君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百二十六話 七人目の仲間
今夜は幸運なことに曇り空で、月明かりもなく真っ暗だった。
こういう日は盗賊に襲われる危険があるため、町の人々は家に籠る。人目を避けるのは一苦労だと思っていたけれど、クヌートの案内で僕達は路地裏を抜けて歩いていた。
ただし、どうしても通らなければならない場所がある。
町の大通りにある広場だ。
広場は祭りや市だけでなく、火事の時の避難場所も兼ねた街区の区切りになっている。だから、どれだけ裏路地を使っても、ここだけは横切るしかなかった。
夜の見回りの兵士に注意しながら、僕達は身を屈めて進む。
クヌートが足元にサイレントをかけてくれたので、足音はしない。さらにフェリシアがインヴィジビリティの呪文で僕達の姿を消してくれている。
兵士達はランタンを掲げながら、広場を見回っていた。
けれど、注意する相手は兵士だけではない。
犬だ。
兵士達は数人に一匹の割合で、黒く大きな犬を連れていた。音だけでなく、匂いにも敏感な獣だ。
予想通り、一匹の犬が僕達の方を振り向いた。
犬を倒すことはできるかもしれない。けれど、そんな派手なことをすればすぐに気づかれる。
「コンシール・セルフ」
フェリシアが小さく呟いた。
音と姿だけでなく、匂いまで隠す古代魔法らしい。
犬はしばらくこちらを見ていたが、やがて首を傾げるだけになった。兵士が周囲を確認する。
「何もいないじゃないか」
その声が遠ざかる。
フェリシアの額には、うっすら汗が浮かんでいた。これだけの魔法を重ねるのは、いくら彼女でも負担が大きいのだろう。
それでも集中は切らさない。
僕達は文字通り音もなく広場を抜け、仮の宿へ戻った。
◆◆◆
「相談する時間がなかったとはいえ、軽率だったな」
宿の一室で事情を説明すると、シグレさんが困ったようにため息をついた。
無理もない。
いきなり差別されているフミンという民族の少女を匿うことになったのだ。驚かないはずがない。
「とか言って、同じ立場ならシグレだって同じことしただろ?」
セシルさんがシグレさんの肩を叩く。
シグレさんはその手を鬱陶しそうに払いのけると、もう一度ため息をついた。
図星だったのだろう。
シグレさんはぎこちなく、フミンの少女の頬へ手を伸ばした。
少女は一瞬びくりと震えたが、シグレさんに敵意がないことを感じ取ったのか、逃げはしなかった。
「反対はしないけどさ」
セシルさんが腕を組む。
「あたい達はこれから、生きて帰れるか分からない旅に出るんだよ。その辺りは考えたのかい?」
「……すみません」
セシルさんの言うことはもっともだった。
保護した以上、この子の安全を考える責任が僕達にはある。可哀想だからという理由だけで、危険な旅に連れて行くわけにはいかない。
可能なら、同じフミンの人達のところへ連れて行き、保護してもらうのが一番だ。
けれど、どこにいるのか見当もつかない。
僕達が黙り込んでいると、少女がフェリシアの袖をぎゅっと掴んだ。
「わ……わたし……皿洗いでも、荷物持ちでも、なんでもします。お願い、捨てないで」
その言葉に、全員が息を呑んだ。
流暢なフレーベル語だった。
「君、喋れたの!?」
僕が思わず声を上げると、少女は怯えたように肩を縮める。
ミレーヌが怖がらせないように、優しく膝をついた。
「どうして黙ってたの?」
少女はしばらく迷ったあと、小さく口を開いた。
「わたし、ロッテっていいます。言葉が分かるって知られたら、売り飛ばされると思ったから……黙ってました」
誰かを売る。
そんな言葉が、こんな年の少女の口から出ることに胸が痛んだ。
でも、彼女にとっては切実な問題だったのだろう。
言葉を話せることさえ、身を守るためには隠さなければならなかったのだ。
「ロッテは、他の国の言葉も分かるの?」
「放浪してる時に覚えました。フミンは、同じ町に長くいられないから……いろんな国の言葉を覚えないと、生きていけなかったんです」
そう言って、ロッテは少しだけ笑った。
弱々しいけれど、確かに笑顔だった。
「あなた達は、お風呂に入れてくれて、ご飯を食べさせてくれた。きっといい人。だから……一緒にいさせてください」
ロッテはフェリシアの袖を握ったまま、僕達を見回す。
「働けるから置いておくとか、働けないから捨てるとか、そういう話じゃないよ」
僕はできるだけ穏やかに言った。
ロッテは信じられないという顔で、こちらを見る。
「僕達は、君を見捨てるつもりはない」
「ユキナの言う通りだよ」
ミレーヌも頷いた。
「でも、ロッテが一緒に来たいって思うなら、その気持ちはちゃんと聞きたい」
ロッテは唇を噛む。
「わたし……役に立ちたいです。置いてもらうだけじゃなくて、ちゃんと働きます」
それは怯えから出た言葉でもあるのだろう。
でも同時に、自分の居場所を自分の力で掴みたいという意思にも聞こえた。
セシルさんが小さく息を吐く。
「ま、通訳ができるなら旅では助かるね。けど、それはあくまで後からついてくる話だよ」
「そうだな」
シグレさんも頷いた。
「まずはこの子の身の安全を考えるべきだ」
クヌートは黙ってロッテを見ていた。
やがて、静かに言う。
「俺は反対しない。だが、連れて行くなら守る覚悟も必要だ」
「分かってる」
僕は頷いた。
「僕は最初から、ロッテを保護するつもりだった。通訳ができるからじゃない。見捨てられないからだ」
ロッテの目が揺れた。
フェリシアがそっと彼女の肩に手を添える。
「大丈夫です。すぐに全部を決めなくてもいいのです。まずは、私達と一緒にいましょう」
「……はい」
ロッテは小さく頷いた。
セシルさんが笑う。
「ま、みんなの意見は同じみたいだね。旅は賑やかな方が、あたいは好きだよ」
その言葉に、僕達は少しだけ笑った。
こうしてロッテは、当面、僕達と一緒に旅をすることになった。
この時の僕はまだ知らなかった。
彼女がやがて、本当の意味で七人目の仲間になることを。