君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百十八話 勇者という荷
船長室に沈黙が落ちた。
窓の外では、海が揺れている。
ジョルジュ船長はしばらくその海を見ていたが、やがて僕とミレーヌへ向き直った。
「だからこそ、聞かなきゃならない」
その声は、さっきよりも低かった。
「俺は船長だ。船員と護衛と荷物に責任を持っている。勇者を乗せているせいで、今後もあんな怪物に襲われるなら、見過ごすわけにはいかない」
ミレーヌの肩が小さく震えた。
僕は思わず、彼女の前に半歩出る。
ジョルジュ船長は、はっきりと問いかけた。
「答えてくれ。ミレーヌは、本当に勇者なのか?」
僕はすぐには答えられなかった。
喉の奥が詰まる。
ここで認めれば、ミレーヌがどう扱われるか分からない。
勇者として崇められるかもしれない。
けれど、同時に、危険を呼ぶ存在として疎まれるかもしれない。
「もしミレーヌが勇者だったら、どうするつもりですか?」
僕は警戒しながら尋ねた。
腰に差した青龍氷牙へ、自然と手が伸びる。
その手を、ミレーヌがそっと押さえた。
ジョルジュ船長は僕達の様子を見て、ヤニを咥えたまま、片手を上げた。
降参だ、という仕草だった。
「落ち着け。危害を加えるつもりはない」
「なら、どうしてそんなことを聞くんですか」
「俺は船員と荷物に責任を持っているからだ」
ジョルジュ船長の声は冷静だった。
その冷静さが、僕にはかえって腹立たしかった。
「勇者が乗っている船だからという理由で、魔王軍の怪物に何度も襲われたらかなわん。俺一人ならまだいい。だが、この船には船員がいる。護衛もいる。帰りを待つ家族がいる奴もいる」
「それは身勝手ではないですか?」
僕の声が硬くなる。
「別に称えろとは言いません。でも、僕とミレーヌは、この船を守るために必死になって戦いました」
「分かっている。君達がいなければ、この船は沈んでいた」
「だったら――」
「だが、それとこれは別だ」
ジョルジュ船長は僕の言葉を遮った。
「君達が船を救ったことには感謝している。心からな。だが、君達が乗っているせいで今後も同じことが起きるなら、船長として考えなきゃならない」
理屈では分かる。
ジョルジュ船長は船長なのだ。
船員と護衛達の命を預かっている。
たとえ恩人であっても、その存在が船全体を危険に晒すなら、無視はできない。
分かる。
分かるけれど、納得できない。
ミレーヌが乗っているから怪物が襲ってくる。
そう言われて、黙っていられるほど僕は大人じゃない。
拳に力が入る。
ジョルジュ船長を殴らないと気が済まない。
そんな感情が、胸の奥から込み上げてくる。
ジョルジュ船長は、そんな僕を黙って見つめていた。
逃げもせず、怒鳴りもせず、ただ見ている。
それがまた腹立たしかった。
「やめて、ユキナ」
僕が一歩踏み出しかけた時、ミレーヌが僕の右腕を掴んだ。
「ボクのことは、それでいいの」
その声は震えていた。
僕は振り返る。
ミレーヌは涙を流していた。
自分が疎まれていることを、受け入れようとしている顔だった。
勇者だから。
自分がいることで周りが危険になるから。
だから責められても仕方がない。
そんなふうに、無理に納得しようとしている。
その泣き顔を見た瞬間、僕は拳を下ろすしかなかった。
「よくないよ」
僕は小さく言った。
「ミレーヌがそんな顔をして、いいわけない」
ミレーヌは首を横に振る。
「でも、本当のことだから。ボクが勇者だから、あの怪物は来たんだよ」
「ミレーヌのせいじゃない」
「でも、ボクが狙われたのは本当だよ」
それ以上、僕は何も言えなかった。
ジョルジュ船長が、重い声で言う。
「ミレーヌが勇者ってことで、いいんだな」
僕は答えられなかった。
ミレーヌも答えなかった。
けれど、その沈黙は肯定と同じだった。
ジョルジュ船長は、それ以上追及しなかった。
ただ深く息を吐き、椅子の背に体を預ける。
「……分かった」
その声には、勝ち誇った響きはなかった。
むしろ、聞きたくなかった答えを聞いてしまった人間の疲れがにじんでいた。
「この話は、今すぐ船員達には伝えない。混乱させるだけだからな」
「……ありがとうございます」
僕は、絞り出すように言った。
感謝したくなんてなかった。
でも、もしこの場で船員達に知らされていたら、ミレーヌはもっと傷ついていただろう。
ジョルジュ船長は鍵を開け、扉を少しだけ開いた。
「今日はもう休め。君達も、まだまともに動ける状態じゃないだろう」
僕とミレーヌは、何も言わずに船長室を出た。
廊下に出ると、波の音が戻ってきた。
いつもと同じ海の音。
けれど、さっきまでとは違って聞こえた。
勇者。
世界を救う希望。
そう言われる存在が、誰かにとっては危険を呼ぶ荷にもなる。
僕はその現実を、初めて真正面から突きつけられた気がした。