君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百十話 守るための距離
翌日から、僕達の待遇は少し変わった。
船員や他の男性冒険者達が食べているのは、干し肉と乾燥させた野菜のスープ、それに乾パンが中心だ。
もちろん、それでも船の上では普通の食事なのだと思う。
けれど、僕達が案内された船長用の食堂には、ハムや火を使わない魔法の窯で焼かれたパン、魔法の冷蔵庫に入っていた果物などが並んでいた。
「まあ、昨日の礼としてはこんなものじゃないか?」
そう言って、セシルさんはハムをフォークでつついた。
食事を取る場所も、船長や上級船員が使う食堂に変わっている。
これは単なる厚遇というより、隔離に近かった。
他の男性冒険者達と同じ場所で、僕達だけ良い食事をすれば恨みを買う。食べ物の恨みは恐ろしい。
実際、僕達が食堂へ向かう時、船室の隅からいくつもの視線を感じた。
羨ましそうな目。面白くなさそうな目。何か言いたげに口を歪める男もいた。
誰かが小さく舌打ちしたのも聞こえた気がする。
僕は思わず足を止めかけた。
自分達だけが良いものを食べているみたいで、少し後ろめたかったからだ。
けれど、セシルさんは振り返らずに言った。
「気にするんじゃないよ。あそこで遠慮して同じ場所に戻ったら、今度は向こうが遠慮しなくなる。距離を取るってのは、相手を見下すことじゃない。揉め事が起きる前に、起きにくい形にしておくことさ」
その言葉に、僕は何も言い返せなかった。
優しくすることと、無防備に近づくことは違う。
昨日から何度も聞いているはずなのに、まだ僕はその違いをうまく飲み込めずにいた。
それに、昨日の慰労会の後、ジョルジュ船長もセシルさんも考えたらしい。
荒くれ者達の中に、僕やミレーヌ、それにクヌートとフェリシアを長く置いておくのはよくない、と。
「ありがとうございます。セシルさん」
僕が礼を言うと、セシルさんは片目をつむった。
「ユキナを一人にすると、酒や賭け事を覚えさせられそうだからね」
「僕はそんな簡単に流されませんよ」
「どうだか。最初はみんなそう言うのさ」
セシルさんは楽しそうに笑う。
シグレさんは真面目な顔で頷いた。
「実際、あの連中と同じ場所に置くのはよくない。飲め、賭けろ、男なら付き合えと絡まれるのが目に見えている」
「クヌートもかい?」
セシルさんがからかうように聞くと、クヌートは不機嫌そうに眉をひそめた。
「俺はくだらない酒盛りにも博打にも興味はない」
「だから余計に絡まれるんだよ。そういう態度を面白がる奴はいるからね」
セシルさんの言葉に、クヌートは黙った。
たしかに、クヌートは言葉が鋭い。あの荒っぽい男達に囲まれたら、すぐに喧嘩になってしまうかもしれない。
だから今、僕とクヌートは女性陣と同じ食堂にいる。
僕は子供扱いされているようで少し複雑だったけれど、クヌートはそれ以上に不満そうだった。
ただ、フェリシアが隣に座っているので、強く文句は言わなかった。
◆◆◆
食後、冒険者達は会議に使う大きな船室に集められた。
「そろそろ危険地帯だ」
船長のジョルジュさんが、僕達を見回して言う。
口には相変わらずヤニを咥えているけれど、その表情は真剣だった。
「船員には言ってあるが、海賊や魔物に襲われたら基本は逃げる。戦うのは最後の手段だ」
ザ・セント号は高速帆船だ。
追い風を受ければ、並の海賊船では追いつけないほどの速度が出る。海の魔物が相手なら逃げ切れるとは限らないけれど、それでも速さは大きな武器になる。
「お前達護衛は、戦うためだけに雇ったわけじゃねえ。船が逃げる時間を稼ぎ、甲板を混乱させず、船員を守るためにいる。勘違いするなよ。無駄に格好つけて飛び出す奴は邪魔だ」
その言葉に、何人かの冒険者が不満そうな顔をする。
けれど、ジョルジュ船長は気にしなかった。
「それと、乗船前にも契約したが、寄港しても護衛は船から降りられない。港で逃げられたら困るからだ。信用しろなんて言うなよ? 俺は何度も逃げた連中を知ってる」
ジョルジュ船長の声が少し低くなる。
「もちろん、酒と新鮮な食い物、それから歌や小さな賭け事くらいの娯楽は用意する。だが、往復六十日間、勝手に船を降りることはできない。逃亡したらすぐに冒険者ギルドへ報告し、資格剥奪の手続きを行う」
船室の空気が重くなった。
「それでも逃げようとして捕まった場合は、船内規則で処罰する。海の上じゃ、規律を破った奴を放っておくわけにはいかねえ」
慣れない船内生活で苛立っている冒険者もいる。
でも、これは契約だ。
逃げられたら困るというのは、船長のわがままではない。護衛が逃げれば、残された船員と乗客の命が危なくなる。
過去に本当にそういうことが何度もあったのだろう。
ジョルジュ船長は、不満げな冒険者達を見て、にやりと笑った。
「お互い、そういう面倒は嫌だろ? 契約さえ守ってくれれば、それでいい。無事に帰れば報酬は払う。飯も酒も、できる範囲で出す。だから働く時は働け」
その言葉に、冒険者達は渋々ながらも頷いた。
軽く配置や合図の確認をしたあと、僕達はそれぞれの場所へ戻ることになった。