君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第十一話 家族会議――愛されているからこそ――
その日の夕食は、いつもより少し静かだった。
食卓には父さんと母さん、それに妹が二人。
母さんの得意な豚肉の炙り焼きが皿に並び、切り分けると肉汁がじわりと溢れた。
でも今夜はそれを落ち着いて味わう余裕もなかった。
皿とナイフが触れ合う音ばかりが、やけに耳につく。
やがて父さんがナイフを置いた。
「考えたが、やはり父さんは反対だな」
低い声だった。
怒鳴るでもなく、突き放すでもない。
だからこそ、その言葉の重さが真っ直ぐ胸に落ちてきた。
「俺も子どもの頃は、そういうものに憧れたことがある。だが大人になれば夢から醒めるものだ。その時に後悔しても遅い。ユキナは、わざわざ危険な道を選ばなくても十分にやっていける」
父さんはそこで少しだけ視線を落とした。
「……お前を、危ない目に遭わせたくないんだ」
その一言に、胸の奥が強く締めつけられた。
否定されているんじゃない。
守られているのだと分かったからだ。
「酒造業なら、少なくとも食うに困らん。家もある。家族もいる。わざわざ命を削る道に行かなくても、お前は幸せになれる」
父さんの眉間には深い皺が寄っていた。
怒っているというより、どうしたら僕を危険から遠ざけられるのか、必死に考えている顔だった。
そんな父さんに、母さんが静かに口を開く。
「私はユキナを支持するわ」
父さんが顔を上げる。
僕も思わず母さんを見た。
「男の子は、このくらい覇気があるほうが頼もしいもの。それに経験が多いことは悪いことじゃないわ。ただし――死なないことが条件だけど」
母さんは少し笑った。
でもその目の奥には、はっきりと心配の色がある。
「ユキナも、もうすぐ十五歳になるのよ。立派な大人です。この子の人生は、この子が選ぶべきだわ」
母さんは昔、冒険者ギルドで働いていた。
危険も厳しさも知った上で、それでも僕の側に立ってくれている。
母さんは穏やかな声で続けた。
「この子をここで押さえつけたら、きっとずっと苦しむわ。笑って蔵の仕事をしていても、心のどこかで『行きたかった』って思い続ける。私は、それは嫌」
そう言って、母さんは僕の皿に豚肉を一切れ載せた。
子どもの頃から変わらない、何気ない仕草だ。
なのに今夜は、それだけで泣きたくなるくらい優しく感じた。
「危ないのは分かってるわ。怖いに決まってる。だけど、それでもこの子が選びたいと言うなら、親としては生きて帰ってこられるように支えるしかないじゃない」
父さんは何も言わなかった。
ただ難しい顔のまま、卓の木目を見つめている。
「ユキナ兄が冒険者になるなら、あたしが婿を取ってこの蔵を継げるんでしょ? あたしは賛成」
そう言って手を挙げたのは、二つ年下の妹、シズクだ。
いつもの軽い調子だったけれど、そのあとでちらっと僕を見る目つきは少しだけ真面目だった。
「……でも、ちゃんと帰ってきてよね。たまにふらっと戻ってきて、お土産くらいは持ってきなさいよ」
わざとらしくそっぽを向く。
けれど耳が少し赤い。
「わたしはユキナ兄が跡を継いでほしい。ユキナ兄が死ぬのは絶対いや!!」
四つ年下のミオは半分泣きそうな顔でそう言った。
小さな手でスプーンをぎゅっと握りしめ、今にも席を立ちそうなくらい身を乗り出している。
「ユキナ兄、すぐ無茶しそうだもん。やだ。絶対やだ」
その言葉に、胸が痛くなる。
こんなに真っ直ぐ引き止められて、軽く受け流せるわけがない。
「ごめん」
思わず口をついて出た。
謝るのは違う気もしたけれど、そう言わずにいられなかった。
「謝らなくていいわよ」
母さんが静かに言う。
「家族なんだから、心配するのは当たり前。反対するのも、賛成するのも、全部ユキナが大事だからよ」
その一言で、食卓の空気が少しだけほどけた。
父さんも、母さんも、シズクも、ミオも、誰一人として僕を軽んじていない。
むしろ逆だ。
大事だからこそ悩み、大事だからこそ意見が分かれるのだ。
しばらくの沈黙のあと、父さんが深く息を吐いた。
その仕草は、諦めたというより、腹を括った人のものに見えた。
「……神聖魔法の塾に通うことは許可しよう」
思わず顔を上げる。
椅子ががたっと鳴った。
「本当!?」
「ただし条件つきだ」
父さんの目は真っ直ぐだった。
厳しい。でも、その奥にあるのは怒りじゃない。
「卒業までに決意が変わらなければ、その時に生きていける技量があるか試す。冒険者として生きていくには、最低でも銅級の技能が必要だ。武芸だけでなく、神聖魔法もだ。後のことはそれから考えよう」
夢を見るだけでは駄目だ。
本当に望むなら、それに見合うだけの実力を示せ。
そういうことなのだろう。
「ありがとう、父さん」
そう言うと、父さんは少しだけ顔をしかめた。
「礼を言うのはまだ早い。お前が本当にやっていけるか、俺はまだ信じ切れていない」
そこで一拍置いて、低く続ける。
「……だが、無理やり諦めさせて、お前の目から光が消えるのを見るのはもっと嫌だ」
その言葉に、僕は息を呑んだ。
父さんは不器用な人だ。
でも今の一言で十分だった。
この人は、僕の将来だけじゃなく、僕の心まで守ろうとしてくれている。
「うん」
返事をした声が少し震えた。
慌てて喉を鳴らし、僕はもう一度頷く。
「ちゃんとやる。絶対に」
母さんはそんな僕を見て、ほっとしたように目を細めた。
シズクは「なら頑張りなさいよ」と腕を組み、ミオはまだ不安そうな顔のまま、それでも少しだけ肩の力を抜いていた。
こうして家族会議は終わった。
十五歳になるまでに、銅級相当の武芸と神聖魔法を身につける。
口だけでは駄目だ。
夢を語るなら、実力で証明しなくてはならない。
でも、不思議と怖さは前より薄れていた。
反対も、心配も、厳しい条件も、全部ひっくるめて――家族が僕を愛してくれている証なのだと分かったからだ。
一週間後。
僕は神聖魔法を学ぶため、首都フレーベルへ旅立つ。