君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百二十三話 フミンの少女
第百二十三話 フミンの少女
翌日の朝。
僕はミレーヌと一緒に、ファジア港の街を散策することにした。
「ユキナ、どこに行こう?」
「そうだね。まずは食事をしようか。船旅で干し肉と干し魚と干した玉ねぎばかりだったから、果物が食べたい」
「うん! ボクも果物が食べたい!」
宿を出ると、朝の市場はすでに大勢の人で賑わっていた。
白い石壁の建物。青い釉薬のタイルで飾られた店先。強い日差しを避けるために張られた色とりどりの布の日除け。
露店には、山のように積まれた香辛料、干し果物、ナツメヤシ、羊肉の串焼き、銅の盆や細工された水差しが並んでいる。あちこちから、香草と焼いた肉と、濃い茶の甘い匂いが混ざって漂ってきた。
フレーベルとは、何もかも違う。
ここは、東方と南方の品が集まる港なのだと、歩いているだけで分かった。
僕達は、市場でミカンに似た果物を買うことにした。
長い船旅で新鮮な果物が不足していたから、身体が自然と求めていたのだと思う。
ただ、問題があった。
言葉が通じないのだ。
クヌートとフェリシアがいれば通訳してもらえたけれど、今はいない。僕は身振り手振りで、他の人が食べている果物を指差し、何とか数個を買った。
値段は、思っていたより高かった。
たぶん、少し吹っ掛けられたのだろう。
「賑やかな街だね」
「そうだね」
ミレーヌは楽しそうに周りを見ている。
露店では、水煙草をくゆらせる老人が半分眠ったような顔で座っていた。けれど、こういう人ほど侮れないのだろう。店先に並ぶ宝石らしき品も、下手に手を出せば高値で買わされそうだった。
ミレーヌに似合いそうな薄布の服もあったけれど、ここは我慢した。
値札らしい木札はある。
けれど、それが本当の値段なのかは分からない。
よく見ると、あちこちで店主と客が激しく言い合っていた。怒鳴り合いに見えるけれど、周囲の人々はそれを当たり前のように眺めている。
きっと、値引き交渉なのだろう。
僕とミレーヌだけで挑むには、少し早そうだった。
僕達は広場の端にあるテーブルと椅子で休むことにした。
「凄い街だね。活気があって、ボクこういうところ好き♪」
「うん。フレーベルとは違う雑然とした街だけど、僕もこういう賑やかなところは好きだよ」
前世では、僕は身体が弱くて入退院を繰り返していた。
だから、こういう活気のある場所とは無縁だった。
人が行き交い、声が飛び交い、匂いと色が溢れている。
そういう場所に自分の足で立っているだけで、少し嬉しかった。
ミレーヌは僕の隣で果物を食べている。
僕も同じ果物を一つ口に入れた。
瑞々しい甘さが口いっぱいに広がる。前世で食べたミカンより甘みが強く、少しだけ花のような香りがした。
僕が二つ目の果実に手を伸ばした時だった。
広場の反対側から、悲鳴が聞こえた。
「今の……!」
「行こう!」
僕とミレーヌはすぐに立ち上がり、悲鳴のした方へ走った。
そこには、数人の男が一人の少女を取り囲んでいた。
少女は、僕達と同じくらいの年に見える。
栗色の髪をしていて、汚れた服を着ていた。足元には倒れた水差しと、転がった果物がある。
男達は剣を抜き、少女を威嚇していた。
言葉は分からない。
けれど、少女が市場の水場に近づいたか、水差しに触れたことで因縁をつけられているのだと、周囲の空気で何となく分かった。
少女は怯え、助けを求めるように周囲を見回している。
だが、誰も助けない。
それどころか、広場の人々は当たり前のようにその光景を見ていた。
「どうしてみんな助けないんだ!?」
僕が叫ぶと、少女を囲んでいた男達が一瞬こちらを見た。
だが、すぐに何事もなかったように剣を構え直す。
僕が駆け出そうとした瞬間、腕を掴まれた。
振り返ると、ブレストプレートを身に着けた兵士がいた。
鎧はよく手入れされていて、下に着ている服の襟元には刺繍がある。顔立ちも整っており、僕達にも分かるフレーベル語で話しかけてきた。
「やめておけ。あれはフミンの子だ」
「フミンってなんですか?」
「このアルスラン帝国の教えを受け入れず、法や秩序を乱し、病を持ち込むと言われている者達だ。可哀想だが、あの子を助ける者はいない」
兵士は淡々と言った。
その言葉が事実なのか。
それとも、この街の人々がそう信じているだけなのか。
僕には分からなかった。
ただ、目の前にいるのは怯えた一人の少女だった。
「じゃあ、このまま見殺しですか!?」
「そんなの、ボク許せない!」
ミレーヌの声が震えていた。
怒りと悲しみが混ざった声だった。
「待て。ここにはここのやり方がある。下手に関われば、お前達まで――」
兵士が止めようとする。
でも、僕達はもう走り出していた。
言葉も通じない。
法も分からない。
ここで割って入れば、僕達の方が罪人になるかもしれない。
それでも、見捨てることはできなかった。
僕とミレーヌは、フミンの少女を庇うように男達の前へ立った。
今の僕達は鎧を身に着けていない。
腰には護身用の青龍氷牙があるだけだ。男達が本気で斬りかかってきたら、応戦するしかない。
だが、僕は剣を抜かなかった。
ここで剣を抜けば、もう戻れない。
血が流れる。
そうなれば、少女を助けるどころか、街全体を敵に回すかもしれない。
「ミレーヌ、その子を」
「うん」
ミレーヌは怯える少女を抱き寄せる。
少女は細い肩を震わせながら、何かを小さく呟いた。
意味は分からない。
けれど、たぶん、お礼か助けを求める言葉だった。
男達が怒鳴る。
周囲の人々も、よく分からない言葉で騒ぎ始めた。
その声の中に、僕達への怒りが混じっているのは分かった。
フミンを庇うのか。
余所者が口を出すな。
そんな意味なのだろう。
男の一人が地面に唾を吐いた。
そして、剣を振り上げる。
僕は当身を食らわせるつもりで拳を構えた。
一触即発。
そう思った瞬間だった。
男達の体が、ふらりと揺れた。
少女を囲んでいた男達と、そのすぐ近くで騒いでいた数人が、次々とその場に崩れ落ちる。
よく見ると、皆眠っていた。
「馬鹿、何をやってる!」
「ユキナ、ミレーヌ、無事ですか!?」
聞き慣れた声がした。
クヌートとフェリシアだ。
二人が、男達に眠りの魔法をかけてくれたのだと分かった。
僕とミレーヌが声のした方を見ると、路地裏の入口から、クヌートとフェリシアがこちらへ来いという仕草をしている。
「行こう!」
僕は少女の手を取り、ミレーヌと一緒に走り出した。
兵士が何か叫んでいる。
けれど、もう戻れない。
僕達はフミンの少女の手を引き、路地裏へ逃げ込んだ。