MF……GODの継承者   作:紅乃 晴@小説アカ

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第八話「開幕戦、開始」

 

 

 

初夏の陽射しが箱根の山肌を照らしていた。

 

小田原料金所付近に設営されたMFGのスタートエリアには、色鮮やかなスポンサーフラッグが風に揺れ、朝から集まった観客たちの熱気が充満している。

 

サーキットとは違う、公道レース特有の張り詰めた空気。

 

その中で、巨大モニターから流れているのは、開幕戦直前の恒例となったMFGエンジェルスのライブパフォーマンスだった。

 

「4代目、MFGエンジェルスがお送りしました!今シーズン始まってからリリースされたテーマソング、『ブラインドコーナーなんて怖くない』でしたー!」

 

実況席から響く田中洋二のテンションの高い声。

 

大型モニターの中では、鮮やかなコスチュームを身にまとったMFGエンジェルスたちが、最後の決めポーズを取っていた。観客席から歓声が上がり、スマートフォンを掲げるファンたちがその姿を撮影している。

 

MFG。

 

滅びたはずの走り屋文化を、現代に蘇らせた世界最大級の公道レース。

 

その開幕戦……小田原パイクスピーク。

 

5月下旬。

 

夏が近づきつつある空気を感じさせる晴天の中、箱根の山々はどこまでも澄み渡っていた。

 

「なんと初登場でランキング3位だそうです!売れています!」

 

田中の軽快なトークに、実況席横のモニターにはMFGエンジェルスの人気ランキングが表示される。

 

MFGエンジェルスは、毎年オーディションで選ばれる公式レースクイーンであり、それぞれ番号で呼ばれるのが慣例だった。

 

シーズンごとにメンバーは総入れ替えされ、人気投票や配信ランキングで順位が決まる。

 

そして、MFG名物のひとつ。

 

決勝で表彰台に立ったドライバーは、希望したエンジェルスメンバーから頬へのキスを受けることができる。

 

それを目当てに本気で表彰台を狙う男もいる……という噂まであるほどだった。

 

「さぁ、MFG第一戦。小田原パイクスピークのレースが今始まろうとしています!全国、3000万人の視聴者の皆様、こんにちは!実況の田中洋二です!」

 

実況席から眼下を見下ろせば、スタート地点となる料金所周辺に15台のマシンが並んでいる。

 

ポルシェ、フェラーリ、メルセデス、ランボルギーニ、アウディ。

 

世界最高峰のスポーツカーたちが居並ぶその光景は、まるでモーターショーそのものだった。

 

その中に混じる、日本車。

 

日産GT-R。トヨタ86。

 

それらが異様な存在感を放っている。

 

メカニックたちは最後のタイヤチェックを行い、サポーターたちはドライバーに声を掛け、スタッフたちは慌ただしく動き回っている。

 

エンジンのアイドリング音。

 

無線のノイズ。

 

それら全てが混ざり合い、レース直前という独特の高揚感を生み出していた。

 

「本日、第一戦のゲスト解説者として、レーシングドライバーとしても期待され、現在は若手ドライバーの監督としてレース活動に携わってらっしゃる小柏カイさんをお招きしています。本日はよろしくお願いします!」

 

「こんにちは。よろしくお願いします」

 

落ち着いた声で答えるのは、小柏カイ。

 

現在はプロレーシングチームの監督として活動しているが、その名はMFG以前……走り屋の時代から知る者には特別な意味を持つ。

 

かつて、公道最速を巡って競い合った男。

 

そして、MFGの母体となった組織、プロジェクトDと深い関わりを持つ人物でもあった。

 

当然ながら、MFG運営上層部とも交流があり、リョウ・タカハシの正体についても知っているが、それは絶対に表へ出してはいけない情報。そのため、彼は決して口外しない。

 

「このレース、注目すべき2人の新たなドライバーがいます!」

 

田中が声を張り上げる。

 

「初登場にして見事予選突破を果たしたルーキー!トヨタ86を操る片桐夏向選手!そして、スカイラインGT-Rを駆る城島和也選手です!!」

 

その名前が読み上げられた瞬間、配信を見る視聴者の一部がざわついた。

 

GT-R。しかもBNR34。

化石燃料車時代の怪物。

 

