MF……GODの継承者   作:紅乃 晴@小説アカ

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第四話「開幕戦、予選(1)」

 

 

「さぁ、スタート入り口にスカイラインGT-Rがくる。この新人は一体どんなドラマを見せてくれるのでしょうか!」

 

実況席の田中洋二が興奮を抑えきれない声を響かせる。夕日が差し迫ろうとしている箱根。

 

小田原料金所前には、スタートを待つ一台の白いBNR34……スカイラインGT-Rが静かに停車していた。かつて湾岸を駆け、第二世代GT-R最後の怪物とまで呼ばれたマシン。

 

直列6気筒ツインターボ、RB26DETTを搭載したその車は、現代のハイブリッドスーパーカーが並ぶMFGの中では、あまりにも古い。

 

だが、その存在感だけは別格だった。

 

アイドリングに合わせ、低く唸る排気音が料金所の天井に反響する。

 

独特のリズムを刻むRB26サウンド。

 

それを見るMFGスタッフたちからはざわめきが起こっていた。

 

「あれ、本当にR34か……?」

 

「今どきGT-Rって……」

 

「いや、でも音ヤバくないか?」

 

電子制御が洗練された現代車にはない、生々しい機械の鼓動。それだけで目を奪われる。

 

コクピットの中。城島和也は静かに前方を見据えていた。

 

(……まずは、60パーセントでいくか)

 

MFG初参戦。世界最高峰の公道レース。

 

まずは〝限界領域付近〟でのマシンの挙動を確かめることな優先だ。

 

小田原料金所のスタートライン脇。

 

そこに立つのは、MFGレースクイーン『MFGエンジェルス』の一人、佐藤真美だった。白とオレンジを基調としたコスチュームを身にまとい、カウントダウンボードを掲げている。

 

だが、その視線はつい運転席へ向いてしまう。

 

(片桐くんとは違うけど、この人も結構イケメン……)

 

片桐夏向の柔らかい雰囲気とは違う。和也にはどこか危険な匂いがあった。

 

静かなのに目が離せない。そんな空気を纏っている。真美は思わず見惚れそうになるが、すぐに仕事を思い出し、表情を引き締めた。

 

カウントボードが切り替わる。

 

5。4。3。

 

料金所周辺の空気が張り詰める。

GT-Rのエンジン回転数が僅かに上がった。

 

タービンが過給圧を溜め込む音が響く。

 

2。1。

 

「エンジェルズが掲げるカウントボードが進む!そしていま……カウントがゼロになった!」

 

その瞬間だった。

 

GT-Rが弾丸のように射出される。四輪が路面を掴み、猛烈なトラクションを発生。ATTESA E-TSが一瞬で駆動を制御し、重量級ボディを強引に前へ叩き出す。

 

タイヤがスキール音を上げる。ホイールスピンは最小限。白いR34は一気にターンパイク上り区間へ飛び込んでいった。

 

田中洋二が思わず叫ぶ。

 

「RB26サウンドを響かせ、旧時代の怪物が小田原を駆ける!」

 

シフトアップ。ターボが本格的に立ち上がる。

 

背中を蹴飛ばすような加速。現代の洗練されたスーパーカーとは違う。荒々しく、暴力的。

 

だが、それこそがGT-Rだった。

 

 

 

 

「なぁ、雫。この小田原パイクスピークはどんなコースなんだ?」

 

MFG運営ブースの大型モニターを眺めながら、黒木隆之が娘へ問いかける。

 

モニターには箱根一帯を俯瞰した3Dマップが映し出されていた。

 

アネスト岩田ターンパイク箱根を駆け上がり、芦ノ湖周辺を抜け、そこから小田原市街地へ向けて一気に下る。

 

全長40キロを超える超高速公道コース。その異様な長さに、一般人なら誰でも眉をひそめる。

 

「そっか、父さんはMFGのブースに来るのは初めてだもんね」

 

