MF……GODの継承者   作:紅乃 晴@小説アカ

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第十九話「走りのルーツは誰にも必要だ(2)」

 

 

 

(やっぱり下は速ぇーな、和也)

 

前を走るフェアレディZ……それを操る星野光弘は、バックミラーに写るS2000が軽やかにコーナーをクリアしていくのを横目で見ながら、次のコーナーへ入るための姿勢を作る。

 

サーキットで走る走行ラインでも、この筑波山を巡るコースを走る上でも、後ろを走る城島和也というドライバーの運転技術は頭ひとつ抜きん出ていることを、光弘は知っていた。

 

光弘は、幼い頃からR34を磨く父の姿を見てきた。

 

筑波サーキットへ向かう姿も、この筑波山に向かう姿も。女の人にはだらしはないけど、仕事と車に関しては、光弘は父以上に尊敬できる人を知らない。

 

だから光弘にとってGT-Rは父と同じような、特別な存在だった。

 

だが同時に思っていた。あれは父の車だ、と。父が人生を賭けて向き合った車であり、父のような「ゴッドフット」と呼ばれるドライバーを目指すなら、GT-Rを選ぶという選択肢はあり得ない。

 

父と同じようになりたいと望む。それは、それ以上にはなれないし、超えられないということの証明だ。だから光弘は別の道を選んだ。

 

決定打になったのは、筑波。カート時代から何度も筑波を走り込むうちに見えてきたものがある。

 

馬力だけで稼いだタイムに意味はない。マシンの性能に頼るのは三流ドライバー、マシンを自在に操って二流、そしてマシンの限界と自分の限界の上限をぴたりと揃えられてこそ、一流。

 

荷重移動への素直な反応に、コーナー出口で早くアクセルを開けられる。自分の操れる範囲を過大評価せずに実直に向き合い、その視点で現行車種を見た時。光弘の目に魅力的に映ったのはGT-Rではなく、最新型のフェアレディZだった。

 

GT-Rほどの無骨さやパワーはないが、軽快な挙動に、コースを攻めるには十分なパワーがある。それを自分の中で織り込んで操ることはできる。

 

GT-Rへの敬意があったからこそ。自分は自分の戦う武器を選んだのだ。

 

そして……このフェアレディZに乗り、FR(フロントエンジン・リアドライブ)に触れたからこそ、後ろを走るS2000、その走りの異様さに改めて気付かされる。

 

ラインは滑らかで、車体はほとんど無駄な動きをしない。それがFRではとにかく難しい。無駄なホイルスピンはなく、タイヤの美味しいところの範囲で車を横にスライドさせて曲がる。

 

その技術体系は筑波サーキットでもハイレベルなドライビングを魅せていたが、その鋭さは峠……ストリートのレースの方が顕著になると光弘は思う。

 

それでいて恐ろしく速い。自分は父、星野好造のゴッドフットのレベルにはまだまだ達していないという自負と焦りがあるというのに、この城島和也という男には、すでに熟練した技というべきか……凄みがある。

 

(お前、MFGに出て更に凄みが出たか?)

 

ふとそんな考えが浮かぶ。

だがすぐに首を横に振った。

 

(いや……違うな)

 

変わったように見えて、実は変わっていない。

 

和也は……昔からこうだった。

 

一途に祖父、城島俊也の背中を追いかけ、カートにもワンハンドステアという走法を組み込もうとした筋金入りの爺さん好き……いや、城島俊哉という完成された技術体系に脳を焼かれていると言ってもいい。

 

昔から誰かと競うことに興味を示さず、常に自分と、自分が理想とする祖父の走りとの戦いをしていて、その結果として速かった。

 

MFGに出たから凄くなったのではない。元から凄かった。その事実を、今さら思い知らさ れているだけだった。

 

(R34で出た時は何かの冗談かと思ったが……)

 

今のMFGは欧州製スーパーカーの時代。フェラーリにランボルギーニ、ポルシェ。そんな怪物たちの中へ、二十年以上前のGT-Rを持ち込んだ。

 

