MF……GODの継承者   作:紅乃 晴@小説アカ

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第十八話「走りのルーツは誰にも必要だ(1)」

 

 

朝日峠展望公園。

 

表筑波スカイラインの道中にあるその公園は、深夜になると走り屋たちの休息の場……それはまるでサーキットのパドックのような様相を見せていた。

 

エンジンを止めた車が並び、ボンネットを開けて談笑する者。缶コーヒー片手に仲間の走りを語り合う者。遠くから聞こえてくる排気音に耳を澄ませながら、次の走行を待つ者。

 

走ることを愛する人間たちが自然と集まる場所。

 

それが、この朝日峠展望公園だった。

 

朝日トンネルの上を走る「フルーツライン」。

 

約三キロに及ぶその道は、天然自然が作り上げた過酷なテクニカルセクションを持つコースとして成立していた。

 

表筑波スカイライン側から入れば下り。

朝日トンネル側から分岐して入れば上り。

 

筑波山の尾根をなぞるように走るその道は、高低差とブラインドコーナーが連続し、決して長くはないがドライバーの実力が如実に現れる。

 

筑波山周辺では知らぬ者のいない名所だった。

 

その入り口である公園駐車場に車を停める。するとそこには、よく知る顔ぶれが揃っていた。パープルシャドウに所属する走り屋たち。さらに、その仲間たち。久しぶりに見る面々もいる。

 

懐かしい顔ぶれを眺めていると、その中からひとりの男が前へ出てきた。

 

「よぉ、来たな和也」

 

「光弘兄さんも来てたんだ」

 

気さくに声をかけてきたのは星野 光弘。

 

好じいちゃん……星野 好造の息子であり、現在のパープルシャドウを引っ張る中心人物だ。

 

愛車は日産フェアレディZ、RZ34。現行スポーツカーでありながら筑波山に通い続ける生粋の走り屋でもある。

 

筑波サーキットでも優秀な成績を残しており、その走りから「二代目ゴッドフット」と呼ばれることも少なくない。パープルシャドウのリーダー的存在であることは誰もが認めていた。

 

「久しぶりにお前がこっちに来るって聞いたからな。二代目ゴッドアームを俺が出迎えなくてどうする」

 

「その呼び名、俺にはまだ早いと思うんですけど……」

 

苦笑しながら答える。すると光弘は肩を竦めた。

 

「俺だけ二代目なんて名乗っても虚しいだけだろう?」

 

そう言いながら笑う。

 

昔からこういう人だ。持ち上げるだけ持ち上げて、本人はけろっとしている。

 

「で、こっちの人がお前の言ってたMFGの神15ドライバーか」

 

視線が隣へ向く。

 

「……大石代吾です」

 

少し緊張した様子で大石先輩が頭を下げた。その姿を見て少し安心する。初対面の相手にも礼儀を欠かさない。そういうところは本当に好感が持てる。光弘兄さんも感心したように頷いていた。

 

MFGの神15。

 

世界中のファンが注目するトップドライバー。正直な話、もっと尖った人物だと思っていたのだろう。

 

その顔を見ればわかる。

 

(もっと生意気なやつかと思ってた)

 

……顔に出てるな。光弘兄さん。失礼なこと考えてるのが丸わかりだ。そんなやり取りをしている間にも周囲は賑やかになっていた。

 

パープルシャドウのメンバーだけではない。

 

地元で細々と走っている車好き。昔は走り屋だったが今は家庭を持ち、観戦だけを楽しんでいる人。SNSで情報を聞きつけた若い車好き。気が付けば駐車場のあちこちに人だかりができていた。

 

「で?どうするんだ?」

 

自己紹介が終わると光弘兄さんは早々に本題へ入る。大石先輩は事情が飲み込めず首を傾げていた。そんな彼を横目に、光弘兄さんは周囲を見回した。

 

「俺たちがこうやって揃うって情報が出たのは今日の昼過ぎ。気がついたらこんなにギャラリーが来ちまった。まいったねぇ」

 

実際、その数は想像以上だった。これほど人が集まるとは思っていなかった。

 

