君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜   作:屠龍

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第百二十一話 異国の食卓

第百二十一話 異国の食卓

 

 僕とミレーヌは、セシルさんが手を回して用意してくれた宿屋へ向かった。

 

 宿の一階は酒場になっていて、荒くれた男達が朝から酒を飲んで騒いでいる。

 

 船に出られない水夫。

 

 契約を打ち切られた護衛。

 

 荷が動かず苛立っている商人の使い走り。

 

 そういう人達が、行き場のない不満を酒で紛らわせているのだろう。

 

 もしジョルジュ船長からの報酬と、これまで貯めたお金がなければ、僕達も似たような顔をしていたのかもしれない。

 

 「ただいま戻りました」

 

 「みんな、遅くなってごめんね」

 

 僕とミレーヌが指定された部屋に入ると、そこは六人で使う大部屋だった。

 

 セシルさんが確保してくれた宿は、港の安宿より壁が厚く、治安も悪くない。けれど、港に船員や商人が溢れているせいで、空いていたのは大部屋だけだったらしい。

 

 「お二人さん、おかえり。まあ座りな。まずは飯だよ」

 

 セシルさんはそう言って、薄いパンに具を挟んだものを僕に渡してくれた。

 

 前世で見たピタパンに似ている。

 

 中が空洞になった薄いパンに、香辛料で味付けされた肉と野菜が詰められていた。

 

 一口食べると、肉汁と香辛料の香りが広がる。

 

 船の干し肉や豆のスープとは比べものにならない。

 

 「美味しい……」

 

 思わず声が出た。

 

 ファジア港は豊かな港なのだと思う。

 

 香辛料も肉も野菜も、フレーベルよりずっと身近にある。アルスラン帝国という巨大な国の交易圏に属しているから、関税や軍事面でも有利なのだろう。

 

 ただ、その豊かさにも陰りはあった。

 

 港には品が溢れているのに、船が足りない。

 

 海の怪物や海賊のせいで、物が動かなくなっている。

 

 それは、この国の繁栄にとって大きな傷なのだと思う。

 

 「それで、今後の方針を決めないか?」

 

 クヌートが肉を挟んだパンを手にしながら言った。

 

 船内の食事にうんざりしていたのか、今日は珍しく食が進んでいる。ハーフエルフはエルフより肉を好むらしいが、クヌートがこんなに美味しそうに食べるのを見るのは少し新鮮だった。

 

 「ここで魔王軍の情報が集まるとは思えん。やはり首都アストラハンへ向かうべきだろう」

 

 シグレさんは羊肉の串焼きを丁寧に食べながら言った。

 

 育ちが良いからか、串焼き一つでも食べ方が綺麗だ。

 

 セシルさんは反対に、腹に入る時に入れておけと言わんばかりに、肉とパンを豪快に食べている。

 

 フェリシアは魚と野菜を少しずつ食べ、クヌートの皿にもさりげなく取り分けていた。

 

 僕とミレーヌは魚料理を中心に食べている。

 

 香辛料が強めだけど、船の食事に比べれば十分すぎるほど美味しい。

 

 こうして見ると、食べ方にも育ちや性格が出るのだと思った。

 

 「ボクは、ユキナと一緒ならどこでもいいよ」

 

 ミレーヌは、パンに魚と野菜を挟んだものを美味しそうに食べながら言った。

 

 その笑顔を見て、僕は少しだけ安心した。

 

 船を降ろされた直後はひどく落ち込んでいたけれど、温かい食事を取ったことで少し元気が戻ったのだろう。

 

 冒険者として生きるなら、食べられる時に食べて、休める時に休む。

 

 それも大事な力なのかもしれない。

 

 僕は、ジョルジュ船長から聞いた話を皆に伝えた。

 

 勇者が陸に上がったと分かるように動いてほしいこと。

 

 魔王軍の目を海から逸らしたいこと。

 

 それがジョルジュ船長にとっては商売上の都合でもあること。

 

 話を聞き終えると、クヌートが真っ先にため息をついた。

 

 「まったく、ジョルジュという男は強欲だな」

 

 その声には露骨な嫌悪があった。

 