かつて湾岸線や峠で名を轟かせた、日本を代表するスポーツカー。だが同時に、それはMFGにおいて時代遅れとされる存在でもあった。

 

「MFGの生き字引を自認する私としては、プライドに賭けてもと思いましてね!片桐選手の故郷イギリスには国際電話をかけまくり!城島選手の故郷、茨城県筑波市にも電話をかけまくりました!」

 

実況席で胸を張る田中。

 

方や英語。方や日本語。拙い英語を交えながら、情報の少ない二人について徹底取材を敢行したらしい。

 

「その中で、2人のインパクトのある情報をいくつか入手しました!後ほど、タイミングを見計らってご紹介しようと思います!」

 

その言葉に、戦々恐々としていた人物がいた。

 

MFGエンジェルスの一人……浜崎 萌絵である。

 

(ひぃーっ……!田中さん、萌絵とお兄ちゃんの兄妹バレだけは勘弁してぇぇ……!)

 

営業スマイルを保ちながら、内心では完全に青ざめていた。

 

(もしバラしたら、上有本部長に抗議してやるんだから……!)

 

「さぁ、スタート予定時刻まで残り10分を切りました!待ちに待った開幕戦の火蓋が、今まさに切られようとしています!!」

 

実況の熱量がさらに上がる。

 

「ここで改めて、本日のスターティンググリッドをご紹介しましょう!」

 

大型モニターに、グリッド順が映し出される。

 

「ポールポジションは、ポルシェ・911GT3!MFG二年連続覇者……石神風神!!」

 

「その後ろには同じくポルシェ・718ケイマンS!昨年、鮮烈なデビューを飾った貴公子――ミハイル・ベッケンバウワー!」

 

ブロンドヘアの青年……ミハイルが静かにグローブをはめる姿が映る。

 

「3位は好調、坂本雄大のアウディR8 V10!相変わらずフードを被って顔を見せません!」

 

「4位、メルセデスAMG・GTSの大谷!」

 

「5位!GT-R35!小田原の神風ヤンキー――相葉瞬!!」

 

その紹介に視聴者たちがどっと沸く。

地元人気が圧倒的なのだ。

 

「6位、BMW・M6の柳田!」

 

「7位にはポルシェ・911カレラGTSを駆るジャクソン・テイラー!やはり欧州車勢が強いですねぇ!神15のオーラが煌めいています!これだけで私はゾクゾクしてきます!!」

 

「8位、ランボルギーニの大石!」

 

「9位、フェラーリの赤羽海人!」

 

そして。

 

「10位に、今レース注目のルーキーの一人!日産スカイラインGT-R!城島和也がいます!!」

 

白いR34の映像がモニターに映し出される。

 

低く構えた車高。太いリアタイヤ。そして、現代のスーパーカーたちの中でも消えない圧倒的存在感がある。

 

「第11位、レクサスLC500、エミール・ハンニネン!」

 

「12位、ロータス・エキシージ、八潮!」

 

「13位、アルファロメオ・4Cの北原!コンビネーションが上手いヤジキタ兄妹です!」

 

「14位、ホンダ・シビックタイプR、前園!」

 

「そして最後尾15位にいるトヨタ86!英国からのチャレンジャー、期待のルーキー――片桐夏向!!」

 

紹介が終わる。空気が変わった。

 

いよいよ始まる。そんな緊張感が、スタートエリア全体を包み込んでいく。

 

「ドライバーズミーティングを終えたパイロットたちが、仮設パドックを進み、自らのマシンへと向かっていきます!!」

 

実況席で興奮を隠しきれない田中。

 

その頃。

 

俺……城島和也もパドックを歩いていた。服装はいつもの私服だ。レーシングカートや、もっとハイアベレージなサーキットで安全のためにレーシングスーツを着るが、ここは公道……感覚としては夜に走りにくる、といったものだった。

 

すれ違うスタッフたち。

 

緊張した表情のメカニック。

 

その全てを横目に見ながら歩いていると、後ろから声が飛んできた。

 

「よぉ、城島」

 

「相葉先輩。今日はよろしくお願いします」

 

そう返すと、先輩という響きが嬉しかったのか、相葉 瞬は満足そうに笑った。

 

