MF……GODの継承者   作:紅乃 晴@小説アカ

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第五話「開幕戦、予選(2)」

 

 

茨城県、筑波山。

 

深夜。

 

昼間は観光客で賑わう山道も、今は静寂に包まれていた。だが、その静寂を切り裂くように、遠くから甲高いエンジン音が木霊する。

 

『ヴォォォン!!』

 

『キィィィィッ!!』

 

コーナーを駆け抜けるタイヤの悲鳴。

そして再び響くフル加速の咆哮。

 

パープルシャドウ。

 

茨城県が誇る伝説の走り屋チーム。その走行会が今夜、筑波山で開かれていた。峠のパーキングにはスポーツカーが並び、集まった走り屋たちは思い思いに談笑している。

 

缶ジュース片手に縁石へ腰掛けていた俺……城島和也は、そんな光景をぼんやりと眺めていた。

 

祖父である城島俊也に無理を言ってナビシートへ乗せてもらい、この走行会へ来た。だが、その胸の内には、ただの憧れだけではない感情が渦巻いていた。焦り。伸び悩み。そして、自分の限界への不安がベッタリと張り付いてるような気がした。

 

「伸び悩んでるようだなぁ、和坊」

 

「好じいちゃん」

 

声を掛けてきたのは、パープルシャドウで神様と呼ばれる男……ゴッドフットこと星野好造だった。

 

缶コーヒーを片手に豪快に笑うその姿は、年齢を感じさせない。祖父とは長い付き合いで、よく城島家へ遊びに来ては酒を飲み交わしている。俺にとっても、もう一人の祖父みたいな存在だった。

 

……まぁ。前世で読んでいた『頭文字D』の中でも、かなり好きなキャラクターだったというのもあるのだが。

 

「JAFジュニアカートでタイトルを取った割には、あんまり嬉しそうじゃなかったからな」

 

先日の祝勝会にも、好じいちゃんは顔を出してくれていた。レーシングギアをプレゼントしてくれた時は本当に嬉しかった。

 

だが、それ以上に。自分の走りに納得できていない感情のほうが大きかった。

 

俺が初めて本物を知ったのは、祖父……城島俊也の助手席だった。

 

S2000。ワンハンドステア。

 

異次元の速さで筑波山を流れるように駆け抜けるその走りは、まるで車が重力から解放されているようだった。

 

あの時。頭を金槌で殴られたみたいな衝撃を受けた。車って、こんな風に走れるのかと。

 

それからだ。

 

俺が本気で“走り屋”という世界に惹かれていったのは。

 

前世でも車は好きだったが、それ以上に、作中で描かれるドライバーたちの人生観、技術を磨き続ける職人みたいな生き方、限界へ挑み続ける姿勢に、憧れていた。

 

その気持ちを知ってか、好じいちゃんは色々と手を回してくれた。

 

筑波サーキットでのジュニアカートでの経験。そしてトーナメントへの出場と、普通なら簡単に辿り着けない環境を、俺は与えてもらっている。

 

それなのに。

 

「……まだまだ、おじいちゃんみたいには運転できないんだ」

 

ぽつりと零す。カートでも祖父のワンハンドステアを真似してみた。タイヤの使い方、荷重移動、向きの変化、それらを自分なりに研究している。

 

だが近づくどころか、むしろ遠ざかっている気さえした。

 

「あの人、ほんと意味わかんないんだよ……」

 

「ははは!」

 

好じいちゃんが豪快に笑う。

 

「城ちゃんのワンハンドステアは、熟練した技術があるからな」

 

「この前ナビシート乗せてもらって、嫌ってほど思い知ったよ……。あのレベルに近づけるイメージが全然湧かないんだ」

 

祖父の走りは派手じゃない。

 

だが、異常だった。

 

全く無駄がなく、速いのに怖さがない。

 

なのに速い。意味がわからないくらい。落ち込む俺を見て、好じいちゃんは「よし」と立ち上がった。

 

「じゃ、俺のナビシート乗るか」

 

「なんでそうなる?」

 

思わず即答してしまう。

すると好じいちゃんはニヤリと笑った。

 

