君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百八話 海を渡る者たちの夢
船に乗って五日が過ぎた。
僕とミレーヌは、フェリシアに異国の言葉を教わっている。
最初は挨拶くらいしか分からなかったけれど、少しずつ耳が慣れてきた。最近では、クシャナさんやパホさんとも簡単な会話ならできるようになっている。
船の上というのは、船員以外には案外することがない。
散歩といっても甲板の上くらいしか歩けないし、そこでは船員達が忙しく働いている。帆を張ったり、風向きに合わせて帆の角度を変えたり、潮の流れを見て舵を調整したりと、見ているだけでも大変そうだった。
追い風だから楽に進んでいるのかと思っていたけれど、実際はそう単純ではないらしい。
少しでも良い風をつかまえないと、船の速度は落ちる。波と潮の流れもある。船員達は休む間もなく動き続けていた。
だから僕達は、船室の片隅でフェリシアに言葉を教わったり、通訳してもらいながら異国の話を聞いたりして過ごしていた。
クシャナさんの国は、大小たくさんの島から成る国らしい。
農業に向いた土地は少ないけれど、暖かく湿った気候のおかげで木はよく育つ。その木材を輸出し、やがて別の国で仕入れた品をさらに別の国へ売る交易国になっていったそうだ。
自分達の木で船を作り、海を渡る。
そうやって暮らしてきた国なのだという。
「さすがに、このザ・セント号ほど大きな船は少ないけどね」
フェリシアの通訳を挟みながら、クシャナさんはそう笑った。
パホさんの国は、大陸の海岸沿いにある交易国らしい。
内陸から宝石や金を運び、それを元手に外国と商売をする。農業も盛んで食料には困らないため、クシャナさんの国ほど海に頼りきりではないけれど、船に乗る人も多いそうだ。
家は竹のような木を編み、その上に泥と土を塗って作るらしい。
暖かく、風通しの良い土地には合っているのだという。
「それに、交易で得たお金で、図書館や学校も作られているそうです」
フェリシアが少し嬉しそうに通訳する。
「パホさんは、海の仕事でお金を貯めたら、いつか農園と学校を作りたいそうですよ」
「学校かあ」
僕はパホさんを見る。
パホさんは、照れたように笑って頷いた。
海を渡る人達にも、それぞれ帰る場所や夢がある。
そんな当たり前のことを、僕は改めて知った気がした。
クボハさんの国は、森に覆われた暑い地方で、香料や香辛料の取引が盛んらしい。
僕達の国では高価な香辛料も、クボハさんの国ではかなり安く手に入るという。
クボハさんはシャムド男爵と交渉し、自分用の小さな樽を一つ、船に載せる契約をしていた。
自分の国で買った香辛料をフレーベル国で売れば、大きな利益になるらしい。
すでにかなりの資金を貯めていて、将来は自分の船を買い、故郷の商館と直接交易したいのだという。
「船があると、そんなに儲かるのですか?」
僕が尋ねると、クボハさんは口の端を上げた。
「儲かるよ。もちろん沈めば終わりだけどね。でも、危険だからって手を出さない理由にはならないさ」
クボハさんは、フレーベルの言葉も少し話せる。
将来この国と直接取引するつもりだから、言葉も航海術も学んでいるのだという。
ただの護衛ではない。
この船に乗っている人達は、みんなそれぞれの目的を持っているのだ。
そんな話をしていると、少し離れた場所で酒を飲んでいた護衛達の笑い声が大きくなった。
男達は朝から晩まで酒を飲んでいる。
酔いつぶれるほどではないにしても、賭け事をしたり、大声で笑ったり、時には言い争ったりしている。
いざという時、本当に戦えるのだろうか。
僕が不安に思っていると、シグレさんが眉をひそめて立ち上がった。
「もう我慢ならん」
そのまま男達の方へ向かおうとしたシグレさんを、セシルさんが手で制した。
「まあまあ。今怒鳴りつけたって、余計に荒れるだけだよ」
「だが、あれでは護衛どころではない」
「分かってるさ。だから、荒れる前に逃がし道を作るんだよ」
セシルさんはそう言って、クボハさん、クシャナさん、パホさん達に目を向けた。
三人は顔を見合わせ、それから小さく頷く。
どうやら、意味が分かっているらしい。
「セシル。何をするつもりだ」
シグレさんの声が低くなる。
「今夜、船長に話をつけて慰労会にする。飯を少し良くして、酒を出して、歌わせて、腕相撲でもさせて、小銭の賭け事くらいは許す」
「騒ぎを助長する気か?」
「逆だよ。放っておけば、勝手に騒いで勝手に喧嘩を始める。だったら、こっちで場を作って、線を引いて、暴れる前に止めるのさ」
セシルさんの声は軽い。
けれど、その目は真剣だった。
「武器は預ける。賭けは小銭まで。酔って絡んだらその場で退場。女性陣に触れたら腕を折る。これくらい決めておけば、ただの酒盛りで済む」
「……私は参加しないぞ」
「分かってる。シグレにはユキナ達を見ててもらうよ。子供達を酔っ払いの近くに置くつもりはない」
「子供じゃないよ」
ミレーヌが少し不満そうに言う。
セシルさんは笑った。
「そうだね。でも、こういう場に慣れてない子を、わざわざ酔っ払いの輪の中に放り込む趣味はないんだ」
僕は黙っていた。
正直、よく分からなかった。
悪いことをしているなら止めればいい。酔って騒ぐなら怒ればいい。そう思ってしまう。
でも、セシルさんは別のものを見ている。
怖さ。
不満。
退屈。
いつ死ぬか分からない航海の中で、少しずつ溜まっていく何か。
それが爆発する前に、わざと小さく逃がす。
たぶん、それも生き延びるための知恵なのだろう。
近くで聞いていた赤ら顔の傭兵が、酒臭い息を吐きながら笑った。
「おう、いいじゃねえか。船に乗ったら、いつ死ぬか分かんねえからな。生きてるうちに飯くらい楽しませてもらわねえと」
「楽しむのは勝手だが、暴れるなよ」
シグレさんが睨む。
傭兵は一瞬だけ肩をすくめた。
「分かってるって。鋼級様を怒らせるほど馬鹿じゃねえよ」
その言葉が本当かどうかは分からない。
でも、少なくとも今は、男達もこちらを警戒している。
それだけでも、無秩序に騒がれるよりはましなのかもしれない。
ただ、僕にはまだ分からなかった。
セシルさんの言う「逃がし道」が、本当に身を守る術になるのか。
その答えは、その夜の慰労会で知ることになる。