光弘でも戦闘力を考えてフェアレディZという選択をした。リスペクトはしている。でも今のMFGで戦えるマシンではないという意識も同時にあった。

 

だが実際は違った。あのモンスターなマシンたちと和也とR34は対等……いや、それ以上に上位を脅かしていた。今、後ろのS2000の助手席に乗る神15のドライバーがまさにそれだろう。ランボルギーニという庶民では手の届かないマシンに乗って、ストリートを攻める者たちに挑んだ和也と旧時代の怪物は、見事に喉笛に噛みつき、そして上をくらったのだ。

 

(あれはメッセージだと、俺は受け止めたぜ)

 

自分の父親の顔を思い浮かべる。本当ならR34で出たかった。親父が愛した車であり、自分もまた憧れ続けた。

 

現実で、俺と共に競っていたやつは、その憧れの車でMFGを駆け抜けて、スターになった。たが、それは羨むことか?妬むことか?

 

その車が、自分の父がそいつに与えたなら、そう思ってもいい。でも違う。あの車は、和也が自分の走りと経験と人脈……積み上げてきた結果で得たものだ。そこには父の助力もあっただろう。だが、それは確かに、和也が手にした力だ。

 

俺には、あのレベルまでR34を仕上げる技術も、人脈も、ノウハウも持っていない。

 

おそらく和也に頼めば紹介してもらえるだろう。和也の紹介であのR34を組んだメカニックにも会える。それを和也は一切嫌がらない。むしろ進んで協力してくれるという確信がある。

 

だが、そんなこと、カッコ悪すぎるぜ。

 

(兄貴分として、そんな魂みたいな部分を弟に頼るなんてダセェ真似はできねぇ)

 

それだけは譲れなかった。

 

意地だ。男としての。ドライバーとしての。そして……二代目ゴッドフットを目指すものとして。

 

だからこそ決めている。

 

(俺は俺なりの道でMFGに挑戦する)

 

たとえ遠回りでも。たとえ笑われても。自分で辿り着く。それが自分の戦い方だ。

 

(だから――)

 

光弘は、後ろを走るS2000を見つめる。

 

(和也、俺は負けねぇからな……!)

 

コースも終盤。フルーツラインを下り切った先に置かれたパイロンは、あくまでオープニングセレモニー用の目印に過ぎない。

 

だが、この場所だけは違った。

 

この場所だけは、光弘と和也は真剣になる。

 

最後の左コーナーを立ち上がった瞬間、グオンと音を轟かせ、S2000が前を走るフェアレディZへ並びかける。まるで示し合わせたかのようなタイミングだった。

 

「へ、並走して飛び込んでくるぞ!」

 

パイロンの先にいるギャラリーたちが悲鳴のような声を上げるが、パープルシャドウの走りを知り、古参のファンたちは何事もないように見つめている。これはいつものことであり……真剣勝負でもあった。

 

(ぶ、ぶつか……)

 

大石が思わずアシストグリップを握りしめた。強烈な横Gが2台に襲いかかる。

 

パイロンの左右。

 

どちらから侵入するか。

 

どちらが先に飛び込むか。

 

(……勝負だ!!)

 

ここだけは和也と光弘の勝負だった。

 

S2000は軽く、対してフェアレディZには絶対的な制動力がある。どちらにも武器があり、その武器を存分に活かしていく。

 

ブレーキングとターンイン、すべてが同時だった。

 

ほぼ同着。そう錯覚するほどのタイミングで二台は飛び込んでいく。

 

運転席同士の視線が交差する。

 

バチッ、と火花が散ったような感覚。車をぶつける勢いで並走しながら180度ターンへ飛び込む。

 

助手席の大石は涙目だった。こんな経験は一度もない。理屈では分かるが本能が危険だと叫んでいた。

 

わずかに先だったのはS2000。ノーズを刺し込むタイミングがほんの僅かだけ早い。

 

