君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百一話 二人で一人
朝焼けの空が、カーテンの隙間から見えていた。
いつの間に眠ってしまったのだろう。
僕は寝台の端に腰かけたまま、壁にもたれるようにして目を覚ました。
隣には、ミレーヌがいる。
ミレーヌは僕の肩に頭を預け、目を閉じていた。
泣いた跡が、まだ頬に残っている。
昨夜、僕達は長い時間話し合った。
何度も同じ言葉を繰り返し、何度も黙り込んだ。
ミレーヌは泣き、僕は謝り、それでも答えは簡単には出なかった。
僕は、これ以上犠牲者を出したくない。
ミレーヌは、僕を危険な依頼に向かわせたくない。
どちらも嘘ではない。
どちらも間違っていない。
だからこそ、何度話しても簡単には答えが出なかった。
愛しい恋人と引き換えに、顔も見たことがない人々を助けるために船へ乗る。
感謝してくれるかさえ分からない人達のために、命を懸ける。
死ぬかもしれない。
死ぬことより、ミレーヌを失うことの方が怖いのに。
それでも行きたいと思ってしまう自分がいる。
……全て、僕が招いた結果だ。
「ユキナの馬鹿」
小さな声がした。
いつの間に目を覚ましていたのか。
ミレーヌが、僕の肩に頭を預けたまま、こちらを見上げていた。
その瞳には、泣き疲れた色が残っている。
けれど同時に、何かを決めた強さもあった。
「最後に、もう一度だけ聞くよ。決意は変わらない?」
「……ごめん」
「ごめんなんて言葉、聞きたくない」
ミレーヌは、僕の服の袖を握った。
「決意は変わらない?」
僕は、すぐには答えられなかった。
「僕だって、ミレーヌと別れたくない。ミレーヌを危険に巻き込みたくない」
喉が詰まる。
「でも、僕はこの世界の人々のために生きるって決めてきたんだ。海に沈んで死ぬ最後の瞬間まで、ミレーヌだけを世界一愛している。それでも……僕は、あの依頼から目を逸らせない」
「それなら行かないでよ、馬鹿ユキナ」
ミレーヌは、泣きそうな顔で笑った。
「ユキナって、本当に頑固だよね」
「ごめん」
「謝らないで。謝られると、ボクが困る」
そう言って、ミレーヌは僕の胸に額を押しつけた。
「でもね、それがボクの好きになったユキナなんだよ」
ミレーヌの腕が、僕の背中に回る。
僕も、ミレーヌを抱きしめ返した。
お互い、しばらく何も言わなかった。
ただ、朝の光の中で、互いの温もりだけを確かめていた。
やがて、ミレーヌは顔を上げる。
そして、僕に短くキスをした。
涙の味がした。
ミレーヌはしばらく僕を見つめていた。
怒っているようで、泣きそうで、それでも目を逸らさなかった。
その瞳の奥で、怖さと覚悟がせめぎ合っているのが分かった。
「決めた」
ミレーヌは、僕を見つめた。
「ボクはユキナと一緒の船に乗る。ユキナ、危なっかしいもん」
「いいの? 危険だよ」
「危険だから行くんだよ」
ミレーヌは、僕の頬に手を当てた。
「ボクは、ユキナが船と一緒に沈んだなんて、港で聞かされるのは嫌だ。そんな話、信じられない。信じられないまま、一生背負う自信なんてない」
ミレーヌの声が震える。
「ボクはユキナと別れたくない。だから、ずっと一緒にいるって決めたんだ」
「ミレーヌ……」
「恋人より、見たこともない人達のために命を懸けるなんて馬鹿な男を、ボク以外の誰が恋人になってくれるのさ」
そう言って、ミレーヌは僕の頬を思い切りつねった。
「いたたたた!! 痛いよ、ミレーヌ!!」
「うるさい、馬鹿ユキナ。ボクを置いていこうなんて考えた罰だよ」
ミレーヌの目には、まだ涙が浮かんでいる。
「世界で一番ボクのことが大切だって言ったくせに。ボク、すごく傷ついたんだからね」
「ごめんなさい」
「どうして、一緒についてきてって言わなかったの。どうして、頼ってくれなかったの」
その言葉が、胸に刺さった。
「ボクを失いたくないっていうユキナの気持ちは嬉しいよ。でも、ボクにだってちゃんと意思はあるんだからね」
「ミレーヌ……ごめんなさい」
「ユキナ、言ったよね。どんなに辛く苦しいことがあっても、一緒に乗り越えようって」
ミレーヌは、僕の胸元をぎゅっと掴む。
「あの一言で、ボクがどれだけ救われたか分かる? もしボクが逆の立場だったら、ユキナはボクについてきてくれたよね」
「うん」
「だったら、どうしてボクがユキナを見捨てるなんて思うのさ」
何も言えなかった。
ミレーヌの言う通りだった。
僕は、ミレーヌを守りたいと思っていた。
けれどそれは、ミレーヌの意思を聞かずに一人で背負うことではなかった。
「ユキナがボクを想ってくれるように、ボクだってユキナのことを大切に思ってるんだから」
「ごめんなさい」
「今度から、自分だけで決めようとしないで」
ミレーヌは、少しだけ表情を和らげた。
「ボクは、ユキナとずっと一緒に生きていきたいんだ。ボクとユキナは、二人で一人なんだよ」
その言葉に、胸の奥が熱くなった。
「分かったら、ボクにどうしてほしいか言ってみてよ」
僕は、ミレーヌの手を取った。
「すごく危険な依頼だけど、僕と一緒に来てください」
ミレーヌは、一瞬だけ泣きそうな顔をした。
けれどすぐに、いつもの明るい笑みを浮かべた。
「うん。ボクもユキナと一緒に行くよ」
それから、少しだけ頬を膨らませる。
「たったこれを言うだけで済むのに、ボク達、つまんない喧嘩しちゃったね」
「そうだね」
僕達は、朝日に包まれながら、もう一度抱きしめ合った。
大切にするとは、守ることだけじゃない。
一緒にいたいというミレーヌの気持ちを、僕は分かっていなかった。
これから僕は、ミレーヌとたくさんの経験をすることになるだろう。
ミレーヌを危険に晒すこともあると思う。
その時は、ちゃんと頼ろう。
ミレーヌが辛い時に傍にいるというのは、命懸けで守るという意味だけではない。
同じ場所に立ち、同じものを見て、同じ危険を選ぶことでもあるのだ。