君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百二十話 商魂
「なあ。本当に船を降りるのかい?」
桟橋へ降りる準備をしていた僕達に、クボハさんが声をかけてきた。
茶色の肌に黒い瞳、赤い髪。腰には大きな剣。耳には宝石のように輝く貝殻のピアス。胸元には竜をかたどった紋章の刺青がある。
船旅の間、何度も助けてくれた異国の女性冒険者だった。
「船長がそう言うんだ。世話になったな」
シグレさんが手を差し出すと、クボハさんは少し寂しそうに笑って握り返した。
僕もクボハさんと握手する。
「フェウの実、ありがとうございました。助かりました」
「いいってことさ。坊やは酒飲み連中に混ざるより、こっちにいた方が安全だったからね」
また坊やと言われて少し複雑だったけれど、その言葉に悪意はなかった。
その時、セシルさんが船室に入ってきた。
「船長が全員甲板に集まれって言ってるよ」
「全員?」
「船員も護衛も、だってさ」
何事かと思いながら、僕達は甲板へ向かった。
◆◆◆
甲板には、船員と護衛達が集められていた。
ジョルジュ船長は全員の前に立ち、魔法で届けられた電報らしき紙を手にしていた。
「シャムド男爵が、俺への返済不能を認めた」
甲板がざわめく。
「担保に入っていたこのザ・セント号と買付金は、契約通り俺が引き取ることになる」
船員達と護衛達が顔を見合わせた。
「どういうことだよ」
「報酬はどうなるんだ?」
不安と怒りが広がる中、ジョルジュ船長は片手を上げた。
「落ち着け。男爵名義の契約はここで終了だ。だが、ここまでの報酬は全員に支払う。働いた分は必ず受け取れる」
それでも、ざわめきは収まらない。
船員にとっては突然雇い主が変わる話だし、護衛にとっても契約の途中終了だ。借金を抱えてこの仕事に乗った者もいるのだろう。
「船員は、希望者だけ俺の名義で再契約する。護衛も必要なら改めて雇う。ただし、前の契約とは別だ。残るか降りるかは、自分で決めろ」
その横で、クボハさんだけはすぐに港の倉庫へ目を向けていた。
自分の樽に詰めた香辛料を、どこで売れば一番高くなるか考えているのだろう。
船を降りることになっても、商売は止まらない。
クボハさんらしいと思った。
「ユキナ。ミレーヌ。少し来てくれ」
ジョルジュ船長が僕達の方を見た。
「詳しい話は船長室でする」
僕とミレーヌは顔を見合わせ、船長室へ向かった。
◆◆◆
船長室のテーブルには、高価そうなお茶が用意されていた。
ほのかに甘い香りがする。
僕とミレーヌは金属製の椅子に座り、緊張しながらお茶に口をつけた。
ジョルジュ船長は向かいに腰を下ろす。
「驚かせて悪かったな」
「どういうことなんですか?」
「簡単に言えば、俺はただの雇われ船長じゃない。シャムド男爵に金を貸していた債権者でもある」
「債権者……」
「男爵は借金の担保として、この船と買付金を入れていた。返せなくなれば、契約通り俺が引き取る。そういう約束だった」
ジョルジュ船長は淡々と言った。
「今回の航海が無事なら、利益は俺が七割、男爵が三割で分ける予定だった。だが、シーサーペントに襲われて危険度が跳ね上がった。俺はその状況を魔法電報で男爵へ送った。男爵は迷った末に、返済不能を認めたってわけだ」
「最初からこの船と積み荷を奪うつもりだったんですか?」
僕がそう言うと、ジョルジュ船長は苦笑した。
「人聞きが悪いな。安全に航海できるなら、その方が堅実に儲かった。船を一隻手に入れるより、何度も航海して稼ぐ方が長い目では得だからな」
彼はお茶を一口飲む。
「だが、状況が変わった。シャムド男爵に貸した金は、どうせまともには返ってこない。なら、目の前にある船と買付金を押さえた方が確実だ」
善人ではない。
けれど、嘘をついているようにも見えなかった。
契約に従い、損を減らし、次の儲けを考えている。
それがジョルジュ船長なのだろう。
「俺はシャムド男爵ほど商売が下手じゃない。この港を拠点にして、買付金を武器にひと稼ぎする。香辛料も宝石も、今は値が崩れかけている。船が減っている今なら、仕入れる側が強い」
「商魂たくましいですね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
ジョルジュ船長はにやりと笑った。
けれど、その笑みはすぐに消える。
「そこで相談がある」
「相談?」
「あんた達には、この船から降りてもらう。これは変わらない。だが、その上で頼みたいことがある」
ジョルジュ船長は、ミレーヌを見た。
「勇者ミレーヌが陸に上がったと、分かるように動いてほしい」
ミレーヌが目を瞬かせる。
「ボクが、陸に?」
「ああ。魔王軍に、勇者はもう海にはいないと思わせたい。海に勇者がいると思われたままでは、俺の商売に差し障る。海の魔物が増えれば、船は出せない」
勝手な申し出だ。
そう思った。
けれど、理由は分かる。
海が危険になれば、ジョルジュ船長の商売は成り立たない。ファジア港に山積みになっている品も、フレーベルへ届かない。
「もちろん、俺の都合だけじゃない」
ジョルジュ船長は続ける。
「あんた達の目的は魔王を倒すことなんだろう? 深い闇を消して世界を平和にするなんておとぎ話、俺は信じちゃいなかった。だが、勇者ってのが本当にいると目の前で見ちまった」
彼は苦笑した。
「なら、そのおとぎ話に少しは賭けてみるのも悪くない。世界が平和にならなきゃ、いくら金を稼いでも意味がないからな」
ミレーヌは黙っていた。
僕もすぐには答えられない。
ジョルジュ船長の言い分は商売人そのものだ。
けれど、その奥に、世界が壊れてほしくないという本音も少しだけ見えた。
「僕の一存では決められません。仲間と相談させてください」
「そうした方がいい。ただし、この船から降りてもらうのは決定事項だ」
「分かりました」
僕はそう答えるしかなかった。
◆◆◆
船長室を出ると、甲板はまだ騒がしかった。
船員達は再契約の話で集まり、護衛達は報酬を受け取る順番を待っている。
クボハさんは、いつの間にか港の商人らしき男と話し込んでいた。
フェリシアの通訳を借りながら、自分の香辛料の樽をどこへ売るか交渉しているようだ。
「……たくましいですね」
僕が呟くと、セシルさんが笑った。
「商人ってのは、転んでもただじゃ起きないものさ」
確かにそうかもしれない。
ジョルジュ船長も、クボハさんも。
契約が終わっても、港に着けばすぐに次の利益を探している。
それが、この港で生きる者達の商魂なのだろう。
「ユキナ」
ミレーヌが僕の袖を引いた。
「みんなと相談しないとね」
「うん」
セシルさんは、すでに宿を確保してくれていた。
突然仕事を失った船員や護衛達が陸で酒を飲み、安い宿を押さえ始める前に、壁が厚くて会話が漏れにくい少し高めの宿を取っておいたらしい。
こういうところは、さすがセシルさんだと思う。
僕達は荷物を背負い直し、ファジア港の雑踏へ向かった。
潮の匂いに混じって、香辛料の強い香りが漂っている。
ここから先は、船の上ではない。
勇者が陸にいると示すために、僕達はこの異国の港から動き出すことになる。