MF……GODの継承者   作:紅乃 晴@小説アカ

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第三話「いざ、開幕戦へ」

 

 

「全世界三千万人のMFGファンの皆様、こんにちは!」

 

乾いたエキゾーストノートが山々へ反響する中、男の張りのある声が配信回線へと乗った。

 

「実況中継は、“MFGの生き字引”こと田中洋二がお送りいたします!」

 

画面に映し出されるのは、箱根の山々を切り裂くように伸びる公道コース。

 

ターンパイク、芦ノ湖。

 

かつて走り屋たちが命を懸けて駆け抜けた道を、最新鋭のスーパーカーたちが猛烈な速度で走り去っていく。

 

MFG。

 

二十一世紀後半。環境規制と自動運転技術の発展により、世界から“運転する楽しさ”が消えつつあった時代の中、唯一、公道レースという文化を世界規模へ復活させた存在。

 

人間が操り、人間が限界を超え、人間の感性だけで戦う。それ故に世界中の視聴者を熱狂させていた。

 

しかも、このレースは完全配信型。観客席は存在しない。コース周辺への一般立ち入りは全面禁止であり、会場へ入れるのは、運営関係者、整備スタッフ、医療班、そして選ばれたスポンサーのみ。

 

世界中の人々は巨大モニターやVR配信、リアルタイム空撮映像を通じてレースを観戦する。

 

それでもなお、いや……だからこそ。MFGは世界最高峰のエンターテインメントとなっていた。

 

「いよいよ予選最終日、七日目です」

 

田中の声がさらに熱を帯びる。

 

「ランキング上位ドライバーの中でも、ここに来て順位変動が目立つ印象ですね」

 

モニターに表示されるランキング。1位から15位までの名前が目まぐるしく入れ替わっていく。

 

予選突破ライン。

それはあまりにも狭き門だった。

 

「決勝へ進めるのは、エントリー303台中、わずか15台のみ!」

 

映像がスーパーカーたちを映す。

 

ポルシェ。フェラーリ。ランボルギーニ。

世界の名車が並ぶ中で、生き残れるのはほんの一握り。

 

「神15(フィフティーン)。そう呼ばれる所以です!」

 

田中が声を張り上げる。

 

コース脇へ設置された無人カメラが、猛スピードで駆け抜けるマシンを捉えた。そのまま画面には複数のマシンデータが映し出される。

 

「今年は特にポルシェ勢の躍進が目覚ましい!RRレイアウトを武器にした圧倒的トラクション性能!下り主体の箱根において、その強みが存分に発揮されています!」

 

一方で別の画面では、コーナーでやや苦しそうなフェラーリが映る。

 

「対してフェラーリ、ランボルギーニのイタリアンパワー勢はやや苦戦!絶対的な馬力はある!しかし、このテクニカルな山岳コースでは、その暴力的なパワーを制御しきれない!」

 

実況席の背後では、リアルタイムのテレメトリーが流れていた。

 

タイヤ温度、ブレーキ負荷、ステアリング舵角駆動配分。MFGではそれらの情報すら演出の一部となる。

 

これは単なるレースではない。機械と人間の限界を魅せるショーなのだ。

 

「中でも目覚ましい活躍をしたのは――!」

 

画面に白いトヨタ86が映し出される。

 

「今日初出場のルーキー、片桐夏向!」

 

歓声を模したオンラインチャットのエフェクトが画面を埋め尽くした。視聴者数は既に三千万人を超えている。

 

「惜しくも予選十六位!あと一歩届かなかったぁ!」

 

リプレイ映像で86がコーナーへ飛び込む。

 

ブレーキング、荷重移動、まるで水が流れるような自然なライン取り。

 

「トヨタ86という非力なマシンながら圧巻の走りを見せてくれました!ハイパワー車両がひしめくMFGにおいて、あの軽快さは異質!いやぁ……恐ろしい新人です!」

 

田中は興奮気味に笑った。

 

その直後。モニターの表示が切り替わり、新たなエントリー情報が現れる

 

「さて」

 

一拍。

 

「七日目ではもう一人、新たなドライバーがエントリーしています」

 

映像に表示されるエントリー名。

城島和也。

 

そして、その横に記されたマシン名。

BNR34 SKYLINE GT-R。

 

「これは面白い」

 

画面に映し出されるのは白いR34。近代的なスーパーカー群の中にあって、その姿は明らかに古いが、異様な存在感があった。

 