雫は苦笑しながら腕を組む。その目はモニターに映るコースレイアウトへ向けられていた。

 

「このコースは難しいの。開幕戦でMFGランナーを容赦なく篩にかけてくる」

 

「篩にかける、か」

 

「ええ。単純に速いだけじゃ絶対に勝てない」

 

雫はモニターへ歩み寄ると、指先でコース前半をなぞった。

 

「全長は約40キロメートル。前半はターンパイクの高速上り区間。ここは速度域が高いのに、路面のうねりと勾配変化が激しい」

 

画面には連続する高速コーナー。

 

一般道とは思えない速度で駆け抜けるMFGマシンの過去映像が流れていた。

 

「しかも、ただのヒルクライムじゃない。大観山を越えた後は芦ノ湖側へ抜けるテクニカル区間に入る。そこから今度は長い下りになるの」

 

「登って、下るのか」

 

「そう。だから車への負担がとにかく大きい。エンジン、ブレーキ、タイヤ……全部を酷使する」

 

雫の口調は自然と真剣なものになっていく。

 

それはメカニックとして、このコースの恐ろしさを誰より理解しているからだった。

 

「最後の超高速ストレート……カマボコストレートでは、速い車は一気に速度に乗る」

 

モニターに映るのは海沿いへ向かって伸びる長大な直線。MFG名物とも言われる高速区間。300キロ近い速度域へ到達するマシンも存在する。

 

「けど、本当に怖いのはその先」

 

「ブレーキングか」

 

「うん」

 

雫は頷く。

 

「最後のストレートでハイアベレージのブレーキング勝負をするなら、コース終盤までタイヤを温存しながら走るマネジメントが必要になる」

 

「なるほどな」

 

「でも、そこでタイヤを守ろうとしてペースを落としたら、今度は先頭グループについていけない」

 

MFGはタイヤ性能差を均一化するレギュレーションが存在する。

 

だからこそ、タイヤの使い方がそのままドライバーの実力差として現れる。特に小田原パイクスピークは、その傾向が極端だった。

 

「高速コーナーでタイヤを削られ、下りで熱を入れられ、最後に超高速ブレーキングを要求される」

 

雫は小さく息を吐いた。

 

「つまり、速く走りながら壊さない技術が必要なの」

 

過去に駆け抜けていった神15のマシンは、高速コーナーを信じられない速度で抜けていく。ギリギリまで攻めている。なのに車体は乱れない。

 

「……あの区間をタイヤを維持したまま高速域で走り抜ける技量が、前提として求められる。だから神15(フィフティーン)と呼ばれているの」

 

隆之は黙ってモニターを見つめた。そこには、自分がかつて知っていた走り屋とはまるで別次元の世界があった。

 

峠は速く走るだけではない。機械を理解し、タイヤを管理し、空力を感じ、速度域そのものを支配する世界。

 

それがMFG。

 

そして、その舞台へ今……城島和也が挑んでいる。

 

(今回はMFGの空気感とか、城島和也の限界領域での走りのデータさえ取れれば文句はない)

 

雫は心の中でそう割り切っていた。

 

今回の目的は勝利ではない。まずは現代MFGの基準を知ること。そして、和也がどこまで通用するかを見ること。

 

R34という古い車で戦う以上、無茶をするべきではない。

 

まずは開幕戦で車の挙動とドライバーの特性を洗い出して、そして次に向けて車を調整する。本当の戦いは第二戦をターゲットにしていた。

 

……頭ではそう理解している。

 

だが。

 

モニターに映る白いGT-Rを見た瞬間、なぜか嫌な予感が胸をよぎる。絶対に様子見だけで終わることはない……そんな予感めいたものがあった。

 

「頼むからクラッシュとか勘弁しなさいよぉ……」

 

思わず本音が漏れる。すると、その隣で隆之がふっと笑った。

 

「雫、それ本気で言ってるのか?」

 

「え?」

 

雫はきょとんと父を見る。

 

