賭けるの物はなんでも良し。お金でも、記憶でも寿命でも。
中に入ると、そこは地上からは想像ができないほどの空間が広がっていた。
クリスタルの装飾がされ、キラキラと輝くシャンデリアに豪華な赤と黒の装飾のされた大きなルーレット。賑わっているのに張り詰めた空気が流れているポーカー台。ジャラジャラと激しい音と光が走るスロット。
一面は金の装飾が施された赤い絨毯が敷き詰められていた。
そして熱気と歓声、緊張感をはらんだ空気が部屋いっぱいに溢れている。1つのカード、1つの球で一喜一憂する仮面をつけた人々が沢山いた。
「うわー!キラキラでピカピカだー!」
阿久都が仮面越しでも分かるくらいに目を輝かせていた。
「す、すごい熱気……見てるこっちまで緊張しますね……」
逆にアロンダはあまりの熱気に気圧されていた。
「アロンダくんや阿久都くんはこういう場所は見たことはないかな?騒がしい場所だよね」
ソニドリは経験があるのかないのかはわからないが、そこまで臆している様子はなかった。
「さて、ここで調査と言うと……遊戯かな」
セロとレオンはこの環境に少し上機嫌気味だ。
「私も隊長もあまりこういう場には詳しくないので、レオンさんやセロさんにお任せしても……いいでしょうか?」
耳と尻尾が垂れ下がり気味で白理が聞く。
レオンは片手を上げる。
「まあ得意というか、僕の出身に近い環境だしやってみるのが1番かな」
そこで少し立ち止まる。そして
「ところで、ここは何を賭けるのかな?」
そう、ここではバースセイバーでのposは使えない。
従ってこの世界で使える金銭は持ち合わせていないのだが……。
案内人のひとりが口を開く。
「こちらではチップを賭けますが、チップの代償となるのは金銭だけではありません。貴方様方が持つ記憶、或いは寿命でも可能とさせていただいています」
そして手で少し離れている売店を指し、
「もし金銭がない場合でも、あちらの売店にて身につけているものを鑑定し、換金、そしてチップに変えることも可能でございます」
そして案内人は続ける。
「チップの行先は基本は換金のみですが寿命や記憶を使われた場合は使った分は元に戻すこともできます。余剰分は換金のみとなり、チップ自体の入手はお好きな方法で入手なさってください」
つまりは、手持ちのお金がなくとも身につけているものを売るか、記憶または寿命を賭けることもできるということ。1歩間違えれば死に至る可能性も十二分にあるということだ。
レオンは説明を聞いて、ポーカー台に歩みを寄せる。
そしてふわりと着席。
「おいおい、いきなりやる気か?!」
ヌルが驚いて声を掛ける。
「まあ見てなよ」
振り返らずにレオンはポーカー台を見ていた。
そして、ほかの参加者とディーラーがすぐに揃い、ゲームが開始される。
「さて、お客様は何をチップとしますか?」
という質問に、レオンは堂々と答える。
「なら、僕は寿命を10年分をチップにしよう」
いきなりの大金に当たる量を言ってのける。
あまりの大胆さにどよめきが起こる。
「10……?!数ヶ月分でもかなりのチップ数になるというのに」
「すごい自信ね……」
レオンは余裕の表情を崩さない。
ディーラーも一瞬だけ戸惑ったが、すぐに持ち直し対応する。
「かしこまりました。それでは貴方様の10年分の寿命をチップに代えさせていただきます」
レオンの目の前に現れたのはチップの山。金額にすれば何千万で済むものではない。それだけの金額をいきなり賭けたのだ。
「ほう……大胆だね、お手並み拝見と行こうか」
セロが興味深そうに勝負の行方を見ている。
今から開始されるのはテキサス・ホールデム。最初に2枚の手札が配られ、その後共通カードとして5枚のカードが伏せられた状態で並べられる。そして、3枚オープン、1枚オープン、最後の1枚がオープン。尚、共通カードオープン前に賭けるチップを増やしたり、降りるかどうかを決められる。
そしてディーラーが言う。
「――それでは開始いたします」
一気に場の空気が張り詰める。
「まずはブラインドから」
参加者たちがそれぞれの持つチップを少しずつ出す。