パイロンを中心に二台が交差する。

 

車間は拳ひとつ分。普通なら接触していてもおかしくないが触れない。寸分の狂いもなく。二台はすれ違った。そして今度はS2000が先頭となる。

 

そうやって、上りの復路が始まった。

 

 

 

 

そこから先は勝負ではなかった。

 

ドリフトとコーナリングは、ギャラリーへ見せるための走り。

 

先ほどのターンインだけは本気だ。本能のぶつかり合いであり、助手席の大石は大きく息を吐く。

 

ようやく肩の力が抜けた。先ほどまで感じていた殺気にも似た空気はもうない。

 

今は楽しそうに二人とも車を走らせている。

 

リアを滑らせ、ガードレールを舐めるように抜ける。その車の制御は、もはや芸術的ですらあった。

 

大石には分かる。あれは才能だけではない。車の性能を完全に把握しているからできることだ。

 

そして何より、自分の手の内に収まるパワーだからこそ可能な芸当だった。

 

パワーは車の早さに直結するが、パワーがあるから速いわけではない。そのパワーを十全に扱えなければ意味がない。

 

扱えなければむしろ足枷になるまである。それに大石は気づき始めていた。

 

長い高速区間で必要なパワー、テクニカル区間で必要なパワー。それぞれ違う。結局のところ、マシン作りとはバランスなのだ。

 

どこまでパワーを求め、どこまで操縦性を求め、その答えを探し続ける作業に他ならない。そして、その中心にいるのは常にドライバーだった。

 

「ラインはタイヤのグリップの美味しいところを使えば、たとえレコードラインからずれていても、九割程度ならタイムの差がないことに気づきました」

 

ふと。隣で片手運転を続ける和也が呟いた。静かな声だが、大石には妙に重く響いた。

 

「タイヤのバランスを見極めながら走る。ラインは単なる結果に過ぎない」

 

その言葉を聞いた瞬間、大石は頭を殴られたような衝撃を受けた。きっとそれは、今夜の走りで和也が大石に伝えたかった全てなのだと理解できた。

 

なぜ、神15になってまもなくて、面識もない大石に和也がそこまで親身になってくれてるかなんてわからない。けど、そこは確かな……城島 和也という男の走りのルーツがあった。

 

逆に、大石は考える。

 

自分のルーツはなんなのか。

 

これまで信じてきたもの。

 

マシンパワー、レコードライン、自分や、コースを走る優秀なドライバーたちの途方もないデータ。それらを否定されたような気がしたが、違う。

 

和也は否定していない。

 

それと同じくらいに大事なものがあると教えようとしているような気がした。手を伸ばせば手が届き、手に入るものじゃ見えない世界があると。

 

もっと先を見ている。走りは答えではなく、結果だ。

 

必要なことは別にあって、それは自分の乗る車を理解し、消耗するタイヤを理解し、荷重を理解する。ひとつひとつを丁寧に理解していく。

 

「限界を知らなければ、どんなに早いラインで走ってもタイヤを痛めつけるだけなんです」

 

和也は気づいていて、大石も気づき始めている。

 

ラインは重要ではなく、走るドライバーとマシン、そのバランスをどれだけ知れているのかが重要なのだ。

 

持て余したパワーで踏んでいけばどこで振れるか、荒れた路面、濡れた路面、乾いた路面、どこまで踏める?車に振り回されないか、振り回されても制御できる限界はどこか。このパワーは本当に必要なのか、この重さは本当に必要なのか。

 

与えられたもので、満足なのか。

 

気がつけば、大石はこのS2000の走りの見方を変えていた。

 

コーナーに入り、無駄なく曲がり、加速する。

 

単純で、難しくて、走る心理。

 

その最中でどれだけ車のコミュニケーションが取れるか。

 

少なくとも……隣でステアリングを握るこの男は、しっかりと自分の乗るマシンと、会話できているように大石には見えてならなかった。

 

 

 

 

 

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