「日産スカイラインGT-Rと聞くと、私はやはり“小田原の神風ヤンキー”……相葉瞬のR35GT-Rを想起せざるを得ません!」

 

相葉の駆るR35GT-Rの過去映像が流れる。その暴力的な加速と四輪を蹴り飛ばすようなトラクション、怪物じみたR35の走り。

 

「日本が世界へ誇るモンスターマシン、R35GT-R!その土台骨となった存在こそが、このR34スカイラインGT-Rです!」

 

R34の映像がアップになる。

 

角張ったボディ、大型リアウイング、直列六気筒RB26DETT、そしてATTESA E-TS。

 

20世紀末、日本の技術が生み出した伝説の一台だ。

 

「しかし!」

 

田中が指を立てる。

 

「今のMFGでR34!軽量化された最新車両!電子制御が洗練された現代スーパーカー!それらを相手に、20年以上前のマシンで挑むというのか!」

 

SNSコメント欄が一気に流れる。

 

『R34!?』

『嘘だろ』

『骨董品きた』

『いや熱すぎる』

 

そのコメント欄を見て田中が笑う。

 

「MFGはマシンとの対話。ドライバーのすべてが問われる世界です!」

 

R34がピットから動き出した。

低く唸るRB26のサウンド。

今時の電制スポーツにはない、荒々しい機械音。

 

それはまるで獣の咆哮だった。

 

「城島和也!彼はどんな走りを見せてくれるのでしょうか!神15へ迫るのか!それとも、公道最速の世界に飲み込まれるのか!」

 

R34がゆっくりとスタート位置へ向かう。配信画面のコメント欄は既に熱狂状態だった。

 

『R34はズルい』

『見た目だけで応援する』

『RBサウンドたまらん』

『絶対見届ける』

 

田中洋二は笑みを浮かべながら、力強く叫ぶ。

 

「その走りに、期待しましょう!」

 

 

 

 

夕暮れが近づきつつあった。

 

病院の高層階にある病室の窓からは、橙色に染まり始めた空と、その向こうに広がる相模湾が見えている。

 

西日に照らされた海面は鈍く輝き、静かな波の揺らぎが遠くに見えた。

 

だが、その穏やかな景色とは対照的に、病室の大型モニターでは熱狂が渦巻いている。

 

MFG。世界中の走り屋たちが熱狂する、公道レースの頂点。

 

その予選最終日が、いままさに行われていた。

 

「へぇ、この子が社長の言っていた子ですか」

 

病室にいた若い看護師が感心したように呟く。

 

彼女の視線はモニターへ向けられていたが、その横では病人らしからぬ元気さを見せる老人……星野好造が、ベッドに腰掛けながら楽しげに笑っていた。

 

しかも、その隣に立つ看護師の腰へ自然な動作で手を回している。

 

「そうだよぉ。まぁ見ててよ。ほんと、凄いんだから」

 

好造はニヤニヤしながら答える。その顔には、孫を自慢する祖父のような親しみと、往年の走り屋らしい悪戯っぽさが混ざっていた。

 

病室には消毒液の匂いと、モニターから流れる実況音声が響いている。

 

するとコンコン、とノックをすることもなく、病室のドアが勢いよく開かれた。

 

「好ちゃん、また看護師を部屋に呼び止めてる。いい加減にしないと俺が看護師長に怒られちゃうんだから」

 

呆れ混じりの声。

入ってきたのは白衣姿の男だった。

 

少しクセのある髪を左右に流し、落ち着いた雰囲気を漂わせる中年男性。この病院の医師であり、星野好造の主治医……そして、かつては峠の神様と呼ばれた伝説のドライバー。

 

城島俊哉だった。

 

看護師は「あ、先生……」と少し気まずそうに身を引く。だが、当の好造はまるで悪びれない。

 

「まぁまぁ、いいじゃないの」

 

ケラケラと笑いながら手を振る。

 

「城ちゃんもここに来たってことは、孫の走りを見に来たってことだろ?どうだ?予選は突破できると思うか?」

 

その問いに、俊哉は深くため息をついた。白衣のポケットへ片手を突っ込みながら、ゆっくりとモニターへ視線を向ける。

 

画面の中では、MFGの予選コースが映し出されていた。

 

箱根の山々。夕日に染まり始めた路面。そして、そのコースへ挑もうとしている一台のマシン。

 

白いR34 GT-R。

 

そのステアリングを握っているのは――城島和也。

 