パープルシャドウは地元では有名なチームだ。そこへ俺がMFGへ参戦し、しかも神15入りまで果たした。筑波山界隈ではちょっとしたニュースになっていたらしい。

 

「話を広めたの、光弘兄さんでしょ」

 

「いや違う。面白がって広めたのは俺の親父」

 

「……ああ」

 

納得し、片手で顔を覆う。

 

間違いなくやる。あの人なら絶対やる。

 

病院で看護師に自慢しただけでは飽き足らず、行きつけの店でも散々話したらしい。電話でも開口一番だった。

 

『和坊ぉ!よくやったなぁ!』

 

あの上機嫌な声が耳によみがえる。そのくせ祖父からは、『もっと楽しんで走れ』と言われた。

 

結果、次のMFGも参戦確定。

 

大学……講義……課題……単位。頭の中に現実が押し寄せる。うっ……頭が。

 

「とにもかくにも、このギャラリーを納得させないと前にも後ろにも行けないんだからな」

 

光弘兄さんは笑いながらそう言った。そして周囲をぐるりと見回す。集まった人々の視線。

 

そこには期待があり、興奮があり、小さくではあるが歓声もあった。そして、その全てがこちらへ向いていた。

 

「きっちり見せてやらねぇとな」

 

そう言って光弘兄さんはフェアレディZへ乗り込む。オープニングセレモニーと行こう。そんな言葉を残しながら、さっさとエンジンへ火を入れた。

 

ヴォンッ、V6ツインターボの低く力強い咆哮が夜の朝日峠へ響く。

 

「お、おい、これから何を……?」

 

状況を飲み込めていない大石先輩が戸惑った声を上げる。そんな先輩へ向き直る。

 

「乗ってください、大石先輩」

 

そう言って助手席を指差した。大石先輩は一瞬だけ迷ったような顔を見せる。だが、すぐに覚悟を決めたように頷いた。

 

「……わかった」

 

助手席へ乗り込む。その様子を確認してから、俺も運転席のドアを開けた。

 

夜風が流れ込む。遠くから別の車の排気音が聞こえる。懐かしい空気だった。

 

ここが俺の原点。

 

MFGへ至るずっと前から走っていた場所。

 

祖父たちが神様と呼ばれた山。

 

俺が走る理由を教わった場所。

 

シートへ腰を落としながら大石先輩へ言う。

 

「言ったでしょ?」

 

キーを捻ると、S2000のエンジンが目を覚ます。甲高いサウンドが静かな夜を震わせた。

 

「俺のルーツを見せるって」

 

 

 

 

 

これは本当に、クラシックカーなのだろうか。

 

表筑波スカイラインから入った筑波山のコース。街灯などほとんど存在しない山道を、二台のスポーツカーがぴたりと息を揃えて駆け抜けていく。

 

先頭を走るフェアレディZ。

それを追うS2000。

 

どちらも現代のスーパーカーと比べれば決して突出した性能を持つ車ではない。

 

だが、その動きは異様だった。

 

前を走るフェアレディZも、そして隣の運転席でこのS2000を操るドライバーも。まるで休日にワインディングを流すかのような自然さで、この真っ暗な峠道を危険域に入る速度で走り続けている。

 

力みがなく、焦りもなく、それなのに速い。速すぎる。猛烈な横Gが身体を襲う。シートが身体を押さえつける。

 

大石もMFGを走るドライバーだ。

 

今さら多少の横Gで悲鳴を上げるようなことはない。だが、それでも理解できなかった。

 

ここはサーキットではないし、エスケープゾーンもない。公式運営が管理する公道レースでもない。

 

ただの峠だ。しかも深夜。

 

街灯もない。ガードレールの向こうは闇。その先は崖かもしれない。そんな場所を、この車たちは平然と駆け抜けていく。

 

(まともじゃない……!)