R35 GT-Rを駆る神15の一角。だがその実態は、後輩思いで人情味のある男だ。

 

「それと紹介するぜ。こっちが86号車の片桐夏向だ」

 

「はじめまして、片桐夏向です」

 

礼儀正しく頭を下げる青年。明るめの茶髪、白い肌でありながらどこか日本人らしさの面影を残す。そして、その瞳には妙な落ち着きがあった。

 

「城島和也だ。今日はめいいっぱいMFGを盛り上げよう」

 

そう言って手を差し出す。すると、夏向も自然な動きで握手を返してきた。

 

「そういう心意気、俺は好きだぜ」

 

相葉先輩が笑う。

 

「2人とも頑張れよ」

 

「相葉先輩も」

 

「good luck」

 

夏向も小さく笑みを浮かべた。その後、俺と夏向は並んでパドックを歩く。

 

俺は10位。夏向は15位。今回のレース展開で直接絡むことは、おそらくない。だが、不思議と嫌な感じはしなかった。

 

「日本の車……スカイラインGT-R、とてもクールでエクセレントです」

 

「お、おう。ありがとうな」

 

海外育ち特有のストレートな褒め方に少し照れる。

 

「城島さんはいつもこれに乗ってるんですか?」

 

「和也でいいよ。年齢もそんな変わんないだろうし」

 

「では、和也」

 

その発音が妙に自然だった。

 

「俺が普段乗ってるのはS2000だよ」

 

「really?ホンダのS2000!」

 

夏向の目が少し輝く。

 

「僕の先生も、その車によく乗っています」

 

「先生?」

 

「僕は英国のレーシングアカデミーにいましたので」

 

その言葉に、なるほどと納得する。

 

それにこの空気感。レース直前だというのに、この立ち振る舞い。明らかにレース教育を受けた人間だった。

 

「そうか。まぁ、お互い力を尽くそうな」

 

「はい。これからもよろしくお願いします」

 

そう言って別れる俺と夏向。その様子を、少し離れた場所から見つめている男がいた。

 

フェラーリを駆る神15。

 

赤羽海人。フェラーリのボディに寄り掛かりながら、静かにこちらを見ている。

 

(若いな……)

 

彼は心の中で呟く。

 

(あの年齢で旧車を選ぶなんて、物好きな……)

 

R34。いまや過去の名車とされる存在。最新技術の塊である欧州車たちに対し、あまりにも古い。

 

だが、それでも。あのGT-Rには、妙に目を引く何かがあった。

 

(まぁ、俺の相手じゃないか)

 

そう結論付ける赤羽。

 

しかしその直後……RB26DETTの重低音が響いた。

 

ブォン、と。まるで獣の唸り声のような音。

 

赤羽は無意識に視線を向ける。

 

白いR34。

 

そのマシンを前に、城島和也は静かにステアリングに手を添えていた。

 

そして赤羽は、ほんの僅かに眉を動かす。

 

妙だな。なぜだろう。

 

なぜ、あのGT-Rから目が離せないんだ。

 

赤羽は無意識に口元を歪めた。

 

(面白い)

 

その感情が、警戒に近いものだと、本人はまだ気づいていなかった。

 

 

 

 

「スタート予定時刻まで1分を切りました!実況の私でさえ、口から心臓が飛び出しそうな勢いです!!」

 

実況席の田中洋二が興奮を抑えきれない声で叫ぶ。

 

スタート地点。料金所ゲート前。並んだ15台のモンスターマシンが、一斉にエンジンを唸らせていた。

 

ポルシェの乾いたフラットシックス。

 

フェラーリV8の甲高い咆哮。

 

ランボルギーニの猛獣じみたサウンド。

 

そして、その中に混じるGT-Rの重低音。

 

それぞれが異なる個性を放ちながらも、共通しているのは圧倒的な速さへの執念だった。

 

MFG開幕戦。

 

その瞬間を、世界中が待っていた。

 

「総勢8名のエンジェルスが、パイロットを見送るためにスタート位置で整列します!」

 

実況に合わせ、MFGエンジェルスたちが横一列に並ぶ。

 

オレンジと白を基調としたコスチューム。

 

