君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜   作:屠龍

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第百十七話 船長の事情

第百十七話 船長の事情

 

 僕とミレーヌが海を見ながら話したあと、船室へ戻ろうとすると、前から歩いてくる人影が見えた。

 

 ジョルジュ船長だった。

 

 彼は僕を見ると、少しだけ安心したように目を細める。

 

 「起きられるようになったか」

 

 「はい。まだ少し体は痛いですけど、大丈夫です」

 

 「三日も寝込んでいたんだ。無理はするな」

 

 思ったより優しい声だった。

 

 僕は少し申し訳なくなり、頭を下げる。

 

 「すみません。護衛の仕事を三日も休んでしまって」

 

 「何を言う。君達がいなければ、この船も俺達も全員海の底だった。文句を言える立場じゃない」

 

 そう言ってから、ジョルジュ船長は少し声を落とした。

 

 「ただ、聞きたいことがある。少し付き合ってくれないか」

 

 彼は僕とミレーヌに、口に咥えていたヤニを勧めてくれた。

 

 僕は吸わないので丁重に断る。

 

 ジョルジュ船長は嫌な顔一つせず、短く笑った。

 

 「無理に吸うもんじゃないさ」

 

 そのまま、僕達は船長室へ案内された。

 

 船長室には、僕とミレーヌとジョルジュ船長だけがいる。

 

 外から会話が聞こえにくい造りなのか、扉が閉まると波音も少し遠くなった。

 

 ジョルジュ船長は廊下に誰もいないことを確認してから、鍵をかける。

 

 そして簡素な金属製の椅子に腰を下ろした。

 

 火気を嫌う船らしい備えだと思った。

 

 「答えにくいことは分かっている」

 

 ジョルジュ船長は、葉巻に似たヤニを指に挟んだまま、僕達を見る。

 

 「だが、俺は護衛二十九人と船員四十人の命を預かっている。だから、正直に答えてほしい」

 

 その声に、僕は身構えた。

 

 何を聞かれるのか、分かっていたからだ。

 

 でも、すぐに答えることはできなかった。

 

 もしミレーヌが勇者だと知ったら、ジョルジュ船長は今まで通りに接してくれるのだろうか。

 

 僕は少しでも時間を稼ぎたくて、話を逸らした。

 

 「船員はもっと多いと思っていました。てっきり七十人以上乗っているのかと」

 

 怒られるかもしれないと思った。

 

 けれどジョルジュ船長は不快そうにはせず、むしろ少しだけ苦笑した。

 

 「商船ってのは、あまり人を乗せると金にならないんだよ」

 

 「金にならない?」

 

 「人が増えれば、食料も水も居住スペースも必要になる。その分、積み荷を減らすことになる。商船は荷を運んで金を稼ぐ船だ。だから船主は、できるだけ少ない人数で、できるだけ多くの荷を運びたがる」

 

 ジョルジュ船長は煙を吐く。

 

 上質な香料のような、少し甘い匂いが船長室に広がった。

 

 「もちろん、減らしすぎれば危ない。船を動かす人手も、戦う人手も足りなくなる。商船ってのは、船主の欲と安全性のバランスで成り立っているんだ」

 

 「ブラック企業の見本みたいな仕事なんですね」

 

 つい前世の言葉が出てしまった。

 

 「ブラック企業ってなんだい?」

 

 「あ、ええと……人を少なくして、仕事だけ多くさせる悪い商売、みたいな意味です」

 

 ジョルジュ船長は一瞬きょとんとして、それから声を出して笑った。

 

 「ははっ。そいつはいい言葉だ。まさにその通りだな」

 

 僕もつられて、少しだけ笑ってしまった。

 

 けれど、その笑いはすぐに消えた。

 

 ジョルジュ船長の表情が、また真剣なものに戻ったからだ。

 

 「シャムド男爵の船がよく襲われる理由の一つもそれさ。護衛を削りすぎている」

 

 「護衛を?」

 

 「少しでも多く荷を積み、少しでも利益を増やしたい。その考え自体は商人として間違っちゃいない。だが、行き過ぎれば船が危険になる。護衛が少ない船は、海賊から見れば格好の獲物だ」

 

 ジョルジュ船長の声には、隠しきれない苛立ちがあった。

 

 「今まで被害に遭った船は、ザ・セント号みたいな高速帆船じゃない。もっと横幅が広く、荷を多く積めるが足の遅い船だ。そこへ護衛をろくに乗せず、危険な最短航路を通る。襲われるなという方が無理だ」

 

 「それなら、航路を変えればいいじゃないですか」

 

 僕は思わず言った。

 

 「船員と船の安全より、荷物の方が大事なんて馬鹿げています」

 

 ジョルジュ船長は頷いた。

 

 「極論を言えば、その通りだ」

 

 彼はヤニを吸い、ゆっくり煙を吐き出す。

 

 「シャムド男爵は、今まで沈んだ商船の損失を取り戻そうとしている。だから必要最小限の船員と護衛で、最短航路を走らせたがる。小さな利益に目がくらんで、結果として船も荷も失っているわけだ」

 

 「シャムド男爵は馬鹿だと思います」

 

 言ってから、少しまずかったかと思った。

 

 でも、ジョルジュ船長は怒らなかった。

 

 むしろ深くため息をついた。

 

 「雇い主のことを悪く言いたくはないが、俺もそう思うね」

 

 彼は船長室の小さな窓から、外の海を見る。

 

 「上が馬鹿だと、いつも下が迷惑するのさ」

 

 その言葉は軽くなかった。

 

 ジョルジュ船長はヤニの火を消し、しばらく黙った。

 

 その横顔を見ていると、僕は簡単に責めることができなくなっていく。

 

 「船長は、それでいいんですか?」

 

 僕が尋ねると、ジョルジュ船長は肩をすくめた。

 

 「良くはない。だが、仕方がない」

 

 「仕方がない……」

 

 「ああ。俺も、この船の船員も、護衛のあんた達も、まとまった金が欲しい連中の集まりだ。借金。家族への仕送り。次の仕事への足がかり。理由はそれぞれだが、この航海を終えなきゃ金は入らない」

 

 ジョルジュ船長は自嘲するように笑った。

 

 「船が浮こうが沈もうが、仕事を終えなきゃ何も手に入らない。俺達に選択の余地はあまりないのさ」

 

 その言葉に、僕は黙るしかなかった。

 

 正しいことを言うのは簡単だ。

 

 危険な航路をやめろ。

 

 護衛を増やせ。

 

 船員を大事にしろ。

 

 僕はそう言える。

 

 でも、それを決める権限はジョルジュ船長にはない。

 

 それでも、彼は船を動かさなければならない。

 

 船員を食べさせ、護衛を使い、荷を守り、目的地まで辿り着かなければならない。

 

 「まさに一心同体、一蓮托生って訳だ」

 

 ジョルジュ船長はそう言って、乾いた笑みを浮かべた。

 

 その笑みを見て、僕は何も言えなくなった。

 

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