MF……GODの継承者   作:紅乃 晴@小説アカ

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今回は短め


パープルシャドウ
第十七話「走りの原点へ」


 

 

 

「ほら、大石先輩、しっかりしてください」

 

そう言いながら俺は大石先輩を店先のタクシーまで運ぶ。

 

城下町ホルモンで打ち上げをしていた俺たちだが、宴もたけなわ……というところで、主催の相葉先輩が締めの挨拶をした直後だった。

 

バタン、と一人の男がテーブルへ突っ伏した。

 

大石先輩である。

 

神15のドライバーが見事な散り様を見せた瞬間だった。

 

「誰だよ大石に飲ませたやつ!」

 

相葉先輩が慌てて立ち上がる。

しかし周囲は顔を見合わせるだけだった。

 

「いや……誰も飲ませてないっす」

「勝手に飲んでました」

「ずっと飲んでました」

 

その返答に相葉先輩がぽかんとする。

 

どうやら本当に自爆らしい。大石先輩の席には空になったジョッキやグラスがずらりと並んでいた。

 

かなり飲んでしまったようだ。おそらくレース後の高揚感と、慣れない集団行動と、酒の勢いと、色々重なってペースを見誤ったのだろう。相葉先輩の驚いた様子から見ても、普段からこういう飲み会へ参加するタイプにも見えなかったし。

 

さて、そんな大石先輩だが、帰りの手段を誰も把握していなかった。

 

相葉先輩も困り果てていたところで、俺が送ると申し出た。

 

俺は酒は苦手でそもそも飲まないし、雫も神15のメカニックやサポーターの話を聞き逃すまいと一滴も酒に手を付けていない。だから最悪の場合、雫がR34を運転して帰ることもできる。

 

そう説明すると相葉先輩は申し訳なさそうな表情をする。しかし大石先輩を誘ったのは俺だ。責任と言うほど大袈裟なものではないが、放っておくのも違う気がした。

 

そう伝えると相葉先輩は笑いながら俺の肩を叩く。

 

「まかせたぜ、後輩」

 

「了解です」

 

というわけで現在である。

 

俺はぐったりした大石先輩を店先のタクシーへ押し込んでいた。幸い最低限の意思疎通はできるし、吐き気や体調不良もなさそうだ。酔い潰れただけなら何とかなるだろう。後部座席へ座らせてから近くのコンビニへ走り、ミネラルウォーターを買って戻る。

 

すると大石先輩は運転手と何やら話をしていた。すでに帰宅先の住所を伝えたらしく、運転手はナビへ入力している最中だった。

 

意外としっかりしている。酔っ払いというより、酔いながらも気力だけで動いている状態なのかもしれない。

 

「大石先輩、大丈夫ですか? とにかく水を飲んで落ち着いて……」

 

そう言ってペットボトルを差し出す。だが返ってきた言葉は予想外だった。

 

「お前……なんであんな……走りができんだよ」

 

うわごとのような声だった。

 

思わず顔を上げる。

 

大石先輩は、酒で赤くなった顔をしていて、ぼんやりとした視線……だがその目だけは妙に真剣だった。

 

「わからねぇんだよ……」

 

ぽつりと呟く。

 

「お前は……無茶苦茶なラインで走ってるくせに……鮮やかにコースを駆け抜けていく……」

 

言葉が途切れるがその一言一言に実感がこもっていた。レース中、ずっと後ろから見ていた。あの純白のR34の走りを。

 

「レコードラインから外れてる……なのに速ぇ……」

 

そこに怒りはなかった。嫉妬もない。あるのは純粋な疑問。そして理解したいという純粋な欲求だった。

 

「教えてくれ……」

 

少しだけ大石先輩は拳を握る。酔っているからこそ漏れた本音なのだろう。

 

「俺とお前……何が違うんだ……」

 

その言葉を聞いて、俺は少し考えた。

 

何が違うのか。

 

正直、言葉で説明できるほど簡単なものではない。それに今ここで話しても伝わらない気がした。

 

だから俺は一つだけ答える。

 

「大石先輩。次の土曜日の夜、茨城県に来れますか?」

 

大石先輩がゆっくりとこちらを見る。

 

「茨城県……?」

 

「俺の走りのルーツを教えます」

 

そう短く告げた。

 

俺の技術、考え方、今の走りに至った理由。

 

それは言葉では伝えられない。言葉で伝えてもきっと納得されないし、理解もされないのだろう。

 

伝えられるのはきっと、同じ場所で同じ体験をした時だけ。

 

神様と呼ばれた人たちの背中を見ながら育ったあの場所こそが俺の原点だった。

 

大石先輩はしばらく天井を見つめる。タクシーの車内へ静寂が落ちる。やがて小さく頷いた。

 

「……行く」

 

その返事だけで十分だった。

 

「場所は追って連絡します」

 

そう告げてドアを閉める。運転手へ頭を下げると、EVのタクシーは静かに走り出した。赤いテールランプが交差点を曲がり、小さくなっていく。

 

その光が見えなくなるまで見送ってから、俺は踵を返した。

 

店の中からはまだ賑やかな笑い声が聞こえてくる。どうやら二次会が始まりそうな勢いだ。

 

まったく。MFGの連中は元気すぎる。

 

そんなことを思いながら、俺は再び城下町ホルモンの暖簾をくぐるのだった。

 

 

 

 

そんなわけで約束の日となった。

 

首都圏新都市鉄道の「つくば駅」。

 

時刻は午後10時。あたりはすっかり暗くなっていて、駅前のコンビニくらいしか明かりがついていない。そんな田舎らしい暗い駅前のロータリーで、大石先輩は約束の時間通りにロータリーに立っていた。

 

さすがと言うべきか、時間にはきっちりしている。

 

