君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜   作:屠龍

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第百十三話 氷上の反撃

第百十三話 氷上の反撃

 

 体中が冷たい。

 

 僕が意識を取り戻した時、目の前にミレーヌの姿があった。

 

 長く美しい緑の髪が、水の中でゆらゆらと広がっている。

 

 彼女の体は、ゆっくりと暗い海の底へ沈んでいこうとしていた。

 

 ここは水中だ。

 

 そう理解した瞬間、僕は必死に手を伸ばした。

 

 ミレーヌの腕を掴む。

 

 冷たい。

 

 でも、まだ温かさが残っている。

 

 僕は彼女を抱えるようにして、光の差す方へ向かった。

 

 海面だ。

 

 あそこまで行けば、息ができる。

 

 「ぶはっ!!」

 

 海面に顔を出した瞬間、僕は飲み込んだ海水を吐き出した。

 

 喉が焼けるように痛い。

 

 隣では、ミレーヌも激しく咳き込みながら海水を吐き出していた。

 

 「ミレーヌ、大丈夫!?」

 

 「けほっ……う、うん……」

 

 ミレーヌは何とか頷いた。

 

 僕達はザ・セント号からかなり離れた海面に飛ばされていた。

 

 ウォーターブレスの直撃を受ける寸前、クヌートとフェリシアが防御魔法を張ってくれたのだろう。

 

 そうでなければ、僕もミレーヌも今頃生きていない。

 

 遠くでは、巨大なシーサーペントが海面をうねらせながら僕達を探していた。

 

 背中に乗せた幽霊船のような残骸が、波の上で不気味に傾いている。

 

 見つかるのは時間の問題だ。

 

 隣にいるミレーヌは、海水の冷たさと恐怖で震えていた。

 

 僕は彼女の肩を抱き、少しでも波から庇うように体を寄せる。

 

 「ユキナ……ボク、怖いよ」

 

 「大丈夫。ミレーヌは僕が守る。絶対に死なせない」

 

 そう言いながらも、僕には分かっていた。

 

 もって数分。

 

 長くても十分もしないうちに、シーサーペントは僕達を見つける。

 

 そうなれば、さっきの冒険者と同じように食い殺されるかもしれない。

 

 嫌だ。

 

 こんなところで死ぬのは嫌だ。

 

 せっかく生まれ変わって、ミレーヌと出会えたのに。

 

 優しくて、少し頑固で、意地っ張りで、それでも誰より可愛い彼女と恋人になれたのに。

 

 こんな海の上で、終わりたくない。

 

 僕はミレーヌの唇に、そっと自分の唇を重ねた。

 

 ほんの短い口づけだった。

 

 「絶対に君だけは死なせない」

 

 僕の言葉に、ミレーヌは震える手で僕の服を掴んだ。

 

 「……うん」

 

 その時、シーサーペントが苛立ったように咆哮した。

 

 僕達を見つけられないことに腹を立てているのだろう。

 

 巨大な口が開き、当てずっぽうにウォーターブレスを吐き出す。

 

 海面が爆ぜた。

 

 「くっ!」

 

 水柱がすぐ近くで立ち上がり、僕達は激しい波に呑まれかけた。

 

 沈みそうになりながら、必死に顔を出す。

 

 ミレーヌがまた咳き込む。

 

 海水は冷たく、体力を容赦なく奪っていく。

 

 このままでは、怪物に見つかる前に溺れてしまう。

 

 その時だった。

 

 僕の脳裏に、声が響いた。

 

 『ユキナ。我を使え』

 

 はっとして腰を見る。

 

 青龍氷牙。

 

 腰に装着していた青い剣の宝玉が、淡く明滅していた。

 

 『我の得意は水なり』

 

 そうか。

 

 僕はすぐに意味を理解した。

 

 水。

 

 海。

 

 そして、氷。

 

 「ミレーヌ、少しだけ待ってて」

 

 「ユキナ?」

 

 僕は水中で青龍氷牙を抜いた。

 

 冷たい刀身が海水に触れた瞬間、僕を中心に海面が凍り始める。

 

 白い氷が一気に広がった。

 

 僕達の周囲だけではない。

 

 氷は波を飲み込みながら広がり、ザ・セント号の方へ、そしてシーサーペントの巨体へ向かって伸びていく。

 

 「なっ……!?」

 

 突然の変化に、シーサーペントがこちらを振り向いた。

 

 ザ・セント号の船員や冒険者達も、僕達に気づいたようだった。

 

 僕はミレーヌの腕を支えながら、凍りついた海面へ這い上がる。

 