「城ちゃんのワンハンドステアはトラウマものだからな。それを払拭するには、別のインパクトが必要ってことだろう」

 

いや理論が雑すぎる。

 

というかゴッドフットの助手席とか、絶対ろくなことにならない。

 

「いやいやいや、無理無理無理」

 

「大丈夫大丈夫。死なん死なん」

 

「その励まし文句が一番怖いんだけど!?」

 

ケラケラ笑う好じいちゃん。

だが、そこでふと思い出す。

 

「……光弘(みつひろ)兄さんはいいの?」

 

星野光弘。好じいちゃんの息子であり、俺とも仲がいい気のいい兄ちゃんだ。そして父親であるゴッドフットに、特別な憧れを抱いている人でもある。

 

その気持ちは痛いほどわかる。けれど、好じいちゃんは少しだけ困ったように頭を掻いた。

 

「アイツには俺の会社継いでもらいたいからなぁ!教えたいけど我慢してんだ!」

 

「……それ、絶対本音半分だろ」

 

「まぁ、走り屋なんて人生狂わせるからな!」

 

カラカラ笑う。冗談みたいに言っているが、その言葉には妙な重みがあった。

 

峠に魅せられた人間たち。

 

速さに囚われた人間たち。

 

きっと、この人たちはそれを知っている。

 

だからこそ、自分の息子には別の道を歩んでほしいのだろう。

 

……まぁ。その代わりを俺で発散しようとしてる気がするけど。

 

「俺で欲求発散しようとしてない?」

 

「まぁまぁ。溜まってるおじさんのわがままに付き合うと思って」

 

「その言い方、なんかやらしいから嫌なんだけど……」

 

そう言いながらも、俺は少しだけ笑っていた。

 

祖父とは違う。だが、この人も神様と呼ばれたドライバーだ。

 

城島俊也の理論的で静かな走り。

 

星野好造の豪快で本能的な走り。

 

同じ領域にいるはずなのに、まるで違う。

 

その時からだった。

 

祖父と同じ走りを追うだけじゃ駄目なんじゃないか……そう思い始めたのは。

 

 

 

 

「オフィシャルサイトの動画は見てたけど、思っていたよりハードなコースだなぁ!こいつは骨が折れる!」

 

ターンパイクの急勾配を登り、大観山から芦ノ湖麓まで下るセクター1。

 

平坦な芦ノ湖畔と、元箱根から国道1号最高地点までの登りが続くセクター2。

 

その二つを、ほとんど速度域を落とさないまま、和也は楽しそうにR34を振り回していた。

 

限界走行で見えてくる車の癖。アンダーへ逃げようとする挙動をアクセルワークで押さえ込み、ステアリング操作は最小舵角で済ませる。

 

データで見る限り、レコードラインとは異なるラインを走っている。だが、その走りのブレはコーナー出口で綺麗に収束していた。

 

『タイヤのグリップをうまく使えば、どのラインでもタイムに大きな差はない』

 

祖父、城島俊也が言っていた言葉だ。

 

ワンハンドステアは、ただの見栄えではない。タイヤの限界荷重を感じ取り、車の滑り出しを掴むための合理的な走法。

 

そしてその先……タイヤ四本をすべて使い切る、限界ラインを見つけるための方程式でもある。

 

グリップウエイトレシオ。MFG独自のレギュレーションは、その傾向を極端なほど表面化させていた。

 

ハイパワー車はタイヤを潰し。

 

軽量車はパワー不足に苦しむ。

 

その中で、どこまでタイヤの美味しい領域を使い続けられるか。

 

それがMFGだ。

 

「このR34がこういうセッティングだって言うことは分かってたんだ。なら、そう走らせるのが男ってもんだろ!好じいちゃん!」

 

急峻な下りのセクター3。和也はコーナー入口から車を横へ向け、そのまま一気に突っ込んでいく。

 

その走りには恐怖よりも、どこか遊びに近い楽しさがあった。

 

「せーのっ!うおりゃああああーー!!」

 

『ヴォォォォォォォン!!』

 

ターボが吠える。RB26DETTの暴力的な加速音が箱根に響いた。

 

