君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百二十七話 不当な差別
「それじゃ、ロッテはボクが預かるね」
ミレーヌがそう言って、ロッテの手を取った。
ロッテは嬉しそうにミレーヌに抱きつく。
クヌートとフェリシアも、それを見て静かに微笑んでいた。
「シグレさん、セシルさん。ありがとうございました」
僕は改めて二人に頭を下げた。
シグレさんは頷いたが、どこか言いにくそうな顔で口を開く。
「ロッテのことだが……表向きは、我々が身元を引き受けた従者ということにしておいた方がいいだろう」
「従者?」
僕は思わず聞き返した。
シグレさんは何を言っているのだろう。
ロッテは僕達の仲間だ。
誰かの従者なんかじゃない。
セシルさんも、苦い顔で頷いた。
「フミンって民族の子供は、街の中でひどい目に遭っても誰も助けないくらい差別されてるんだろ? だったら、あたい達の身元引受の下にいる従者って形にしておかないと危ないんだよ」
「でも、ロッテは――」
「分かってる。仲間だって言いたいんだろ?」
セシルさんは僕の言葉を遮るように言った。
けれど、その声は強くはなかった。
「でもね、フミンの子が勇者一行と対等に旅してるってだけで目立つ。宿にも泊まりづらい。馬車にも乗りづらい。下手すりゃ、どこかで因縁をつけられる。だから、表向きだけでも従者として一緒にいる形にした方がいいって話さ」
「そんなの、納得できません!」
僕は思わず声を荒げた。
「ロッテは僕達の仲間です。従者扱いなんてしたくありません!」
僕の声に、ミレーヌとフェリシアが驚いたようにこちらを見る。
ミレーヌはロッテの手を握ったまま、僕の隣に立った。
「シグレさん、セシルさん。ボクも反対です。ロッテをそんなふうに扱いたくありません」
「気持ちは分かる」
シグレさんは静かに言った。
「だが、我々がどう思っているかと、この街の人間がどう見るかは別だ」
「それでも!」
「ユキナ、ミレーヌ。落ち着いてくれ」
シグレさんは困ったように眉を寄せた。
「何も本当に下働きとして扱うわけではない。同じ部屋で寝泊まりするし、同じ食事を食べる。着るものも、必要なものも用意する。あくまで、外向きの体裁としてそうするだけだ」
「でも、その体裁が嫌なんです!」
僕は拳を握りしめた。
シグレさんもセシルさんも、普段からこんなことを言う人ではない。
それは分かっている。
分かっているけれど、心が納得しなかった。
その時、ロッテが小さく口を開いた。
「私は……従者という扱いで構いません」
「ロッテ……?」
僕は振り返る。
ロッテは目元に涙をためながら、それでも無理に微笑んでいた。
「みなさんは、とてもいい人です。でも私はフミンの民です。何をされても、誰も守ってくれません。そんな私を仲間だと言ってくれた。それだけで、充分です」
それは、嬉しそうな笑顔ではなかった。
全部を諦めてきた子が、傷つかないように先に自分を低く置く時の笑顔だった。
フェリシアがロッテを優しく抱きしめる。
クヌートも、ロッテの頭をそっと撫でた。
ハーフエルフとして不当な差別を受けてきた二人には、ロッテの気持ちが痛いほど分かるのだろう。
「ユキナ、ミレーヌ」
クヌートが静かに言った。
「これはロッテを守るためでもある」
「守るため……?」
「従者という形なら、主人の身の回りの世話をする名目で同じ宿に泊まれる。同じ部屋にいても不自然ではない。旅に同行しても、多少は説明がつく」
クヌートの声は冷静だった。
けれど、その目は少しだけ悲しそうだった。
「俺だってロッテをそんな扱いにはしたくない。だが、この国ではそういう形を取らなければ、ロッテを同じ場所に泊めることすら難しいかもしれない。不当な差別とは、そういうことだ」
僕は言葉に詰まった。
確かに、クヌートの言うことは分かる。
でも。
「……僕は、ロッテを従者扱いなんてしたくありません」
「私もです」
ミレーヌも小さく言った。