最低限の賭け金が決められ、レオンも数枚出した。
「では、プリフロップとなる手札を2枚ずつお配りいたします」
参加者全員に2枚の手札が配られる。全員仮面をしているせいか、表情の読み取りは難しく思えた。まだこの段階ではどう転ぶのか分からない。
騒がしいはずのホールはカードの捲る音と参加者たちの息遣い、チップの音だけがはっきりと聞こえてくる。
「それでは1回目の賭けです」
その声に参加者たちはカードから顔を上げる。そして、口々に言う。
「コール」や「レイズ」を。
一方のレオンは余裕の表情のまま、告げる。
「レイズ」
レオンは誰よりも多くのチップを場に出す。それだけで参加者も観客も息を飲む。まだ手札がほとんど分からない段階での余裕の態度。これはブラフなのかも分からない。
「次、フロップです。3枚公開します」
ディーラーがそう言うと、場にあるカードが3枚オープンになる。
出たマークはハートの10、ハートのK、クラブのQ。
共通カードのマークは揃いこそしていないが、かなり期待が出来るかもしれない状態だ。
もちろん、手札に可能性があればだが。
場のカードが公開され、レオンの左隣の男が笑う。
「これはいいねぇ」
さらに隣は口元が見えるが、端が少し上に曲がっている。レオンの右隣の女性は、見られたくないのか扇で口元を隠していた。
相手の手札は分からない。だがレオンは余裕の表情を消さずにいた。
「続いて、2回目の賭けです」
1番左の男は口の端を歪めたまま、
「コール」
と言う。右隣の女性も同じくコールを宣言。
すると、左隣の男は笑う。
「おや、賭けるんですね?負けるかもしれないのに」
かなりの余裕があるのか、それともただの揺さぶりか。余程良いものが揃っているのかもしれない。
「俺はレイズ。お兄さんはどうします?賭けますか?」
随分と余裕があるのかちょっかいをかけてくる。レオンはその男性を見向きもしない。ただ優雅に、
「レイズ」と告げた。左の男性が積み上げた金額の上を行く。
ただの負けず嫌いなのか、そう思わせるような行動。
口元を扇で隠している女性は、笑う男性を見て
「そんなに饒舌になってるのは、あなたの嬉しい手札が来たかブラフでしょう?」
しかし左隣の男は仮面越しでわかるくらいの笑顔であった。
「どうでしょうね?」
レオンは一切の表情を変えない。ここでは少しの迷いもつけ込まれる。隙を与えないことが重要である。
「では続いてターンです」
コミュニティカードの4枚目がオープン。
オープンされたのはダイヤの9。
左隣の男は分かりやすく反応しているのか、動揺させるために喋っているのかニヤニヤとしている。
女性がニヤついている男性に聞く。
「随分嬉しそうね、もう勝った気でいるの?」
男は笑いながら、
「それはどうかな、なかなか良いものが来ているが?」
興奮気味のようだ。声も段々と大きくなる。
しかし、今来ているのはハートの10、ハートのK、クラブのQ、ダイヤの9。手札にもよるが現状ワンペアかツーペアができているか否かくらいだ。それにもかかわらずに男は勝ち誇ったような顔をしているのだ。
レオンはちらっと左隣の男を見て、
「その割には随分と浅い呼吸をしているようだけどね」
その言葉に一瞬男は固まる。
緊張から呼吸が浅くなっていることをいとも簡単に当ててくる。
しかしそれで男は逆上したのか、持っているチップの山を押し出し、
「レイズ!俺は賭ける!」
かなりの額を賭けてきた。1番左の男と女性は大胆な賭けにビクリと身体を震わせる。
だがレオンは調子を崩さない。
「中々大胆だね。……でもそれ、賭けに出ていると言うより、僕たちを『降ろす』ための額だよね?」
一切の慌てる様子なく相手の出方を見ていた。男の息が詰まる。かなりの額をかけているのに汗ひとつ流しもしない。それどころか余裕の表情を崩さない。
普通ならばそこまで賭けるというのは勝ちを確信した時の賭け方だ。あと1枚カードを残しているのに大金を賭けるのは勝負していると思われるだろう。
だが焦りこそ見せたものの男も怯まない。
「そう言うお前も、”勝てるかも”って思ってるんじゃないのか?俺を動揺させて降ろす作戦か?」
