君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百十四話 海中の決着
シーサーペントとミレーヌは、海中深くへと潜っていく。
ミレーヌは赤龍雷牙を手放さない。
水中で剣を手放せば、反撃の機会を失ってしまう。いや、それだけではない。焼けた肉が刃に絡みつき、剣を引くことも離すことも難しくなっているのだ。
ミレーヌ一人なら、諦めていたかもしれない。
でも、ミレーヌは僕が助けに来ると信じている。
そのことだけは、なぜかはっきりと分かった。
海中は、青龍氷牙の得意とする場所だった。
不思議なことに、僕は水の中なのに息ができる。冷たい海水が体を包んでいるのに、胸は苦しくない。
青龍氷牙に導かれるように水を蹴ると、体はイルカのように滑るように進んだ。
シーサーペントの巨体が見える。
その傷口に突き刺さった赤龍雷牙に、ミレーヌが必死にしがみついていた。
けれど、長くはもたない。
水中で息ができないミレーヌの顔は青ざめ、苦しそうに唇が震えている。シーサーペントは彼女を振り落とそうと、巨体を何度もくねらせていた。
そのたびにミレーヌの体が前後左右へ激しく振られる。
指が剣の柄から離れかけた。
「ミレーヌ!」
僕は必死に泳いだ。
追いついた瞬間、彼女の体を支える。
ミレーヌの目が、苦しさで揺れていた。
僕は迷わず唇を重ね、息を吹き込んだ。
ミレーヌの体がびくりと震える。
その瞬間、青龍氷牙の宝玉が強く輝き、僕達を青い膜が包み込んだ。
水の中に生まれた、小さな空気の球。
そこだけが海ではなくなったように、呼吸できる空間へ変わる。
ミレーヌは激しく咳き込み、飲み込んだ海水を吐き出した。
「けほっ……げほっ……!」
「大丈夫。ゆっくり息をして」
僕はミレーヌの背中をさすった。
ミレーヌは震えながらも、僕の腕を掴む。
「ユキナ……ボク、ユキナが助けに来てくれるって、信じてたよ」
「もう大丈夫だよ」
僕はミレーヌを支えながら、シーサーペントの動きを見る。
シーサーペントは、まだ僕達が空気の膜に包まれていることに気づいていないようだった。
赤龍雷牙にしがみついていたミレーヌが力尽きたと思っているのか、体を揺らしながら、彼女が海中に投げ出された場所を探している。
「このまま、少しだけ溺れたふりをしよう」
僕が小声で言うと、ミレーヌは苦しそうにしながらも頷いた。
水中では、ミレーヌは十分に戦えない。
呼吸こそ青龍氷牙の膜でできるようになったけれど、外へ出れば水圧と水の抵抗で動きが鈍る。
ここは僕がやるしかない。
「ミレーヌはここにいて。すぐに倒してくる」
「待って、ユキナ」
ミレーヌが僕の手を掴んだ。
「ボクのエナジーを受け取って」
ミレーヌは僕の手を両手で包み込んだ。
その瞬間、温かな光が彼女の手から僕の腕へ流れ込んでくる。
勇者のエナジー。
それは炎のように熱く、それでいて僕を焼くことはなかった。胸の奥に力が満ち、冷たい海の中にいることさえ忘れそうになる。
僕の体が青い光に包まれた。
「ありがとう、ミレーヌ。少しだけ、君の力を借りるね」
「ユキナ。ボク、信じてるから」
「うん」
僕はミレーヌを一度だけ抱きしめた。
そして、青い膜の外へ飛び出す。
冷たい海水が全身を包む。
けれど、怖くはなかった。
青龍氷牙がある。
ミレーヌの力がある。
なら、戦える。
「どこに行った、勇者ミレーヌ……!」
シーサーペントは海中で唸りながら、ミレーヌを探していた。
その目の前へ、僕は泳ぎ出る。
巨大な瞳がこちらを捉えた。
「貴様……! 勇者ミレーヌはどこへやった!」
「お前なんかに渡すわけないだろ」
僕は青龍氷牙を構える。
「水中へ引きずり込めば勝ちだと思った。そこがお前の負けだ」
青龍氷牙の刀身が、白銀色に輝く。
柄に埋め込まれた青い宝玉が強く明滅し、刀身を包む氷が巨大な刃へと伸びていった。
水の中なのに、氷の刃は砕けない。
むしろ海そのものを味方につけるように、鋭く、大きく、青白い光を放つ。
「うおおおおおっ!」
僕はその氷の刃を振り下ろした。
「ぎゃあああああっ!」
シーサーペントの巨体がのけぞる。
巨大な氷刃が鱗を砕き、肉を裂いた。赤い濁りが海中へ広がり、シーサーペントの絶叫が水を震わせる。
「貴様は……何者だ!?」
「勇者ミレーヌと共に歩き、添い遂げる者だ!」
僕は叫ぶ。
シーサーペントが痛みにのたうつ。
「おのれ……! おのれえええっ!」
巨体が暴れ、海が大きく揺れる。
それでも、僕は逃がさなかった。
青龍氷牙の氷刃が、シーサーペントの頭から尾へと走る。
鱗が砕け、海中に赤い影が広がった。
断末魔の咆哮を残し、シーサーペントの巨体は力を失っていく。
「勇者……ミレーヌ……だが……貴様らに……逃げ場など……」
その声は、最後まで言葉にならなかった。
巨大な体が沈んでいく。
海中に広がる赤い濁りを振り切り、僕はすぐにミレーヌの元へ戻った。
ミレーヌは青い膜の中で、両手を胸の前で握りしめていた。
僕の姿を見つけた瞬間、その顔がくしゃりと歪む。
「ユキナ……!」
「終わったよ」
僕は赤龍雷牙の周りに絡みついた肉を、青龍氷牙で慎重に切り落とした。
ようやく剣が自由になる。
ミレーヌは震える手で赤龍雷牙を握り直し、それから僕にしがみついた。
「怖かった……」
「うん。僕も怖かった」
強がる必要はなかった。
本当に怖かった。
でも、生きている。
ミレーヌも、生きている。
僕達を包む青い膜が、ゆっくりと海面へ向かって上がっていく。
暗い海の底から、光の差す方へ。
僕はミレーヌを抱きしめたまま、海面を目指した。