だが、隆之はそれ以上何も言わなかった。

 

ただ、モニターに映るR34を静かに見つめる。

 

かつて自分たちがいた世界。

 

命知らずの走り屋たちが、限界のさらに先を目指していた時代。

 

そして今。

 

あのGT-Rに乗っている青年は、間違いなくそちら側の人間だった。

 

 

 

 

「さぁ、スタートしていきます!MFG開幕戦、小田原パイクスピーク!まず最初の見どころは、やはりこの前半高速セクションでしょう!」

 

巨大モニターに映し出されるのは、箱根山を切り裂くように伸びるコース全景だった。

 

小田原料金所から始まり、ターンパイクを駆け上がり、大観山方面へ向かう長大な山岳ルート。

 

標高差。長距離。そして異常なまでの高速域。通常の峠とはまるで別物の、MFG屈指のハイスピードコースである。

 

実況席に座る田中洋二が興奮気味に声を張り上げる。

 

「この小田原パイクスピーク、一般的な峠レースとはまるで違います!前半はまさに高速山岳サーキット!MFGの中でも屈指のハイスピードレイアウトです!」

 

画面が切り替わる。

 

『ヴォォォォォン!!』

 

一気に吹き上がるエンジン音。

 

車体が加速Gで沈み込み、各車が猛烈な勢いで上り勾配へ飛び込んでいく。

 

「速い!速いぞぉ!スタート直後からフル加速!」

 

速度表示が次々と跳ね上がる。

 

160。180。190。

 

公道とは思えない数字が並ぶ。

 

しかも、まだ序盤。

 

ここからさらに速度域は上がっていく。

 

「このターンパイク区間、特徴はなんといっても速度域!普通の峠のような低速ヘアピン主体ではありません!長い高速コーナーと全開区間が延々と続くレイアウトです!」

 

大型モニターには各車の車載映像。ガードレールが凄まじい速度で流れていく。一瞬の判断ミスが即クラッシュへ繋がる世界。

 

だが、それでも神15のドライバーたちはアクセルを踏み抜く。

 

白いR34 GT-Rは、その持ち得る直線加速でスタートダッシュを決めていた。

 

RB26DETT。旧世代の怪物。ターボが過給を始めるたび、野太い吸気音が響く。

 

だが問題は高速コーナーだ。ここでの処理を間違えれば、神15など夢のまた夢。

 

この序盤でタイヤを壊せば、後半のカマボコストレートまで持たない。

 

全ては、この時点で始まっている。

 

「さぁR34 GT-Rが来たぁ!!」

 

現在のMFGでは珍しい、旧世代の重量級4WD。

 

しかしその存在感は圧倒的。低く構えた車体。張り出したフェンダー。そして時代を感じさせる直線的なシルエット。

 

だが、その古さこそが逆に視聴者を熱狂させる。

 

「この前半区間ではGT-Rのような高出力4WDが非常に強い!上り勾配でのトラクション性能!高速域での安定性!馬力をそのまま速度へ変えられるマシンが有利になります!」

 

高速コーナーが迫る。ブースでモニターを見つめる雫は、無意識に息を呑んでいた。

 

さて、このドライバーは、一体どんな走りをするのか……。

 

「せぇーの……」

 

インカム越しに、妙に気の抜けた声が聞こえた。

 

その瞬間。

 

「どりゃああああああーーーっ!!」

 

「!?」

 

和也が雄叫びを上げながらコーナーへ突っ込んだ。

 

ワンハンドステアで、ほぼノーブレーキ。常識外れの速度で、R34が半ば横滑りのような姿勢で進入していく。

 

しかし崩れない。車体が暴れない。タイヤを滑らせているはずなのに、ラインが異様なほど綺麗だった。

 

「な、なんとぉ!横滑り……いや、ドリフト!?は、速い!R34、全く速度が落ちない!!」

 

ドローン映像が映し出される。タイヤのスキール音を轟かせながら、R34はエイペックスを舐めるように通過。

 