レオンはゆったりと笑みを浮かべる。
「さあ……どうだろうね」
そしてレオンも山を押し出して、
「コール」
と言う。
男と同じ金額を賭ける。男は大金を賭けているが、レオンも追随してくる。
男の唇が微かに震えていた。
女性は不安に思い諦めたのか、
「……フォールド」
勝負から降りた。1番左の男も迷っているようだった。
迷った結果、高くつり上がった金額でコールを宣言。まだ引かないでいるようだ。
残るはレオンと2人の男。
「それでは賭けは終了とし、リバーです」
そう言うとディーラーが最後に伏せられているカードに手を伸ばす。
ディーラーの手がカードに触れ、ゆっくりと返されていく。周りの喧騒が消え、チップの音とカードの捲れる音だけが聞こえてきた。
そして、最後のカードは――――
ハートのQ。
左隣の男がニタリと笑みを浮かべ、自信に満ちた目をしていた。もう隠す気もないらしい。
「それでは最後の賭けとなります」
ディーラーの声がかかると、左隣の男は持ちうる全てのチップを押し出して、
「オールインだ!」
と高らかに言い放つ。余程いい手札が出来たのだろう。息遣いや目の色、放つ空気で興奮を表していた。
1番左の男はくちびるを噛み締めて渋々フォールドを告げた。
左隣の男はレオンを煽る。
「どうだよ、この金額賭けるんだ!さあどうする?!」
勝ちを確信しての態度なのだろう。高圧的にレオンに突っかかる。
しかし依然としてレオンの表情は崩れない。それどころか、軽く笑う。
「オールインか、大きく出たね……でも」
そう言うと余裕の表情でレオンは、
「オールインで」
数億はあるかもしれないチップを全て賭けた。
これを失えば寿命も減るというのに。普通ならば臆すであろう場面で1歩も引かずに、それどころか全てを賭けてきた。
もう全てを賭けた手前、引けなくなった男は焦る。
「なっ……お前、引かないのか!」
レオンは片手をヒラヒラさせて悠々と
「君が勝負に出るなら、受けてたとうって話だよ」
その悠然な態度に男の血は頭に登る。そして、
「後悔するぞ!」
と吐き捨てる。
そして、ついにその時。
「それでは、ショーダウンです」
お互いの役の競い合いだ。男はカードを捲る。
「俺はフルハウス!」
ハートのK、スペードのK、ハートのQ、クラブのQ、スペードのQのフルハウス。
手札としても役としても強いものだ。相手はかなりの運の良さがあった。男は勝ち誇った顔をする。
レオンの煽りはブラフと踏んでいたのだろう。だが男はしっかり役が揃っていた。
そしてレオンの手札のショーダウン。
捲られたカード。そこにあったのは……
「……ロイヤルストレートフラッシュ……?」
ハートの10、ハートのJ、ハートのQ、ハートのK、そしてハートのA。
完璧な役だった。
どんな役が来ても勝てる自信があったから揺らがなかった。いや、しかし。
「お前、フロップの時点で随分と賭けてなかったか?」
レオンは3枚オープンの時点でかなりの金額を賭け、そして最後にはオールイン。
単に競り合っているだけだと思っていた。これを見越していたのだとしたら……
「未来視でもしたか?」
レオンは軽く笑う。
「まさか。僕にそんな力はないよ」
最初から勝つとわかっていなければあんなに大胆なチップの入手もしないし賭けもしないのに、臆することなく勝負していた。
「……なるほど、イカサマしたな?」
もうこれは負けを認めたくない者の言いがかりに過ぎない。どうしても負けたくないのだろう。
その『イカサマ』を聞いて、レオンの目がすうっと細くなる。
それもそうだ、何せあまりに醜い足掻きだからだ。
いや、足掻きというよりただの難癖だろう。
「……それ、本気で言ってる?」
先程まで悠々とした空気を纏っていたレオンの周りの空気が急速に冷え込む。
「そうじゃなきゃ最初からおかしいんだ!知っているかイカサマか、認めたらどうだ?!」
レオンはゆっくりと立ち上がる。そして、言いがかりをつけてくる男を見下ろす。紫色の目が怪しく光って見える。
「普通に勝負するのは良いけど……負けたからって無粋な事を言うのは感心しないね」
