君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百三話 未来のための船出
クヌートとフェリシアが泊まっている宿へ、僕とミレーヌ、シグレさん、セシルさんの四人で向かった。
二人が泊まっている宿は、冒険者が使うには少し高級だった。
玄関先の石畳は綺麗に磨かれているし、扉の金具にも錆一つない。
給仕の服装も整っていて、客層も落ち着いている。
クヌートがフェリシアを苦労させないために、かなり気を使って宿を選んでいるのが分かった。
もっとも、金を払えば誰でも泊めてくれるわけではないらしい。
ハーフエルフだからと嫌な顔をしない宿を探すだけでも、相当苦労したのだろう。
宿に入ると、見覚えのある少女がこちらに気づいた。
「ユキナさん、お久しぶりです」
「ミリアちゃん? どうしてここに?」
そこにいたのは、以前出会ったハーフエルフのミリアちゃんだった。
ミリアちゃんは少し照れたように笑う。
「クヌートさんが塾を開くまで、ここで寝泊まりして勉強させてもらってるんです。フレーベルにいるハーフエルフの子達も何人か集まっていますよ」
「もうそんなことまで始めてるの?」
僕が驚くと、ミリアちゃんは嬉しそうに頷いた。
「はい。クヌートさんもフェリシアさんも、すごく忙しそうです。でも、私達にも本を読ませてくれたり、字を教えてくれたりするんです」
早速、お金を惜しまず使っているらしい。
昼を回った頃なので出かけているかと思ったけれど、休息日にしていたらしく、クヌートとフェリシアは部屋で読書をしていた。
僕達が部屋に通されると、クヌートは本から顔を上げた。
「揃ってどうした。何か厄介事か?」
「分かるの?」
「お前達が四人で来る時は、大体そうだ」
クヌートはそう言って、本に栞を挟んだ。
部屋の机の上には、地図や書類がいくつも広げられている。
土地の位置を書いたものや、建物の見取り図らしいものもあった。
「これは?」
僕が尋ねると、フェリシアが少し嬉しそうに説明してくれた。
「集合住宅の候補です。兄様と一緒に、不動産屋さんや役所を回って調べていたんです」
「集合住宅って、ハーフエルフの子達が暮らす場所?」
「はい。すぐに塾を開くのは難しいので、まずは住む場所と、勉強できる部屋を確保しようと思いまして」
クヌートは苦笑する。
「もっとも、簡単にはいかんがな」
「やっぱりハーフエルフだから?」
「そうだ。金はある。だが、金だけでは買えないものもある」
クヌートは机の上の地図を指で叩いた。
「この辺りの物件は安いが治安が悪すぎる。子供を住まわせるには向かない。こっちは立地はいいが、周辺住民がハーフエルフを嫌がる」
「ひどい……」
ミレーヌが顔を曇らせる。
フェリシアは静かに微笑んだ。
「でも、前よりは良いんです。今までは、住む場所を選ぶことさえできませんでしたから」
「そうだな」
クヌートは頷く。
「それに、役所に出す書類も多い。保証人も必要だ。役人に渡す礼もいる」
「礼?」
「賄賂だよ」
セシルさんが肩をすくめた。
クヌートは否定しなかった。
「綺麗ごとだけでは済まないのさ。役人に袖の下を渡し、近隣の住民には挨拶の品を配る。そうしないと、ハーフエルフが集まる場所など簡単に潰される」
「そんな……」
「怒るな、ユキナ」
クヌートは僕の顔を見て、少しだけ笑った。
「俺もフェリシアも、その程度の理不尽には慣れている。それに、今は腹を立てるより先に、居場所を作る方が大事だ」
以前のクヌートなら、こんな未来の話をすることさえなかったかもしれない。
けれど今は違う。
クヌートもフェリシアも、自分達だけではなく、他のハーフエルフのために場所を作ろうとしている。
それが少し嬉しかった。
僕達は、商船護衛の依頼について説明した。
海で商船が襲われていること。
犠牲者が三百人に増えたこと。
誰も依頼を受けようとしていないこと。
そして、僕とミレーヌ、シグレさんとセシルさんが依頼を受けると決めたこと。
話を聞き終えると、クヌートはあっさりと言った。
「いいぞ」
「私とクヌート兄様も一緒に行きます」
フェリシアも迷いなく頷く。
あまりにも決断が早くて、逆に僕の方が不安になった。
「えっと、お願いしておいて何だけど。危険な依頼だって分かってるよね?」
「危険だから、俺とフェリシアに頭を下げに来たのだろう?」
クヌートが当然のように言う。
「船の上なら逃げ場はない。海の魔物相手なら、魔法の支援がなければ厳しい。つまり俺達が必要だ」
「報酬も良いですし、私も兄様も一緒に行きます。皆さんが一緒なら、大丈夫でしょう」
フェリシアも落ち着いていた。
肝の座った兄妹だった。
これが、苦労して生きてきた二人と、家族に大切に育てられてきた僕との違いなのだろうか。
「それに、先立つものはいくらあっても困らん」
クヌートは机の上の書類を指で弾いた。
「集合住宅を買うにも、塾を開くにも、子供達に本を与えるにも金がいる。夢を叶えるには、理想だけでは足りない」
「兄様はそう言いますけど、本当は子供達に安心して眠れる場所を作りたいだけなんです」
フェリシアが優しく微笑む。
「今の宿も悪くありません。でも、ずっと宿暮らしというわけにはいきませんから」
「フェリシア、余計なことを言うな」
「事実ですから」
クヌートは少しばつが悪そうに視線を逸らした。
僕は思わず笑ってしまった。
やっぱり、クヌートは優しい。
ただ、その優しさを素直に見せるのが苦手なだけなのだ。
こうして、僕達六人は同じ船に乗ることが決まった。
鋼級冒険者を六人まとめて失うかもしれない依頼。
マリアさんは、きっと頭を抱えているだろう。
それでも、僕達は行くと決めた。
彼女のためにも。
これ以上犠牲者を出さないためにも。
そして、それぞれが守りたい未来へ進むためにも。
必ず、生きて帰らなければならない。