 

思わずそんな感想が浮かぶ。

 

グォッ、ブレーキングで前輪へ荷重が移り、S2000はまるで吸い込まれるように真っ暗なコーナーへ飛び込んだ。あぁ、カードレール脇に歓声を上げているギャラリーがいる。危ない。もし車が突っ込んだら無傷じゃ済まないというのに。

 

そんな大石の心配をよそに、エイペックスへ向けて滑らかに車体が向きを変え、そして立ち上がる。

 

アクセルが踏み込まれ、エンジンが高らかに吠えては、再び加速。

 

それを何度も何度も繰り返す。

 

隣にいるからわかる。これは凄まじい。ドライバーの技量だけで成立している世界だ。

 

そして同時に思う。

 

MFGのコースと比較しても、ここには全開区間などほとんど存在しない。

 

長いストレートもない。高速コーナーで稼ぐ区間もない。ただひたすらテクニカル。

 

コーナー、コーナー、またコーナー。

 

それだけなのに……速度は落ちない。

むしろ上がっているようにすら感じる。

 

(こんなところ……俺じゃまともに走らせられない)

 

大石は奥歯を噛み締めた。

 

(レコードラインを踏んで、安牌に行くのが精一杯だ……)

 

そこで気付く。

 

前を走る光弘のフェアレディZ。

 

そして和也のS2000。

 

二台とも速い。

 

だが同じではない……特に和也だ。

 

(まただ)

 

目を見開く。

 

(また理想だと思ってるラインと全然違うところを走ってやがる!)

 

MFGでも、デスエリアでも、そして今も。和也は教科書通りのラインをなぞらない。レコードラインから外れている。

 

だが遅くなく、速い。

 

なぜだ。

 

どうしてだ。

 

猛烈な横Gに耐えながら、大石は必死にその理由を探そうとするが答えが見えない。前を見ても、運転する和也のステアリング操作を見ても理解できない。

 

そしてさらに大石を混乱させるものがあった。

 

城島 和也の運転そのものだ。

 

片手はシフトレバーに置きっぱなしで、もう片方の手だけでステアリングを操作している。

 

その姿は自然体で肩の力は抜けているし、顔色も変わらない。

 

なんだあれは。本当にそんなステアリング操作で、こんな運転ができているというのか?

 

(あんなもので車を操れるのか……?)

 

片手で操るということは舵角にも限界があるし、微細な修正にも不利なはずだ。少なくとも大石の感覚ではそうだった。ランボルギーニでやろうものならパワーに振り回され、姿勢制御が遅れ、トラクションを失う。

 

その結果、無駄にタイヤを浪費するし、きっとろくなことにならない。

 

……ふと、大石の思考が止まる。

 

(待て……)

 

何かがおかしい。自分で答えを口にしかけて、その途中で引っ掛かる。

 

何だ?何かがある?

 

重要なものが、ずっと見えていなかった何かが。

 

(ランボルギーニなら……)

 

そこまで考えた瞬間だった。

 

脳裏にこれまでの常識が浮かぶ。

 

高出力で、高性能タイヤ、高価な車体、高度な電子制御に、ふんだんに使われた最新技術。

 

そうだ。速さとはそういうものだと、そう信じてきた。だからこそ高い金を払ってウラカンを選んだ。それが正解だと思っていた。

 

だが、今、自分の隣にいる男は、そんな価値観を根底からひっくり返している。

 

ガラガラと音を立てて崩れる。、自分が積み上げてきた常識や、速さへの定義、勝つための理論……その全てが、脆く、あっけなく崩れる。

 

だが不思議だった。その崩れる感覚は不快ではないし、悔しくもない。

 

むしろ……目の前で新しい世界の扉が開いているような感覚だった。

 

大石は隣を見る。

 

そこには特に力むこともなく、自然体のままで、当たり前のように車を操る城島和也の姿があった。まるで散歩でもしているかのような顔でこの異次元の速度域を走っている。

 

そして大石は思う。恐ろしい、と。

 

この男は速いから恐ろしいのではない。疑問の答えを追い求めた果てに辿り着いた場所が、自分とはまるで違うから恐ろしいのだ。

 

(お、おれは……)

 

無意識に言葉が漏れる。喉が渇く。心臓が早鐘を打つ。

 

(おれは、いま、とんでもないものを……見てるんじゃないか?)

 

その問いはブラインドコーナーに飛び込むスキール音と、その鮮やかな「ドリフトでもグリップでもないコーナリング」に沸く観客の歓声の中に溶けていくのだった。

 

 

 

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