MF……GODの継承者   作:紅乃 晴@小説アカ

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第二十二話「対話をする。ただひたすらに」

 

 

 

「はやい、はやいぞ、大石代吾!セクター1の区間タイムは自己ベストを遥かに更新!ランボルギーニを駆るこの男にいったい何があった!?」

 

スリッピートラップ……グリップが効かないこの低μ路面は嫌いだった。

 

少しでも雑に踏めば車は簡単に姿勢を崩すし、タイヤは路面を掴まず、電子制御もこのエリアでは万能ではない。とにもかくにも、神経を削られる。

 

だが、そのおかげか……このウラカンの限界性能がよりわかりやすくなる。

 

(ここまで踏めばふらついて、ここまで踏んでもトラクションは維持できる)

 

ブレーキを当てる。

 

グオン、と重い車体が前へ沈み込む。荷重がフロントタイヤへ乗り、ノーズがわずかに内側を向く。

 

そこでステアリングを入れ、車体が向きを変える。

 

今だ。アクセルを踏む。

 

ヴォンッ!!V10エンジンが吠え、四輪へトルクが伝わる。

 

だが全開にはしない。

 

まだだ。まだ踏み込むには速い。

 

(奥過ぎてもダメ、手前過ぎはもっとダメ……)

 

アクセルを一割、二割、三割。

 

タイヤの声を聞き、荷重がどう変化するかを体で感じ、サスペンションの沈み込みを感じる。

 

(もっとシビアに……)

 

再びアクセルを開け、リアに荷重を乗せる。

 

グオン、と今度はリアがわずかに沈み、前後のタイヤがリフトしそうになるが、運転席の後ろにあるエンジンの重みでがっしりと路面を掴む。

 

ウラカンが前へ飛び出そうとする……その暴力的な加速とともに。

 

(アクセルと車の息遣いを合わせていく……!)

 

まるで呼吸だ。

 

吸う。吐く。

 

荷重を乗せ、抜く。

 

踏み、戻す。

 

今までの大石なら全て電子制御、そして力任せだった。だが今は違う。車が何を求めているのかをずっと探している。

 

グリップを失う直前、タイヤが限界を告げる直前、その境界線を反復横跳びするように走りながらも、その振り幅を狭めていく。

 

「気のせいでしょうか……?デスエリアを走るウラカンが巻き上げる火山灰の煙が弱まっている気がします!」

 

実況の田中は、走りながら洗練されていくそれに気づいて思わず口に吐いた。無駄なホイルスピンが減っているのだ。余分な回転がなくなり、巻き上がる火山灰が減っていく。それは車の走りが最適化されていっていることの証明だった。

 

V10エンジンが無人のコースに轟く。モヤのような古い火山灰のエリアを抜けて、白いランボルギーニはその危険なエリアを脱する。

 

「大石、デスエリアを突破!タイムはぁーー!?」

 

実況の田中が叫ぶ。その悲鳴のような声にモニターへ全員の視線が集まる。

 

「コースレコードからわずか1.5秒のビハインド!?とんでもないことになっています!」

 

MFG公式バーやカフェ、スマホ越しにそれをみている視聴者たちがどよめく、大石は神15に入るドライバーであるが、その15名の中では凡夫……というのがファンからの不名誉な評価だった。

 

マシンの性能を使った走り。ただMFGのグリップウェイトレシオの制限で低速コーナーやテクニカルなセクションは苦手で、抜けるポイントで無難に抜くという印象が強いドライバーであった。

 

そんなドライバーが、これまで見せることのなかった闘争心とリスクのある攻めを見せているのが、視聴者や関係各所も驚愕するものだった。

 

とくにセコンドブース。これまでドラ息子なんて陰口を叩かれていた大石 代吾に、かつてあったマシン性能に振り回されている姿はなく、今は必死にマシンを操るのではなく、対話しようと限界を探っているのはデータを見ても明らかだった。

 

だが、視聴者のざわめきも、セコンドブースにあるサポーターたちの困惑も、今の大石には聞こえていなかった。

 

呼吸を合わせて、踏み込んでいく。

 