風になびく髪。笑顔でドライバーたちを見送る彼女たちは、まさにMFGという祭典の象徴だった。

 

ゆっくりと。

 

15台のマシンがスタート地点、料金所ゲートへと進んでいく。

 

タイヤがアスファルトを擦る音。低速で転がるだけなのに、その一台一台から異様な存在感が漂っていた。

 

「表彰台に上がれば、ご褒美にエンジェルスがほっぺにキスをしてくれます!!しかも指名ができるのです!!」

 

田中が妙に力説する。

 

「田中さん、それ毎年必要以上に熱弁しますよね」

 

横から小柏カイが苦笑混じりにツッコむ。

 

「いやぁ、モチベーションは大事ですから!」

 

実況席が笑いに包まれる。だがその一方で、ドライバーたちの空気は静かだった。

 

集中。ただ、それだけ。

 

エンジェルスの前をマシンがゆっくりと通過していく。

 

その中で。

 

ふと、萌絵の前を純白のR34が抜けていった。

 

ほんの一瞬。

 

サイドウインドウ越しに、パイロットと萌絵の視線が交差する。

 

(行ってくるよ、萌絵)

 

声にはならない意思。萌絵は営業スマイルを崩さないまま、小さく拳を握った。

 

(無事に帰ってきてね、お兄ちゃん)

 

胸の奥が少し苦しくなる。だが、それを表には出さない。MFGエンジェルスは、笑顔を絶やしてはいけないのだ。

 

R34はそのままゆっくりと前へ進む。

 

「ポールポジションのポルシェが、ゆっくりとゲートを抜けていきます!」

 

先頭。石神風神のポルシェ911GT3。

 

「最後尾の車がゲートを抜けるまで、全ての車には時速40キロの速度規制がかかります!」

 

MFG特有のスタート方式。公道封鎖レースゆえ、安全確保のために全車両は一定速度でスタート区間を走行する。

 

その先導を務めるのがAI搭載ドローン。

 

「それぞれの車にはAI搭載の最新鋭ドローンが付き、ドライバー前方を時速40キロで飛行!ブルーシグナル点灯以前にドローンへ追いつけばペナルティとなります!」

 

各車両の前方。小型ドローンが赤いライトを点灯させながら飛行している。このドローンが許可するまで、ドライバーたちは牙を隠さなければならない。

 

それでもなお。

 

マシンたちは抑えきれない獰猛さを滲ませていた。

 

GT-Rのコクピット。

 

俺は静かに前を見据える。

 

ステアリング越しに伝わる微振動。RB26の鼓動。駆動系の唸り。全てが手のひらから伝わってくる。

 

「……」

 

隣を見れば、少し前方に赤羽のフェラーリ。

 

さらに前には相葉先輩のR35。

 

神15。MFGトップクラスの怪物たち。

 

だが、不思議と恐怖はなかった。

 

むしろ。心の奥底から湧き上がるのは高揚感だった。

 

後方では、最後尾の86が静かに隊列へ加わる。

 

片桐夏向。

 

彼もまた、静かに前だけを見ていた。

 

英国仕込みのドライビング。そして、藤原拓海の系譜。だが今はまだ、その正体を知る者は少ない。

 

「さぁ、最後の車がゲートを抜ける……!!」

 

実況席の田中が叫ぶ。

 

その瞬間。

 

15台全てのエンジン音が、一段低く唸った。

 

ドライバーたちがアクセルへ意識を集中させる。

 

次の瞬間を待つ。

 

ブルーシグナル。

 

それが点灯した瞬間、戦いが始まる。

 

山の空気が震える。

 

誰もが、その瞬間を待っていた。

 

そして。

 

「一斉に15台のマシンが咆哮を上げる!!」

 

ドローンのブルーライトが点灯。

 

「MFG開幕戦!!小田原パイクスピークの戦いが、今始まりましたぁぁぁぁぁッ!!」

 

瞬間。15台の怪物が、一斉に牙を剥いた。

 

フェラーリが吠える。

 

ポルシェが加速する。

 

ランボルギーニが咆哮する。

 

そして。

 

純白のR34が、低く獰猛な排気音を轟かせながら、箱根の山へと解き放たれた。

 

 

 

 

 

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