本当に先程とは違う空気。ヒリヒリと焼き付くような空気だ。
そしてレオンはぱっとディーラーを見る。
「僕がイカサマしていた証拠とかあるかな?」
冷えきった視線が急に緩慢になる。その移り変わりにディーラーも少し驚いていたが、首を横に振った。
「イカサマをしていると思えるような行動も、魔力も検知されていません。残念ながらその言い分はまかりとおりません」
あっさりと、男の言い分は否定された。
レオンは口の前に人差し指を立てて、男を見やる。
「悪いけど、僕のは単純に運が良かっただけ。そうやって揺すってもタネも仕掛けもないんだよ」
男はその場で崩れ落ちてしまった。
そして、大勝をしてきたレオンにメンバーが驚きつつも声を掛ける。
「おいおい……マジかよ、たったひと勝負で大金獲得するなんて」
徹がレオンの豪運に驚く。
「すっげー!おにーさん本当にすげー!えーと、よく分からないけどすげー!」
阿久都がぴょんぴょん跳ねながら言う。
「イカサマでもなんでもなく運を引き寄せるとは……素晴らしいね」
セロが軽く拍手をする。
「私が勝負している訳じゃないのに意識飛びそうでした……」
ちょっとだけ顔色が悪くなっている白理は呟く。
「ま、まあ俺様ならもう少し派手にできたな!」
何を張り合っているのかわからないが、ワンダースケアは何故か謎の自信を持っていた。
「ワイの次くらいに運がいいとちゃうん?知らんけど」
「お前何しても蘇るもんな」
後ろでテツとアザラシが何か言っていた。
男たちを他所にレオンが白理とアロンダとハルとアイヴィーに声をかける。
「元手はできたしハルさんやアロンダさんたち女性陣の分は出してあげようか」
ソニドリが後ろで笑う。
「ナチュラルに僕らは眼中にないようだね」
そしてアイヴィーがスロットマシンを指差す。
「あたしあれ気になるー!」
派手な音と光で演出されている筐体を見る。様々なデザインのものがいくつも並んでいる。
激しく絵柄のリールが回転し、あるものは大声で喜んでいたり、あるものは台の前で祈りを捧げていたり。大勢の人がそれぞれの行動をしていた。
1つの台を選んでその前に座る。チップを入れると三連のリールが高速で回転し始める。
普通ならリールを凝視して同じ絵柄で止めようとするが……。
アイヴィーはよくわからないので適当に止める。さすがに、適当に止めて当たるものではないので、外れてしまった。
「んー、よくわかんないねー」
「たしか……同じ絵柄を揃えるもの……でしたよね?早くて難しい……」
と、いろいろ四苦八苦していると突然隣の台が大きな音を鳴らす。
音ともに激しい光が点滅し、ブザーまで鳴る。
何事かと隣を見ると、いつの間にか隣にいた白髪のレイと膝の上に黒い毛玉。毛玉が何か言ってレイが止めているようだが……どうやら絵柄が揃ったらしい。
「でかい音出してびかびかしているけど何だ?威嚇か?」
毛玉が腕を組んでいる。
次の瞬間、台から大量のチップが流れ出てきて毛玉がチップに埋もれた。
レイはよくわからない顔をしていた。
「わっ、わっ……すごいことになってる……」
あまりの激しい音と光にビビっている白理は尻尾を縮こませて耳を押さえていた。
「……ていうかレイ、あんた仮面はどうしたのよ」
いつの間にか仮面がなくなっているレイをハルが指摘する。すると、チップの山から黒い毛玉が顔を出す。
「俺が仮面だ」
きりっとしながら言っている。そして、一瞬はじけたかと思うと仮面に戻っていた。
「……なんかトンデモ生物(多分アザラシほどではないが)いない……?」
「ワイのこと呼んだ?」
「呼んでないハウス」
にゅっと後ろから突如現れたアザラシをノールックで足蹴にするハル。あまりの慣れすぎている行動にアロンダと白理はびっくり、アイヴィーは笑っていた。
ワイワイと騒ぎながら調査する一行。
……調査というか、普通に楽しんでいるような気もしなくもない。いや楽しんではいるのだろう。
その一行を少し高い所から見ている影があった。
「不思議な御一行ですね……これは少し期待してみましょうか」
そういって、不敵な笑みを浮かべていた。