君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百四話 シャムド男爵の最後の船
第百四話 シャムド男爵の最後の船
3日後、僕達はフレーベル国最大の港、シュマーゼル港にいた。
本来なら、この港はもっと騒がしい場所なのだと思う。
東方から運ばれてくる香辛料や香料。真珠に似た丸い宝石パーヌ。白く滑らかなハクプの器。そして、貴族達が好むシクという光沢のある高級な布地。
それらを求める商人達で、港はいつも賑わっているはずだった。
けれど、今のシュマーゼル港には活気がない。
大きな倉庫の前には荷馬車が並んでいるのに、積み荷はほとんど動いていない。水夫達は縄を抱えたまま所在なさげに立ち、商人達は帳簿を片手に苛立った顔で海を見ている。
原因は、海の魔物だった。
最近になって外洋船の被害が相次ぎ、東方との交易はほとんど止まっているらしい。
フレーベル国にとって、これはかなり痛い。
こちらから東方へ売る品は毛皮や武器、ガラスや木材などが中心だ。役には立つけど、重さの割に値段は高くない。反対に、東方から来る品は軽くて高価な贅沢品ばかり。
差額は銀で支払うしかない。
つまり船が止まれば品が入らないだけではなく、商人達の資金繰りも、国の銀貨の流れも滞る。
港に漂う重苦しさは、魚の臭いや潮風だけのものではなかった。
その中で、僕達の依頼主であるシャムド男爵の屋敷だけは、港を見下ろすように建っていた。
◆◆◆
「君たちが護衛を引き受けてくれた冒険者かね」
応接間に通された僕達を見て、シャムド男爵はそう言った。
痩せた中年の男性だった。身なりは立派だ。着ている服も、指にはめた指輪も、港の商人達とは比べものにならないほど上等なものだと分かる。
けれど、その顔色はあまり良くなかった。
男爵の背後には、屈強な護衛が二人立っている。僕達が少しでも不審な動きをすれば、すぐに割って入れる位置だ。
シャムド男爵は僕達を一人ずつ見た。
僕。ミレーヌ。シグレさん。セシルさん。そして、クヌートとフェリシア。
その視線がクヌートとフェリシアに向いた時、わずかに眉が動いた。
この国では、ハーフエルフへの偏見がまだ根強い。金に汚い、盗みを働く、信用できない。そんな勝手な噂を信じる者は少なくない。
目の前の男爵も、きっと例外ではないのだろう。
だけど、僕達の中で最高の魔法使いは、その二人だ。
もちろん、初対面のシャムド男爵にそれが分かるはずもない。
「鋼級と聞いていたが……ずいぶん若いな」
男爵は隠す気のないため息をついた。
それは仕方がないと思う。
僕とミレーヌはまだ子供に見える年齢だし、シグレさんとセシルさんも冒険者としては若い。しかもクヌートとフェリシアは、この世界では警戒されやすいハーフエルフだ。
頼もしい護衛を期待していた依頼主からすれば、不安に思うのも無理はなかった。
セシルさんが一歩前に出る。
「ご不満なら、今からでも別の冒険者に替えますか?」
軽い口調だったけど、目は笑っていなかった。
シャムド男爵は返事に詰まった。
代わりなど、ほとんどいないのだ。
この依頼は報酬が高い。けれど、その分だけ危険も大きい。海の魔物が出る海域を抜けて、東方まで船を出す。失敗すれば船ごと沈む。
下調べをしてくれたセシルさんによれば、他にも護衛は集まっているらしい。
ただし、高額報酬に目がくらんだ者か、借金で後がない者が多いという話だった。
「……いや。引き受けた以上、働いてもらう」
シャムド男爵は低い声で言った。
その声には、怒りよりも焦りの方が強くにじんでいた。
「私に残された外洋船は、もう一隻しかない。海上損失の補償を行っていた組合からも、今後の補償は打ち切ると通達された。この船が沈めば、私は終わりだ」
男爵の指が、肘掛けを小さく叩いた。
こつ、こつ、と乾いた音が応接間に響く。
「だが、無事に東方へ辿り着き、香辛料と香料を仕入れて戻れば、まだ立て直せる。私にはその航海に賭けるしかない」
だから、この人は僕達のような冒険者にも頭を下げるしかなかったのだ。
屋敷も、船も、商会も、これまで築いてきたものも。
全部を最後の一隻に乗せている。
「頼んだぞ」
シャムド男爵はそう言い残し、応接間を後にした。
扉が閉まると、部屋の空気が少しだけ緩む。
セシルさんが肩をすくめた。
「やれやれ。嫌な依頼だねえ。失敗したら海の藻屑。成功しても、依頼主からは最後まで疑われそうだ」
「それでも、受けた以上はやるしかありません」
シグレさんが静かに言う。
クヌートは何も言わなかった。
フェリシアも、俯いたまま杖を握っている。
シャムド男爵の視線が気にならないはずがない。
僕は二人に声をかけようとして、少し迷った。
下手に慰めても、かえって傷つけるかもしれない。
その時、ミレーヌが明るい声を出した。
「大丈夫だよ。ボク達がちゃんと仕事すれば、あの男爵さんも見る目を変えるって」
「……簡単に言うな」
クヌートが小さく返す。
けれど、その声にいつもの刺々しさは少なかった。
「簡単じゃないから、みんなでやるんだよ」
ミレーヌは当たり前みたいに笑った。
その笑顔に、僕は少しだけ救われる。
応接間を出ると、屋敷の窓から港が見えた。
係留された船の中で、ひときわ大きな帆船が静かに波に揺れている。
四本のマストを持つ、細長く美しい船体。
あれが、シャムド男爵に残された最後の外洋船。
そして、僕達が命を預ける船だった。