リアをわずかに流しながら、そのままアウト側へ抜けていく。

 

普通なら速度が死ぬ。しかし速度は落ちきっていない。むしろ立ち上がりへ向けて加速態勢へ入っている。

 

「これは危なぁい!この速度で抜けれるのかぁ!?」

 

実況の悲鳴。

 

しかしR34はガードレール際を数センチで掠め、そのまま立ち上がった。

 

『グォォォォォッ!!』

 

RB26が咆哮する。四輪が路面へ食らいつき、一気に車体を前へ押し出す。その結果、速度ロスは、ほぼゼロだった。

 

「な、なんなのよ、いまのはぁ!?」

 

ブースで雫が思わず叫ぶ。

 

序盤からタイヤを滑らせる?何を考えているの!?というか……ATTESA E-TSは!?

 

このドライバー、コーナー入り口から滑らせていた。普通なら電子制御が介入して横滑りなんて消されるはずなのに。

 

「悪いな、ちょっとタイヤが冷たかったから。特にリアの右が」

 

インカム越しに聞こえる和也の声は妙に軽い。だが、その言葉に雫の表情が変わる。

 

「……タイヤを温めるために滑らせた?」

 

この速度域で?このコースで?

 

混乱の嵐の中、次のコーナーが迫る。

 

「R34は図体がでかいからな!タイヤの温度はマネジメントの生命線だ!どりゃあああああーー!!」

 

「また叫んでるぅ!?」

 

緩やかに曲がりながら、なお加速を続ける危険な高速区間。

 

「この前半の恐ろしいところは、減速ポイントが少ないことです!一度速度が乗ると、そのまま高速コーナーへ突入していく!」

 

ドローン映像では、ガードレールが猛烈な勢いで流れていく。

 

ステアリング操作は最小限。だが速度は異常。

 

「うおぉっと!GT-R、かなり踏んでいる!!」

 

タイヤがわずかに鳴く。リアが数センチだけ滑る。だが完全には流れない。ATTESA E-TSが絶妙な領域で介入し、4WDとしてのトラクションを残したまま車体を前へ押し出している。

 

それは単なるドリフトではない。

 

極限の速度を維持するための、制御された滑りだった。

 

そしてインカムからはコーナーに入るたび……

 

「おりゃー!」

 

「どりゃー!」

 

「ひゃおー!」

 

などという意味不明な雄叫びが聞こえてくる。

 

「ナビ乗ってる時そんな声出してなかったわよねぇ!?」

 

雫が半ば悲鳴混じりに叫ぶ。しかし当の和也は楽しそうだった。R34が立ち上がる。

 

アクセル全開。RB26が山へ木霊する。

 

「豪快なRB26サウンドだぁぁ!!いやぁ懐かしい!!かつて湾岸を席巻した怪物が、いまMFGを走っております!!」

 

視聴者がどよめく。年配ファンの歓声も混じっていた。

 

「GT-Rだ……!」

 

「この音だよ、この音!」

 

「R34がMFGでこんな走りを……!」

 

そして。実況席へ新たなデータが届く。

 

「そしてこの区間でのタイムですが……ちょっと信じられないことになっています!」

 

田中洋二が目を見開いた。

 

「なんと現在、暫定13位の速度で推移しています!!」

 

「じゅ、13位ぃぃい!!?」

 

雫の悲鳴。

 

ブースが騒然となる。

 

初参戦。旧世代GT-R。しかも序盤。

 

その条件で神15圏内に食らいついている。すると、隣で黒木隆之が腹を抱えて笑い始めた。

 

「あははははは!やるなぁ、さすが城島和也くんだ!」

 

その目は、どこか懐かしいものを見るように細められていた。

 

あの走り。

 

あの無茶苦茶な踏み方。

 

そして、それを成立させてしまう異常な技量。

 

間違いなく。あれは、怪物を御するのにふさわしい人間だった。

 

 

 

 

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