「速い!なんと言う速度だ!R34!カーナンバー、『034』に偽りなし!まさにモンスターマシンだぁー!」

 

実況の田中洋二が絶叫する。モニターには、白いR34がドリフトともグリップともつかない姿勢でコーナーを抜けていく映像が映し出されていた。

 

その裏側。黒木陣営のブースでは、別の意味で大騒ぎになっていた。

 

「ちょっとぉ!ダウンヒルに入ってるのよ!?そんなペースでタイヤ持つと思ってるの!?」

 

悲鳴を上げる雫の後ろで、黒木隆之は食い入るようにモニターを見つめていた。

 

表示されるのは車両挙動データ、タイヤ温度、荷重移動、ヨーレート、ATTESA E-TSの駆動配分。

 

(すごいな……これは本当に4WDなのか?)

 

四輪駆動の補助機構であるATTESA E-TSの制御を振り切るような横滑り。

 

だが、完全には破綻していない。横方向へタイヤを酷使しているように見えるにも関わらず、データ上では“美味しい領域”からギリギリ外れていない。

 

完全なコントロール下にある。

 

(こんな使い方、普通はしない……)

 

GT-Rという車を知る人間ほど、その異常性が分かる。BNR34は本来、もっと綺麗に、もっと安定して走る車だ。

 

だが和也は違う。FRのように振り回しながら、それでも4WDのトラクションを使い切っている。

 

娘の雫ではまだ辿り着けない領域。

 

だからこそ、自分がここにいる。

 

(ダブって見えるよ……)

 

隆之はモニター越しにR34のテールランプを見つめる。

 

(サーキットで豪快にドリフトをかます好造さんの姿に)

 

星野好造……ゴッドフットと呼ばれる走りの神様。

 

その豪快な走りが、和也の姿と重なった。

 

コーナーを滑り抜けていくR34。

 

その無骨な後ろ姿には、どこか獣じみた色気があり、エキゾチックで……そして危険。理解できる者にしか分からないエロスがそこにはある。

 

「コースはセクター2を超えてセクター3へ!その先にはデスエリアが待ち受けています!」

 

田中洋二の声が響く。

 

デスエリア。それは富士山北面の大爆発で生じた地下水脈の変動で、火山性ガスと濃霧が立ち上る。かつて温泉街として栄えた箱根の一部は、人の住めないゴーストタウンと化していた。

 

特に小涌園前から大平台駅付近。そこは霧による視界不良と急勾配が重なり、事故が多発する危険地帯。

 

小田原パイクスピーク最大の難所だ。この攻略が、レースそのものを左右すると言ってもいい。

 

「現在は脅威の10位!注目フラグも出ています!ダウンヒル区間では、片桐夏向が操るトヨタ86の鮮やかなコーナリングが印象的でしたが、このR34の暴力的なコーナリングも凄い!」

 

国道1号最高地点から塔ノ沢温泉郷まで続くセクター3。

 

デスエリア手前の下りで、R34は驚異的なタイムを叩き出していた。順位は落ちていない。むしろ食らいついている。

 

その圧巻の走りに、雫は白目を剥いていた。

 

「これだからMFGは面白い!今回は魅力的なルーキーが豊作です!しかし、セクター3にはMFGの誇るデスエリアが待ち構えています!今シーズン、間違いなく話題となる片桐夏向に加え、城島和也はどうやって攻略するのか!その興味は尽きません!」

 

「アンタ!もうデスエリア手前よ!?そんな速度で挑むなんて死にたいの!?」

 

通信越しに雫が怒鳴る。

だが和也は笑っていた。

 

「そのためにここまで振り回して限界値を見極めてきたんだ!今更後には引けないだろ!」

 

「意味わかんないわよ!?」

 

「安心しろ!100では攻めない!ただ70パーセントくらいには上げていくぞ!ヒャオーーー!!」

 

「南斗水鳥拳の伝承者みたいな雄叫びをあげるんじゃないわよ!?」

 

ブースの空気が一瞬だけ和む。

隆之は思わず吹き出しそうになった。

 

 

 

 

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