君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百七話 海を渡る者たち
けれど、その気分は船室に戻った途端、少し冷めた。
僕達が長い航海を過ごす部屋は、予想よりは清潔だった。ベッドも人数分ある。
ただし、快適とは言えない。
同室で、仕切りもほとんどない。プライバシーなんてあったものじゃない。テーブルの上にはワインやビールのジョッキが並び、護衛達の何人かは、出航してすぐに酒を飲み始めていた。
これじゃあ、まるで海賊だ。
そう思った。
特に気になったのは、男達の視線だった。
ミレーヌやフェリシアを見る目に、遠慮がない。
ミレーヌが少し身を強張らせ、僕のそばに寄った。
「まったく。飢えた目で小娘を見るんじゃないよ、スケベ共」
セシルさんが一喝した。
その声に、男達は一瞬こちらを見たが、僕達の胸元にある鋼級冒険者のペンダントに気づいた途端、露骨に目を逸らした。
どうしてこんな船に、鋼級冒険者が六人もいるのか。
そう思っているのだろう。
「ミレーヌ達はこっちに来な。あいつらと近くにいると落ち着かないだろ」
セシルさんが、自分のベッドの方へ手招きする。
「まあ、顔も態度も悪いが、全員が本物の悪党ってわけでもないさ。故郷で食えなくなったか、親に捨てられたか、借金で流れてきたか……そういう連中だろうね」
だから許せ、という意味ではない。
セシルさんの声は、そう言っていた。
僕達は彼女に従って、部屋の一角へ移動する。
そこには、すでに何人かの女性冒険者が集まっていた。自然と女性だけの場所ができているらしい。
その中の一人が、こちらを見てにやりと笑った。
日に焼けた茶色の肌。黒い瞳。赤い髪。動きやすそうなレザーアーマーを身につけ、腰には大きな剣を差している。
耳には、宝石のように輝く貝殻のピアス。
首元には、竜をかたどった紋章の刺青があった。
どう見ても、フレーベル国の人ではない。
「あたいはクボハ。見ての通り、別の国の人間さ。よろしくな、坊や」
そう言って、クボハさんは胸元につけた冒険者ギルドのバッジを見せてくれた。
鉄級冒険者のものだった。
周囲には他にも十人ほどの女性冒険者がいる。
肌の色も、髪の色も、瞳の色も様々だ。
船に乗るというのは、いろいろな国の人間と同じ場所で過ごすことでもあるのだと、改めて思った。
ただ、僕には彼女達の言葉がよく分からない。
簡単な共通語で挨拶くらいはできるけれど、細かい話になると聞き取れなかった。
「私でよければ、翻訳しましょうか?」
そう言ったのはフェリシアだった。
彼女は、クボハさん達に向かって流暢な異国の言葉で話し始める。
驚いた。
相手の表情がすぐに和らぎ、親しげに言葉を返している。
ちゃんと通じているのだ。
「こちらの方はクシャナさん。こちらはパホさんだそうです」
フェリシアに紹介されたのは、茶色の肌をしたクシャナさんと、黒い肌をしたパホさんだった。
僕は二人と握手する。
二人とも簡単な共通語なら分かるようだけど、詳しい話はフェリシアに訳してもらう必要があった。
クシャナさんの故郷は、海に囲まれた国らしい。
耕作できる土地が少ないため、多くの人が船に乗り、魚を獲ったり交易をしたりして暮らしているという。無事に帰ったら、稼いだお金で故郷に家を建てるのが夢だそうだ。
パホさんの国は、大陸の海岸沿いにある交易国家だという。
宝石や金を元手に商売をしている人が多く、船に乗る者も珍しくないらしい。彼女はお金を貯めて、いつか内陸の豊かな土地に農園を持ちたいのだと言った。
海の男という言葉は聞いたことがある。
でも、海の女達もいるのだ。
当たり前のことなのに、僕には少し新鮮だった。
「予想はしていましたが、国際色豊かですね」
フェリシアが小さく呟いた。
その瞬間、何人かの視線が彼女に集まった。
珍しいものを見るような目。
値踏みするような目。
ハーフエルフだからだろう。
僕は思わず、フェリシアと男達の間に立った。
男達の視線が、フェリシアから僕の背中に移る。
フェリシアは少し困ったように笑い、軽く頭を下げた。
「ユキナ、ありがとうございます。でも、いいの。慣れていますから」
「慣れる必要なんかないよ」
自分でも、声が少し硬くなったのが分かった。
フェリシアは怒っていない。
むしろ、僕を落ち着かせるように優しく首を振っている。
でも、僕は腹が立っていた。
クヌートもフェリシアも、ずっとこんな視線の中で生きてきた。
何も悪いことをしていないのに。
ただ、ハーフエルフとして生まれただけで。
「フェリシアは、どこでそんなに言葉を覚えたの?」
僕は気持ちを落ち着かせるために、話題を変えた。
「私とクヌート兄様を育ててくださった魔法使いの方が教えてくれました」
「凄く頭のいい人だったんだね」
「はい。魔法だけでなく、数学や言語にも通じた、とても多才な方でした」
そう言って微笑むフェリシアは、本当に嬉しそうだった。
捨て子同然だったクヌートとフェリシアを育て、魔法だけではなく、言葉や学問まで教えてくれた人。
きっと、ただ強いだけの魔法使いではなかったのだろう。
そういう人を、賢者と言うのかもしれない。
「でも、私とクヌート兄様にとっては、ユキナもミレーヌも大切な人です」
「どうして?」
「ハーフエルフだと知っても、態度を変えなかったからです」
フェリシアは静かにそう言った。
僕には、それが不思議だった。
「当たり前だよ。綺麗な人達だなとは思ったけど、それだけだし」
「そういうことを私に言うと、ミレーヌが妬きますよ」
フェリシアがくすりと笑う。
僕は慌ててミレーヌを見る。
ミレーヌは頬を少し膨らませていた。
「ユキナ。今のは、あとでちょっとだけ説明してもらうからね」
「あ、うん……ごめん」
セシルさんがそれを見て、愉快そうに笑った。
船は進む。
港はもう遠くなり、窓の外には青い海だけが広がっている。
この船には、いろいろな国の人が乗っている。
故郷に家を建てたい人。
農園を持ちたい人。
借金から逃げるように乗った人。
報酬に目がくらんだ人。
そして、ただ生まれのせいで視線にさらされる人。
フェリシアは、優しくて、賢くて、こんなにも可愛い人なのに。
ハーフエルフというだけで差別される。
こんな理不尽な世界を変えたいと思うのは、僕の傲慢なのだろうか。
答えはまだ分からない。
けれど少なくとも、目の前で大切な人が傷つけられるのを、黙って見ているつもりはなかった。