君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百五話 陽光に揺れる記憶
僕達は、今日から護衛する船へ向かった。
港の桟橋に近づくにつれて、胸の奥が少しずつ高鳴っていく。
遠くから見ても大きかった船は、近くで見るとさらに迫力があった。
「うわあ……大きな船だね!!」
思わず声が出た。
全長は七十メートルくらいだろうか。細長い船体に、四本のマスト。帆はまだ畳まれているけれど、それでも海に出ればかなり速そうだ。
前世の知識で言えば、クリッパーに似ている。
大量輸送より速度を重視した船だ。
今回は木材のような重くてかさばる積み荷はほとんど載せず、東方での買い付けに使う銀を中心に積むらしい。
余計な荷を減らし、危険な海域を少しでも早く抜ける。
理屈は分かる。
けれど、銀を積んだ外洋船なんて、まさに宝船だ。
シャムド男爵がどれだけ追い詰められているのか、改めて分かった気がした。
「ゲームで見たのと全然違う」
ぽつりと呟いてから、しまったと思った。
「ゲームって?」
隣にいたミレーヌが不思議そうに首を傾げる。
この世界でゲームと言えば、チェスやカードのような遊びを思い浮かべるだろう。
「ああ、うん。帆船のおもちゃがあるんだよ」
僕は慌てて誤魔化した。
「ユキナ、子供の頃から船が好きだったもんね。今度ボクと遊ぼうよ」
「あはは。もう船を浮かべて遊ぶ歳でもないけどね」
ミレーヌは、池や川に浮かべるおもちゃの船を想像したようだった。
それでいい。
僕は前世で、本物の船を見たことがなかった。
ずっと病院のベッドの上にいて、体調のいい日にゲーム機を触るくらいしかできなかったからだ。
画面の中で帆船を動かし、港から港へ交易品を運ぶ。
それだけでも楽しかった。
けれど、目の前にある本物の船は、画面の中のどんな船とも違っていた。
潮の匂い。
波に揺れる船体。
軋む木材の音。
白く畳まれた帆。
それら全部が、僕の知らなかった世界だった。
羨ましいと思わないで欲しい。
病室で一日中ゲームをしていられる生活なんて、少しも羨ましいものじゃない。
もし誰かが羨ましいと言うなら、僕はすぐにでも代わったと思う。
「ユキナ?」
ミレーヌの声で、僕は我に返った。
彼女の緑の髪が、潮風に揺れている。
その姿を見て、ふと思った。
ミレーヌにも、前世というものがあったのだろうか。
もしあったのなら、そこには僕の知らない時間がある。
誰かと出会って、誰かを好きになって、僕の知らない人生を生きていたのかもしれない。
そう考えると、胸が小さく痛んだ。
馬鹿だと思う。
今、ここにいるミレーヌはミレーヌなのに。
過去があったとしても、それは僕がどうこう言えるものじゃない。
それでも、少しだけ嫌だと思ってしまう自分がいた。
陽光が海面に反射し、強い光となって僕の目を射した。
眩しさに、思わず目を閉じる。
その瞬間だった。
◆◆◆
前世で入院していた病院の中庭。
僕はベンチに座っていた。
その日は珍しく体調が良くて、看護師さんに許可をもらって外に出ていたのだと思う。
白い建物。
消毒液の匂い。
手入れされた花壇。
遠くから聞こえる車椅子の音。
病院の外なのに、そこもやっぱり病院の一部だった。
その時、同い年くらいの女の子に声をかけられた。
綺麗な長い髪をした子だった。
大きな瞳。
よく笑う口元。
明るくて、人懐っこくて、こちらの遠慮なんて気にしないような子。
「君、名前なんて言うの? ボクはね、未来。ミクって言うんだよ」
「僕はユキナ。この病院に入院してるんだ」
「そうなんだ。ボクも一緒だよ」
そう言って、その子は僕の隣に座った。
「よかったら、友達になって欲しいな」
「え、でも僕は……」
「ボクと友達になってよ。ね♪」
断る理由を探しているうちに、彼女はもう笑っていた。
その笑顔が、やけに眩しかった。
◆◆◆
「ユキナ、ユキナ。どうしたの?」
目を開けると、ミレーヌが僕の顔を覗き込んでいた。
海面に反射した光がまだ眩しい。
僕は何度か瞬きをして、今の光景が前世の記憶だったのだと気づく。
忘れていたわけじゃない。
でも、ずっと思い出せなかった記憶だった。
「未来……ミク?」
口から名前がこぼれた。
「ミクって誰? ボクはミレーヌだよ」
ミレーヌが少し困ったように笑う。
「え、あ。ごめんね」
どうしてだろう。
前世で出会ったあの女の子の顔が、一瞬だけミレーヌと重なった気がした。
同じなのかもしれない。
違うのかもしれない。
確証なんて何もない。
けれど、あの子もミレーヌみたいに快活で、陽気で、こちらの心に遠慮なく入ってくる子だった。
何度か中庭で話した記憶がある。
病気のこと。
好きな遊びのこと。
退院したら何がしたいか。
僕はあの頃、少しずつ心が荒んでいた。
どうせ治らない。
どうせ外には出られない。
そう思いかけていた。
でも、あの子が笑って話しかけてくれたから、僕はずいぶん救われたのだと思う。
僕が死んだあと、あの子はどうなったのだろう。
病気は治ったのだろうか。
退院できたのだろうか。
幸せになっていて欲しい。
そう思った。
「ユキナ、もしかして船に乗るの苦手だったりする?」
ミレーヌが心配そうに僕を見る。
「ユキナ、乗り物酔いするもんね。そういう時は、お父さんが調合した乗り物酔いによく効く煎じ薬だよ♪」
「ミレーヌのお父さんのお薬はよく効くからね」
「当然だよ。ボクのお父さんは世界一の名医なんだから」
ミレーヌは、ふんすと胸を張った。
その仕草が可愛くて、僕は少し笑ってしまう。
ミレーヌはお父さんのことが本当に好きなのだと思う。
マリータさんを亡くしてから、ミレーヌのお父さんは彼女を連れて僕の街へ移り住んできた。
腕のいい医者で、薬学が中心だったあの街ではとても頼りにされていた。
僕も何度か世話になったことがある。
優しくて、でも患者の前では決して弱音を見せない人だった。
「ユキナ、どうしたの? 本当に船が苦手なの?」
「ううん。ミレーヌのお父さんのことを考えてた」
「ボクのお父さんのこと?」
「うん。今頃どうしてるのかなって思ってね」
「今頃、たくさんの患者さんに囲まれて忙しくしてるよ♪」
ミレーヌは迷いなくそう言った。
その声には、父親への信頼が満ちている。
この旅が一区切りしたら、ちゃんと挨拶に行かないといけない。
ミレーヌを大切にしています。
これからも一緒に旅を続けます。
そう伝えられるように。
そのためにも、まずはこの護衛任務をやり遂げる。
僕は目の前の帆船を見上げた。
白い帆を畳んだ四本のマストが、青空に向かって伸びている。
海の向こうに、何が待っているのかは分からない。
それでも、行くしかない。
僕達は、シャムド男爵の最後の船に乗るのだから。