シグレさんは、痛ましそうに僕達を見た。
「ユキナ、ミレーヌ。その気持ちは間違っていない。むしろ、そう思えることは大切だ。だが、今この国でロッテを守るには、感情だけでは足りない」
「でも、人前でそんな扱いをしないと駄目なんですか?」
「最低限の体裁は必要だ」
シグレさんは頷いた。
「ただし、必要以上に卑屈な態度を取らせる必要はない。ロッテは我々の保護下にある従者。そう説明するだけでいい」
「従者って言葉でも、嫌です」
僕がそう言うと、クヌートが悲しそうに微笑んだ。
それは、差別を受け続けた者だけが持つような表情だった。
「ユキナ、ミレーヌ。俺も嫌だ。だが、嫌だと言って現実が変わるなら、俺とフェリシアはここまで苦労していない」
その言葉は重かった。
「ロッテ。フミンの民が差別を受けている地域はどこまでだ?」
「アルスラン帝国内の、ほとんどです」
ロッテが小さく答える。
「それ以外の地域では、フミンの民はあまり住んでいません」
クヌートは頷いた。
「なら、アルスラン帝国を抜けたら、その体裁は終わりだ。ロッテは従者ではなく、仲間として堂々と旅をする。これで妥協してくれないか?」
「もし、嫌だと言ったら?」
僕が尋ねると、クヌートはまっすぐ僕を見た。
「アルスラン帝国内での情報収集は極めて困難になるだろうな。宿にも泊まりづらくなる。馬車にも乗れないかもしれない。俺達は魔王を倒すために旅をしている。その目的を果たせなくなるかもしれない」
「そんな言い方、ずるいよ」
ミレーヌが悔しそうに言った。
「ずるくはない。現実を言っている」
クヌートの声は厳しかった。
「この国では、ロッテはただそこにいるだけで疑われる。俺達がどれだけ仲間だと言っても、それを認めない者がいる。だから、認めさせる力がないうちは、形を使って守るしかない」
僕とクヌートの間に、重い沈黙が落ちた。
その時だった。
瞳に涙をためたロッテが、僕の背中にしがみついた。
「もう、やめてください……」
ロッテの声は震えていた。
「私のことで、みなさんが喧嘩するのは嫌です。お願い……やめてください」
その言葉に、僕は何も言えなくなった。
僕の負けだった。
クヌートの言っていることは正しい。
頭では分かっている。
でも、心は納得できない。
僕はロッテを従者扱いなんてしたくない。
仲間として、一緒に旅をしたい。
ミレーヌも同じ気持ちだろう。
そんな僕達の気持ちを察したのか、シグレさんが静かに口を開いた。
「ユキナ、ミレーヌ。お前達の気持ちは分かる。だが、これはロッテを下に見るためではない。ロッテを守るための仮の形だ。そこだけは間違えるな」
セシルさんも頷く。
「そうさ。人前では従者ってことにする。でも、食事も寝床も扱いも同じ。誰かがロッテを見下すなら、あたい達が黙らせる。それでいいだろ?」
僕は、ロッテの手を取った。
「ロッテ」
「……はい」
「僕は、君を従者だなんて思わない。絶対に思わない。君は僕達の仲間だ」
ロッテの目から涙が零れた。
「……はい」
「でも、この国にいる間だけ、君を守るためにそういう形を取る。嫌だったら、ちゃんと言って」
ロッテは首を横に振った。
「嫌じゃありません。みなさんと一緒にいられるなら……それでいいです」
その言葉が、また胸に刺さった。
これでいいはずがない。
でも、今はこれしか選べない。
「分かりました……」
僕は絞り出すように言った。
「でも、アルスラン帝国を出たら終わりです。絶対に」
「ああ」
クヌートが頷く。
「その時は、ロッテを仲間として堂々と扱う」
「今でも仲間です」
ミレーヌが涙ぐみながら言った。
「ロッテは、今でもボク達の仲間です」
ロッテは返事の代わりに、ミレーヌに抱きついた。
僕達は納得したわけではない。
ただ、今この国でロッテを守るために、そうするしかなかった。
僕達が名実ともに勇者一行だと、誰にも文句を言わせないだけの力を持つまで。
魔王だけではない。
僕達は、差別という敵とも戦わなければならないのだ。