 「あえてミレーヌのことを勇者と言わせてもらうが、勇者が陸地で魔王軍と戦っている間に、自分は海上交易で儲けようというのだろう? 俺も金は欲しいが、そこまで図太くはなれそうにない」

 

 「ですが、私達が船に乗っていると海の魔物が活発化して、船に被害が出るのは確かです」

 

 フェリシアが静かに言った。

 

 「それに、ミレーヌさんが船に乗る前から、すでに被害は出ていました」

 

 「それも織り込み済みだということだよ」

 

 クヌートは妹の頭を軽く撫でながら答える。

 

 「他の船なら危険でも、俺達が乗ってきたザ・セント号なら高速で逃げ切れる可能性が高い。つまり、アルスラン帝国とフレーベル王国の交易を、ジョルジュは独占できるかもしれないということだ」

 

 「つまり……ミレーヌさんの名前を囮に利用して、自分の利益を得ようとしているのですね」

 

 フェリシアの声が少し硬くなった。

 

 普段は温厚な彼女も、さすがに怒ったらしい。

 

 僕も同じだった。

 

 ミレーヌを金儲けの道具にされて、平気でいられるほど寛容ではない。

 

 僕達年少組が怒りに震えているのを見て、セシルさんが軽く手を振った。

 

 「まあまあ。怒るのは分かるよ。でもね、腹を立てるだけじゃ損するだけさ」

 

 「損?」

 

 僕が聞き返すと、セシルさんはにやりと笑った。

 

 「向こうが勇者の名前を使いたいなら、こっちはきっちり代金を取る。それが大人の喧嘩の仕方さ」

 

 セシルさんは、肉を挟んだ薄いパンを一口かじる。

 

 「ジョルジュのおっさんは、こっちを利用しようとしてる。なら、こっちも利用してやればいい。情報、金、足場。取れるものは取ってから動くんだよ」

 

 シグレさんが少し呆れたように、けれど否定はしない顔でセシルさんを見る。

 

 「相変わらず、抜け目がないな」

 

 「あたいは生きるために覚えたんだよ。怒鳴っても腹は膨れない。旅するなら、まず金だ」

 

 確かにその通りだった。

 

 魔王を倒す。

 

 勇者として戦う。

 

 そういう大きな話をする前に、僕達は宿に泊まり、食事を取り、移動するためのお金が必要なのだ。

 

 「まずは何日かこの街で休もう」

 

 シグレさんが言った。

 

 「私も皆も、船旅でかなり身体が参っているはずだ。首都アストラハンへ向かうにしても、準備が必要だろう」

 

 「賛成だね」

 

 セシルさんは大きく頷く。

 

 「その間に、あたいはジョルジュのおっさんからふんだくれるだけふんだくってくるよ。特別手当ってやつをね」

 

 「セシルさん、任せてもいいんですか?」

 

 「任せな。こういうのは、怒ってる若い子が行くより、あたいみたいなのが行った方がいいのさ」

 

 セシルさんは軽く笑う。

 

 「ただし、貰うならアルスラン帝国のイリヤル銀貨じゃない。シリカ国のクラン銀貨で貰うよ」

 

 「銀貨に違いがあるんですか?」

 

 僕が尋ねると、セシルさんは目を細めた。

 

 「あるんだよ、これがね」

 

 その時の僕は、まだ深く考えていなかった。

 

 でも後になって思えば、この一言が大きな分岐点だったのだ。

 

 イリヤル銀貨とクラン銀貨。

 

 同じ銀貨に見える二つの金が、この先の僕達の旅に大きく関わってくることを、僕はまだ知らなかった。

 

 「まあ、その話は明日だね」

 

 セシルさんはそう言って、残りのパンを口に放り込んだ。

 

 「今日は食って、寝る。久しぶりの陸地だ。まずは身体を戻さないとね」

 

 シグレさんも頷く。

 

 「うむ。では今日はゆっくり休もう」

 

 僕達は久しぶりの陸地で、温かい食事を楽しんだ。

 

 翌日。

 

 シグレさんとセシルさんは用事があると言って酒場へ降りていき、クヌートとフェリシアは知識欲を満たすために露店巡りへ出かけた。

 

 僕とミレーヌは、できれば二人きりでゆっくり話したかった。

 

 けれど大部屋では落ち着かず、久しぶりの陸地を歩くことにした。

 

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