君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第十二話 冒険者への第一歩――夢は、血と汗の先にある――
首都フレーベルでの暮らしは、思っていたよりずっと忙しかった。
神聖魔法の塾へ通い始め、ミレーヌとは同じ道を目指して一緒に頑張ろうと約束した。
けれど――その夢は、口にしただけで叶うほど甘くなかった。
僕も武芸は習ってきて、長剣にはそれなりの自信があった。
だが、本物の殺し合いを知る者の前では、それは剣術ですらなかった。
それを叩き込んできたのが、ロイド教官だ。
ロイド教官は元傭兵だった。
頬には古い傷が走り、がっしりとした身体つきをしている。
教練場の真ん中に立っているだけで、その場の空気がぴんと張りつめるような男だった。
「てめえらみてえなヒヨコが、武器持ったくらいで粋がるんじゃねえ!!」
初日、教練場に響いた怒鳴り声に、僕は思わず肩をすくめた。
あの声は耳ではなく腹に響く。
「剣だけ握ってりゃ勝てるほど甘くはねえぞ!! 勝つことばっか考えるな! 生き残ることを考えろ!!」
ロイド教官の教えは、騎士のような正々堂々とはまるで違っていた。
泥にまみれてもいい。恥をかいてもいい。
とにかく生きて立っている方が勝ち。
その思想は、綺麗事を一つ残らず剥ぎ取った先にある本物だった。
「剣だけに頼るな!! 剣なんざ斧の一撃で折れちまう!!
斧だけに頼るな!! 外したら終わりだ!!
槍は的確に突け!!
剣も斧も槍もなくなったら棒で戦え!!
棒がなけりゃ石を使え!!
近づく前に敵の数を減らせ!! 基本は弓だ、弓!!」
基礎体力と並行して、長剣から弓まであらゆる武器を叩き込まれた。
最初の組手で、僕はあっさり地面に転がされた。
踏み込みも打ち込みも、自分では悪くないつもりだった。
なのに次の瞬間には視界がひっくり返り、背中が土を打つ。
息が詰まったところへ、首に手刀がぴたりと当てられた。
「死んだな?」
「……はい」
悔しかった。
自信のあった長剣が、まるで通じなかったからだ。
打ち込みの癖も、重心の甘さも、踏み込みも、何もかも見透かされていた。
衆人環視の中で何度も投げ飛ばされ、押さえつけられ、罵声を浴びる。
握った木剣は汗で滑り、立ち上がろうとした膝が笑った。
「遅え!!」
「甘えんな!!」
「それで死なねえと思ってんのか!!」
何度も逃げ出したくなった。
もう十分だ、身の程知らずだったと認めて帰ってしまえば楽になれる。
そう思わなかったわけじゃない。
でも、そのたびに思い出す。
冒険者になると胸を張って言ったこと。
父さんや母さんが、本気で悩んだ末に背中を押してくれたこと。
ここで逃げたら、僕は自分で選んだ夢から目を逸らすことになる。
それだけは嫌だった。
だから僕は、倒されるたびに立った。
朝は走り込みから始まり、昼は武器の訓練、夜には寝台へ倒れ込む。
手のひらの豆は潰れ、肩も腕も悲鳴を上げていたが、それでも翌朝になるとまた教練場へ向かった。
もうやめるという選択肢はなかった。
塾生は次第に減っていった。
教練についていけなくなった者。怪我で辞めた者。心が折れた者。
昨日まで隣で剣を振っていた顔が、次の日にはいなくなっている。
そんなことが何度も続いた。
百人いた生徒は、卒業する頃には十人にまで減っていた。
卒業の日。
ロイド教官は腕を組み、残った僕たちを睨みつけた。
「お前ら、よくここまで残ったな」
いつもの怒鳴り声ではなく、低く太い声だった。
「だが、ここが入口だ。外に出りゃ、俺みてえに優しい奴はそうそういねえ」
誰も笑わなかった。
もうみんな分かっていたのだ。
この人は厳しかったが、本気で生き残る術を叩き込んでくれていたのだと。
ロイド教官は僕たちを見回し、それから口元だけでわずかに笑った。
「最後に言っとく。死ぬな。生き延びろ」
その声は、怒鳴り声よりもずっと強く胸に入ってきた。
「見苦しかろうが恥ずかしかろうが、生き延びろ。生きりゃ金も名誉も手に入るが、死んだら全部おしまいだ」
教練場に沈黙が落ちる。
風が吹き抜け、土の匂いが鼻をかすめた。
僕は深く頭を下げた。
この人の血肉になった経験を、惜しみなく分けてもらったのだ。
顔を上げると、ロイド教官はもういつもの強面に戻っていた。
「ぼさっとすんな。試験で無様さらしたら承知しねえぞ、クソガキども」
その怒鳴り声に、何人かが思わず背筋を伸ばす。
僕もつられて口元が少しだけ緩んだ。
試験は、もうすぐだ。
僕はまだ強くない。
銅級に届くかどうか、その程度の人間だ。
それでも、もう以前の僕ではない。
夢を見るだけの子どもではなく、泥にまみれてでもそこへ手を伸ばす者になりたい。
そう思えるくらいには、ロイド教官の教えは身体の奥まで染み込んでいた。