スマホへ到着の連絡を入れようとしたところで、向こうもこちらに気づいたらしい。街灯に照らされたロータリーへゆっくりと車を停める。

 

「お待たせしました」

 

窓を開けて声をかけると、大石先輩は一度車体全体を見回した。事前に車種とナンバーは伝えていたが実物を見るのは初めてと言った様子で、そして数秒後、少し意外そうな顔をする。

 

「連絡は受けていたが……おまえ、そんなクラシックカーに乗ってたんだな」

 

視線の先にあるのは俺が乗るホンダ・S2000。

 

深い紫カラーのボディは年式こそ古いものの、きちんと手入れされている。

 

S2000は、ホンダが生んだ最後の純粋なFRスポーツカーだ。NAながらもリッターあたり125馬力を絞り出すF20型エンジンは、フロントミッドにマウントされている。そのおかげで50:50の理想的な前後重量配分を実現している。

 

高い剛性をもつ車体と、コンパクトなインホイール式ダブルウィッシュボーンサスペンションで車体を支える。

 

派手な電子制御を取り除き、オーソドックスな手法で磨き上げられたこの車は、最新のスーパーカーみたいな豪華装備もない。その代わりドライバーの操作がそのまま車の動きに現れる。

 

良くも悪くも誤魔化しが効かない車だった。

馬力だけならMFGで走るランボルギーニやフェラーリとは比べものにならない。

 

それでも軽量な車体と優れた重量バランスのおかげで、ワインディングでは今でも十分に速い。

 

何より運転していて楽しい。

 

そんな車だった。

 

「クラシックと言っても2005年製ですよ、これ。まぁ前期型のAP1型ですけど」

 

「それ言われてもわかんねぇんだけど」

 

「ですよね」

 

そう言いながら助手席のドアを開ける。

 

ちなみに2005年以降に登場した後期型のAP2は、排気量が2200ccへ拡大されたF22C型エンジンを搭載している。最高出力こそ242馬力へ僅かに下がったものの、その分トルクが増し、街乗りからワインディングまで扱いやすくなった。

 

足回りやサスペンションのセッティングも見直されており、AP1より安定感が高い。一言で言えば、AP1が荒削りな天才なら、AP2は経験を積んだ完成形だ。実際、中古市場でも後期型の方が人気は高い。

 

だが俺は、この少しじゃじゃ馬なAP1の方が好きだった。

 

高回転まで回るエンジン。FRらしく素直に動くリア。運転しているという実感。そういうものが、この車には詰まっている。

 

大石先輩は車内へ乗り込むと、興味深そうにダッシュボードやメーター周りを見回していた。ランボルギーニとはまるで違う。豪華さもなければ電子制御も最低限。ある意味では真逆の車だ。

 

「思ったより狭いな」

 

「二人乗りですから」

 

そんなやり取りをしながら車を発進させる。つくば駅を離れ、県道55号線へ。ここから筑波山までは四十分ほどだ。

 

夜の道路は空いているし、この時勢ではガソリン車が市街地を走るなんて珍しい。ほとんどが電気か水素自動車で、一般社会ではガソリンエンジンで動く車は絶滅危惧種であるということを突きつけられるような気分だ。街の明かりが徐々に減り、代わりに田畑の闇が広がっていく。

 

「言われた通り明日の予定も空けてある」

 

助手席から声がする。

 

「それで、こんな田舎まで呼び出して何をするつもりなんだよ」

 

「田舎はひどくないですか?」

 

「いや田舎だろ」

 

「否定できないのが辛いところですね」

 

思わず苦笑する。すると大石先輩は窓の外を眺めながら続けた。

 

「走りのルーツを教えるって言われたけどな。今からサーキットを走るにしても時間が遅すぎる」

 

確かにその通りだ。午後10時を回っている。普通なら営業しているサーキットなどない。

 

「まさか個人所有のコースがあるとか言わねぇだろうな……」

 

「どんな金持ちですか」

 

大石先輩は真面目な顔で言った。どうやら本気で疑っているらしい。大石先輩はランボルギーニとか普通に手に入れる財力はあるようだけど、こちとら一般家庭で湯水のような資金力なんて皆無なのだ。一緒のレベルで話されると困る。

 

「場所はもうすぐそこですし、今日は人も集まります。良い刺激になればいいと思いますよ」

 

「人が集まる……?」

 

その言葉に大石先輩は眉をひそめた。

 

サーキットでもなく、告知されたイベントでもない。それなのに夜中に人が集まる?普通に考えれば意味がわからない。

 

やがて車は筑波山の麓へ近づいていく。山間の道へ進路を変えた瞬間だった。

 

大石先輩の表情が変わる。

 

道路脇や、コンビニの駐車場、そして展望スペース。そこかしこに停まっているのは、旧車……今では絶滅危惧種とされたガソリンエンジンで動くスポーツカー。

 

GT-RにRX-7、S15・シルビア、それにロードスター。年式もメーカーもバラバラな車たちが夜の闇の中に集まり始めていた。

 

それはまるで……どこかで見た古い映像の中にあった光景。失われたはずの時代の残り香だった。

 

「……おい」

 

大石先輩が低い声を出す。

 

「なんです?」

 

「これ、もしかして」

 

俺は少し笑う。そして前方に見え始めた筑波山のシルエットへ視線を向けた。

 

「俺の走りの原点ですよ」

 

車はそのまま筑波山の入り口……フルーツラインへと入っていくのだった。

 

 

 




R34は雫の手でただいま調整中。
レースの間の話は頭文字Dや湾岸をテーマにした話をしようかと。

大石はかなり改変していきます。
今回は頭文字Dですが、第二戦後に湾岸のテーマの話ができるかも
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