俊哉の孫だった。

 

「さぁ、どうだろうね」

 

俊哉は静かに呟く。

 

「ただ……あの子が本気で走るかどうか。それが全てだろう」

 

その言葉に、好造の目が細くなる。

 

「ほう。予言めいたことを言うんだな」

 

「当たり前だよ」

 

俊哉は即座に返す。その声音には迷いがない。

 

「和也は、俺を越えるドライバーに間違いなくなるんだからね」

 

病室の空気がわずかに変わる。好造はニヤリと口元を吊り上げた。長年、走り屋として頂点を競い合ってきたからこそわかる。

 

城島俊哉という男は、無責任なことを口にする人間ではない。だからこそ、その言葉には重みがあった。

 

モニターでは実況が熱を帯び始める。

 

『さぁ!まもなく走行開始です!本日最後の注目ルーキー、城島和也選手のアタックが始まります!』

 

病室の窓から差し込む夕陽が、白衣の肩と好造の顔を赤く照らした。かつて最速を競った男たちは、いま次の時代を見つめている。

 

自分たちが走った神の時代の……その先を。

 

 

 

 

「いい?今回はMFGってどんなものかを感じる。それを意識して走らせることが重要なんだからね」

 

パドックを出る直前。最後の確認を終えた雫は、運転席へ向けてそう念を押した。

 

夕方へと差しかかった空は薄く茜色に染まり始めており、箱根の山々にも長い影が落ち始めている。

 

その空気を、まずは知ること。

雫はそれが今回の目的だと考えていた。

 

「わかってるって。無理はしないよ」

 

ステアリングへ片手を添えながら、城島和也は軽い口調で答える。

 

だが、その声音には妙な余裕があった。まるでこれから過酷なレースの予選に出るとは思えないほどに。

 

雫は眉を寄せる。本当に理解しているのか……そんな疑念が拭えない。

 

白いR34 GT-Rがゆっくりとパドックロードへ進み出す。特徴的な丸型四灯テールランプが夕焼けの中へ遠ざかっていくのを見送りながら、雫は小さくため息を漏らした。

 

(ほんとにわかってるのかしら……)

 

今回は勝ち進むことを考えていない。いや、正確には、まだその領域ではない。ナビシートへ乗ったからこそ、雫にはわかる。

 

城島和也のドライビングスキルは間違いなく高い。

異常なほど高い。

 

車の挙動を理解する感覚センスに、滑らかな荷重移動、アクセルワーク、車体の姿勢制御。

 

どれを取っても素人ではない。

 

けれど、それでもなお、神15には届かないとも感じていた。

 

MFGの頂点に君臨する連中は別格だ。あれは単に運転が上手い人間ではない。

 

はっきり言って、人間をやめた何か。

 

タイヤの限界を読み切り、数センチ単位でラインを削り、命を賭けながらなお冷静に走る怪物たち。

 

テレビ越しではわからないが、現場で見ると理解してしまう。あの領域は異常なのだと。

 

ワンハンドステア走法で車を流しながら余裕を見せる程度のスキルでは、あの世界には絶対に届かない。

 

そう、絶対に。

 

「雫。ブースを予約しているからおいで」

 

背後から声をかけられ、雫は振り返る。そこに立っていたのは父、黒木隆之だった。腕を組みながら娘を見るその姿は、どこか上機嫌そうですらある。

 

「父さんまでついてきて……あれ?母さんは?」

 

雫が周囲を見回しながら尋ねると、隆之は何でもないことのように答えた。

 

「レース後に初のMFGに対してインタビューするって、取材席に行ったよ」

 

(……はぁ)

 

雫は露骨にため息をついた。父も相当なGT-Rバカだが、母もまた別方向で重症だった。

 

車の話となれば時間を忘れる。

走り屋の特集となれば寝食を忘れる。

 

授業参観日を夫婦揃って仕事で飛ばしたことすらあるくらいだ。

 

そのことに関しては決して恨んではいないが、確実に反面教師にはしている。結婚するなら、車に人生を狂わされていない普通の男性がいい。

 

本気でそう思っていた。

 

「相変わらず取材バカなんだから……」

 

呆れ混じりに呟きながら、雫は父の後ろを歩いていく。

 

どうせ取材内容など、『惜しかったですね』『初出場としては健闘でした』と、そんな程度だろう。

 

神15に届かなかったルーキー。

 

それで終わる。

 

少なくとも、雫はそう思っていた。

 

 

 

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