった兄である。

 

「うるさいな、バカ兄貴。私はドライバーとして同じMFGを盛り上げるみんなとの絆を大事にするの!」

 

「んだとぉ!?」

 

即座に兄妹喧嘩へ発展する。息ぴったりなのに仲が悪い。いや、仲が良いからこそなのかもしれない。そんな二人を見ながら、なぜか俺が仲裁役になる。

 

「まぁまぁ、相葉先輩。同席はOKですか?」

 

「ん?あぁ、多分いけると思うぜ。その店は俺の馴染みの店なんだ」

 

大所帯になりそうだから一応確認するわ。そう言って快く引き受けてくれる。本当に器の大きい人だ。人徳の塊みたいな男である。

 

ふと、視線を感じた。

 

セレモニーが終わり、人の流れが散り始めた中。一人だけこちらを見ている男がいた。

 

白いランボルギーニに乗り、俺を追いかけていた……大石代吾だ。

 

「大石先輩」

 

思わず声をかける。すると大石先輩は僅かに肩を震わせた。どうやら本当にこちらを見ていただけだったらしい。

 

「……おまえ、その、034号車の……」

 

「城島和也です」

 

そう名乗る。すると大石先輩は何かを言おうとして口を開くが……言葉が出てこない。

 

閉じる、また開く、そしてまた閉じる。

 

妙な沈黙が流れた。何か言いたいことはあるのだろうが、本人の中で整理がついていないらしい。その様子を見ていた北原が小声で呟く。

 

「なんか告白前の男子高校生みたい」

 

「望さん」

 

「望」

 

夏向と八潮の声が綺麗に重なった。

 

「大石先輩も打ち上げに来ますか?」

 

自然とそう言葉が出ていた。相葉先輩への確認もしていない。だが、なぜか誘わなければいけない気がした。

 

大石先輩は目を丸くする。明らかに予想外だったらしい。

 

「はぁ?なんで俺がそんな……」

 

そこまで言って言葉が止まる。

 

数秒の沈黙。

 

そして顔を背けたまま、

 

「……場所と時間、教えろよ」

 

そう答えた。完全に来る気だった。

 

「え、えっと、じゃあスマホで連絡を……」

 

思わず連絡先を交換する。大石先輩はスマホをポケットへしまうと、

 

「時間になったら向かう」

 

それだけ言い残して去っていった。その背中を見送りながら北原がぽつりと呟く。

 

「ツンデレってやつだね」

 

「tsundere?ワォ、知ってます。素直になれない人ですね」

 

「いらん日本語をわかるな」

 

なぜかワクワクとした目をする夏向と、そんな夏向にツッコミを入れる八潮。

 

その後、平謝りしながら相葉先輩へ大石先輩も来ることを伝えると、驚きながらも快諾してくれた。

 

やっぱりこの人、人徳の神かもしれない。

ただし女にモテるかと言われると微妙である。

 

そんなことを思っていたら、その後に萌絵からメッセージが届いた。

 

『おすすめの店あるからそこで二人でお疲れ様会やろう』

 

相葉先輩の打ち上げの話を伝える。

すると数秒後。

 

『えー!いいなぁ!私も奢りで打ち上げ行きたいー!』

 

という返信が返ってきた。

 

いや、お前が来たら参加メンバー全員まとめて炎上するから勘弁してくれ。

 

俺はスマホを見ながら静かにそう思った。

 

 

 

 




すいません、感想で「小田原パイクスピークにセクター4は存在しない」というご指摘をいただきました。

いや、聞いてください。

基本的に通勤中とか昼休みとかの隙間時間で書いているので、コース情報を整理する際にWikiを参考にしていたんですが、そこに普通に「セクター4」という記載がありましてですね……。

「へぇ~、セクター4あるんだ」

と何の疑いもなく信じて、そのまま作中へ投入しました。

その後、自宅にある原作コミックスを確認したところ、ちゃんとセクター3まででした。

はい、完全にやらかしました。

ただ、ここまでセクター4前提で話を書いてしまっているので、修正すると各話に影響が出るレベルになっています。

なので、この作品世界のMFGにはセクター4があります。

ありますったらあります。

原作ファンの皆様には大変申し訳ありませんが、どうかご容赦ください。

恨むならWikiを安易に信じた作者と、堂々と存在していたWiki先生を恨んでください。

なお、今後も原作との細かな差異や設定ミスが出る可能性がありますが、その時は優しく教えていただけると助かります(笑)。
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