コーナーへ飛び込む。ブレーキ、荷重移動、旋回、そしてアクセル。これまでバラバラだったそれら全てが、ようやく一本の線で繋がり始めていた。

 

今の大石にプレッシャーや、上を目指すという意識はない。ただ、自分の操るランボルギーニ・ウラカンとの対話が全てだった。

 

レースとは、チームでやっていても、ドライバーはどこまでも孤独な戦いの連続。その中で養えるのは勝負に挑む闘争心と、冷静さ、正確なタイムを測る体内時計。

 

そして、自分が乗る車との対話。組み立てられたマシンは、自分から踏み込まなければ限界を教えてくれない。

 

ランボルギーニ・ウラカンは単なる機械ではなかった。このレースで戦える戦闘力を教えてくれる存在だった。

 

グオン、再び荷重を前へ……ノーズが入る。

 

ヴォンとアクセルを当てる。四輪が路面を掴み、その一連の動作が少しずつ繋がっていく。

 

理解できる。まだ……ほんの少しだけだが、この車が何をしたいのか。何を嫌がるのか。そして……どこまで行けるのか。

 

駅伝ストレートを超え、コース終盤であるテクニカルセクションへ入る。高速区間を抜けた後の低速コーナー。今までの大石なら、ここで車に振り回されていた。

 

だが今は違う。ブレーキを残しながらノーズへ荷重を乗せる。

 

グオンと、重い車体が前へ沈む。

 

その瞬間、ステアリングを切るとノーズが入り、車が向きを変える。コーナーはひたすらにこの動きの繰り返しだ。

 

アクセルを当てる。

 

早すぎてもダメ。遅すぎてもダメ。タイヤが嫌がる寸前で、四輪が最も仕事をする場所。そこを探るようにアクセルを開いていく。

 

ヴォォォォンッと、V10が最後と言わんばかりに吠える。四輪が路面を掴み、車体が前へ飛び出す。今までなら恐怖を感じていた挙動。

 

だが今は違う。それが何を意味する挙動なのか、少しずつ理解できるようになっていた。

 

理解できる。ほんの少しだけ。何を嫌がるのか……どこまで行けるのか。

 

長かった25.3km。神経を張り詰め続けた一周。だが不思議と疲労感はない。

 

それどころか、もっと走りたいとすら思えた。

 

「大石、コースを完走!気になるタイムはなんと、コースレコードからわずかに0.7秒ビハインド!これはすごい!何が彼を変えたのか!」

 

興奮気味に叫ぶ田中をよそに、大石はすでにこの走りで悪かった点を脳内でまとめ始めていた。

 

あの進入は甘かった。あの立ち上がりは開けるのが早すぎた。デスエリアでもう少し攻められたはずだ。まだ踏めないエリアもあった。納得できるコーナーは片手で数えるほどもない……むしろ反省点の方が圧倒的に多い。

 

だが、以前よりも。高級車のパワーに目が眩み、電子制御に頼り切っていたあの頃と比べると。

 

随分と楽しく、この車を運転できるようになっていた。速さを追いかけるのではなく。車を理解しようとしている。その違いは大きかった。

 

(……やれる。このウラカンで)

 

まだ足りない。

 

まだ理解し切れていない。

 

だが確実に近づいている。

 

あの白いR34が見ている景色へ、開幕戦で見せつけられた領域へ、車を理解し、タイヤを理解し。

 

荷重を理解した先にある世界へ。

 

自然と口元が緩む。

 

悔しいはずなのに楽しい。

純粋にそう思えた。

 

「あとすこしだ、待っていろよ、R34……!」

 

待っていろよ……城島和也。

 

その声色には怒りもなかった。妬みもなく、焦りもなかった。

 

あるのはただ一つ。いつか同じ景色を見てみたいという憧れと。

 

その背中を追い越したいという純粋な闘争心だけだった。

 

 

 




今回は短め。みんな大石が好きすぎる。当初の予定はスピンさせるつもりだったけど、和也とのバトルを書こうと思います。ただやりすぎると湾岸の平本さんがコンバートされるからちゃんとMFGの大石でいかせなきゃ……。そのうち赤羽に「スピードはいつでも裏切るぞ」とか言いそうで怖い

第二戦後は湾岸に触れていきたい。
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