君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百三十四話 シャルルという少女
「登録ね。それじゃ、ギルド許可証を見せて頂戴」
受付嬢に戻ったエレナさんが、僕たちのギルド許可証を一人ずつ確認していく。
最初は落ち着いた様子だった。
けれど、確認が進むにつれて、その表情が少しずつ変わっていった。
「……え?」
エレナさんが、思わず声を漏らす。
ロッテを除く六人全員が、鋼級冒険者だったからだ。
鋼級の下である鉄級でさえ、冒険者全体の上位一割に入るかどうかだという。そのさらに上である鋼級は、全体の五パーセントいるかどうか。
その鋼級が、六人そろって旅をしている。
どうやら、アストラハンでもかなり珍しいことらしい。
「ちょ、ちょっと待ってね。こんなの初めてだから、実力に合う依頼をギルド長と協議するわ」
エレナさんは慌てたように書類をまとめると、奥の部屋へ向かおうとした。
「今夜は、ここの上にある宿に泊まっていって。シャルル、皆さんをご案内して。丁重にね」
「はい」
呼ばれて現れたのは、黒い髪を短く切りそろえた少女だった。
年はロッテと同じくらいだろうか。フリルのついたメイド服を着ている。肌の色は薄茶色で、小柄な体つき。何より、その顔立ちを見て、僕はすぐに気づいた。
ロッテと同じ、フミン族の少女だ。
「シャルルと申します。皆さまのお世話を仰せつかりました。どうぞ、こちらへ」
シャルルさんは丁寧に一礼した。
その動作は落ち着いていて、付け焼き刃のものではなかった。きっと長くここで働いているのだろう。
僕たちが驚いている横で、ロッテはもっと驚いた顔をしていた。
同じフミン族の少女が、隠れるようにではなく、ギルドの従業員として胸を張って客を案内している。
その光景は、ロッテにとっても信じられないものだったのかもしれない。
「……フミン族の人が、ここで働いているんですね」
ロッテが小さく呟く。
シャルルさんは一瞬だけロッテを見て、柔らかく微笑んだ。
「はい。エレナ様とギルドマスターのおかげで、ここではきちんと仕事をいただいています」
「きちんと……」
ロッテはその言葉を、噛みしめるように繰り返した。
フミン族は、どこの街でも目立たないように暮らしている人が多い。
掃除や下働きのような仕事をしていても、それは正規の従業員というより、必要だから使われているだけという扱いが多かった。
けれど、シャルルさんは違った。
制服を与えられ、名前を呼ばれ、客の案内を任されている。
それは小さなことのようで、ロッテにとっては大きな違いだったのだろう。
「ここでは、フミン族でも働けるのですか?」
ロッテが尋ねた。
その声には、恐る恐る確かめるような響きがあった。
シャルルさんは頷いた。
「はい。もちろん、どこでも同じというわけではありません。でも、この白磁の頂き亭では、仕事ができる者は評価されます。エレナ様は、そういう場所にしたいとおっしゃっていました」
「仕事が、できる者……」
ロッテは目を伏せた。
羨ましいのか、嬉しいのか、それとも信じられないのか。
その表情には、いくつもの感情が混じっているように見えた。
僕は横から声をかけるべきか迷った。
けれど、言葉を飲み込んだ。
これは僕が安易に励ましていいものではない。
ロッテが初めて見たのは、ただ同じ種族の少女ではなかった。
フミン族でも、ちゃんと仕事を任され、名前で呼ばれ、評価される場所がある。
そういう世界が、確かに存在しているという事実だった。
「それでは、こちらへどうぞ」
シャルルさんはそう言って、僕たちを案内した。
僕たちは階段を上り、最上階の部屋へ向かう。
高価な青水晶で作られたドアノブを開くと、僕たちは思わず足を止めた。
床には東方風の厚い絨毯が敷かれ、棚には白磁や青磁の器が並んでいる。年代物の樫の机と椅子、硝子細工の杯、壁一面の書棚。
冒険者用の宿というより、貴族の応接間だった。
「すごい部屋だね……」
ミレーヌが目を丸くする。
僕も同感だった。
これまで泊まってきた大部屋とは、まるで別世界だ。
壁際のブックシェルフには、各国の書物が並んでいた。フレーベル国のものだけではない。アルスラン帝国、東方の交易国家シリカ国、さらに東のショウ帝国の本らしきものまである。
どれも一目で高価だと分かるものばかりだった。
シャルルさんはワゴンを押して入ってくる。
そこには、ガラス細工のグラスとワインが並んでいた。
「皆さまのお世話を仰せつかりました。なんでもお申し付けください」
そう言って、シャルルさんは目を伏せて礼をする。
「シャルルさん。僕たちは冒険者だから、そんなに畏まらなくてもいいよ」
「そうそう。ボクたちは貴族じゃないんだから」
僕とミレーヌがそう言うと、シャルルさんは少し驚いた顔をしたあと、穏やかに微笑んだ。
「わかりました。では、皆さまをお客さまとしておもてなしさせていただきますね」
その言い方は柔らかかった。
けれど、礼儀は崩さない。
ちゃんとこの場所で仕事を任されている人の態度だった。
ロッテは、そんなシャルルさんをじっと見ていた。
シャルルさんの言葉遣い、姿勢、歩き方。
その全部を、まるで確かめるように見ている。
「ロッテ?」
僕が小さく呼ぶと、ロッテははっとしたように顔を上げた。
「すみません。少し、驚いてしまって」
「シャルルさんのこと?」
ロッテはこくりと頷いた。
「はい。フミン族でも、あんなふうに働ける場所があるんだって……知りませんでした」
その声はとても小さかった。
でも、暗い声ではなかった。
驚きと、戸惑いと、ほんの少しの希望が混じった声だった。
「この中の本は、自由に読んでいいの?」
ミレーヌが書棚を見上げながら尋ねる。
「勿論でございます。必要であれば、通訳の手配もいたしますのでお申し付けください」
シャルルさんがそう言って礼をすると、ロッテが少し緊張したように手を上げた。
「私が読めるから、大丈夫です」
しゅぴっと上がった手が、少しだけ震えていた。
シャルルさんはロッテを見た。
驚いたような顔ではなかった。
ただ、同じフミン族の少女が何かを申し出たことを、きちんと受け止めるような表情だった。
「そうなのですね。では、皆さまがお困りにならないよう、私は隣の部屋に控えております」
シャルルさんはもう一度礼をした。
「御用があれば、鈴を鳴らしてください」
そう言って、シャルルさんは部屋を出ていった。
扉が静かに閉まる。
部屋の中に、少しだけ沈黙が落ちた。
ロッテはまだ、扉の方を見ていた。
きっと今見たものは、彼女の中に何かを残したのだろう。
同じフミン族でも、隠れるだけではない。
働き、認められ、役目を任されている人がいる。
そして、ロッテ自身もまた、何かを差し出そうとしていた。
「ロッテ」
ミレーヌが書棚の前で振り返る。
「本当に読めるの?」
ロッテは一度だけ深く息を吸った。
そして、今度は少しだけ胸を張って答えた。
「任せてください」
その声には、さっきよりも確かな力があった。