 分厚い氷だった。

 

 僕とミレーヌが乗っても、すぐには割れない。

 

 「ユキナ、これって……」

 

 「青龍氷牙にお願いした。これなら、僕達は戦える」

 

 ミレーヌは震えながらも、剣の柄を握った。

 

 その瞳に、少しずつ光が戻っていく。

 

 凍りついた海面の上で、シーサーペントが怒りの咆哮を上げた。

 

 「見つけたぞ、勇者ミレーヌ!」

 

 巨大な口が開く。

 

 再びウォーターブレスが放たれた。

 

 分厚い氷が穿たれ、海水が噴き上がる。

 

 僕とミレーヌは左右に飛び、凍った海面を走った。

 

 足元の氷が軋む。

 

 水飛沫が頬を打つ。

 

 ザ・セント号から驚きの声が上がっているけれど、振り返る余裕はない。

 

 シーサーペントは巨体を震わせながら、僕達へ迫ってくる。

 

 その瞬間、体がふっと軽くなった。

 

 目の前に透明な障壁が張られる。

 

 「クヌート、フェリシア……!」

 

 ザ・セント号の方を見ると、二人が杖を構えていた。

 

 身体強化と防御魔法。

 

 遠距離から、僕達を支援してくれているのだ。

 

 「行こう、ミレーヌ!」

 

 「うん!」

 

 僕達は氷上を蹴った。

 

 身軽になった体が、一気にシーサーペントへ迫る。

 

 僕は青龍氷牙を、ミレーヌは赤龍雷牙を構えた。

 

 巨大な鱗の隙間を狙い、二人同時に剣を突き刺す。

 

 「ぎゃあああああっ!」

 

 シーサーペントが激痛に叫び、巨体を大きく震わせた。

 

 氷の海面に亀裂が走る。

 

 逃げるつもりだ。

 

 水中へ戻れば、こちらの足場は失われる。

 

 「逃がすものか!」

 

 「逃がさない!」

 

 僕とミレーヌは同時に叫んだ。

 

 僕は青龍氷牙を横薙ぎに振るう。

 

 「全てを断つ氷の龍よ。氷の牙をもって彼の者を切り裂け! 青龍氷牙!」

 

 刀身から激しい氷飛沫が噴き出した。

 

 青い光が剣の軌跡に沿って走る。

 

 氷の刃がシーサーペントの鱗を裂き、肉の奥へ食い込む。

 

 分厚い鱗の下で、凍りついた肉が砕ける感触が手に伝わった。

 

 続けて、ミレーヌが赤龍雷牙を振るう。

 

 「天と地を貫く雷炎よ! 我が敵を焼き尽くせ、赤龍雷牙!」

 

 赤い宝玉が強く輝く。

 

 剣から噴き出した炎が、激しい雷をまとった。

 

 炎と電撃がシーサーペントの傷口へ叩き込まれ、腐った魚肉が焼けるような嫌な臭いが海風に混じる。

 

 シーサーペントがのたうった。

 

 「おのれ……! 炎ならば、水中では使えまい!」

 

 そう吠えると、シーサーペントは体をくねらせ、海中へ逃げ込もうとした。

 

 このまま逃がすわけにはいかない。

 

 「逃がすもんかあああっ!」

 

 ミレーヌが炎をまとった赤龍雷牙を、さらに深く突き刺した。

 

 傷口が激しく焼ける。

 

 だが、その瞬間だった。

 

 焼けた肉が収縮し、赤龍雷牙の刃に絡みついた。

 

 「えっ……!?」

 

 ミレーヌが剣を引こうとする。

 

 だが抜けない。

 

 刃だけではなく鍔元まで肉に食い込み、ミレーヌの腕ごと引き寄せられる。

 

 「しまった!」

 

 「かかったな、愚か者!」

 

 シーサーペントが笑った。

 

 奴の狙いはこれだったのだ。

 

 炎の通じない海中へ、ミレーヌを引きずり込むつもりだ。

 

 「ユキナ! 助けて!」

 

 ミレーヌの悲痛な叫びが響く。

 

 次の瞬間、彼女の体が氷の端から海中へ引き込まれた。

 

 「ミレーヌ!」

 

 躊躇している時間なんてなかった。

 

 海中は奴の庭だ。

 

 それがどうした。

 

 僕は生涯、ミレーヌと添い遂げると決めている。

 

 僕は青龍氷牙を握りしめ、シーサーペントとミレーヌを追って、凍った海面から海中へ飛び込んだ。

 

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