君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百三十六話 勇者対勇者?
机の上には、本が山積みになっていた。
アルスラン帝国の歴史書。シリカ国の地理書。ショウ帝国の風俗や宗教を記した本。魔物図鑑や古代伝承をまとめた書物まである。
知らなければならないことは、あまりにも多かった。
僕たちは手分けして本を読み、それぞれ気になった内容を話し合う。
それをロッテが丁寧にまとめてくれた。
ロッテは翻訳魔法だけでなく、事務仕事も得意らしい。
「ねえ。この本はどういう内容なの?」
ミレーヌが僕に一冊の本を見せてきた。
題名は、【勇者と魔王】。
表紙には、二人の少女が剣を交えている絵が描かれている。
「ちょっと読んでみるね」
僕はその本を開いた。
内容は、よくある英雄譚のように見えた。
今から千年ほど前、世界を支配しようとした魔王が人間たちに戦いを仕掛けた。人々が絶望する中、一人の勇者が立ち上がり、仲間たちと共に魔王軍へ挑む。長い旅の末、勇者はついに魔王を倒し、世界に平和をもたらした。
最後は、勇者の少女と魔王の少女が剣を交え、勇者が魔王を倒したと書かれていた。
「よくある話だな」
読み終えると、クヌートが短く言った。
確かに、筋書きだけなら珍しくない。
勇者がいて、魔王がいて、世界を救う。
けれど、ミレーヌは納得していない顔で本を覗き込んでいた。
「でも、変だよ。魔王軍との戦いの描写がほとんどないんだ」
言われて、僕はもう一度ページをめくる。
勇者が苦難を乗り越えたとは書かれている。仲間と共に戦ったとも書かれている。
けれど、肝心の戦いの中身が薄い。
どんな魔物と戦ったのか。どの街が襲われ、どの国が滅びたのか。そういう具体的な記述が、不自然なくらい少なかった。
「それに、この絵もおかしいよ」
ミレーヌが挿絵を指さす。
そこには、二人の少女が剣を交えていた。
一人は勇者。
一人は魔王。
けれど、その二人はまったく同じ顔をしていた。
勇者は鮮やかな緑の髪を揺らし、白を基調とした鎧をまとっている。魔王は黒髪で、闇のような衣をまとっていた。
服装も髪の色も違う。
なのに、顔立ちは同じだった。
何より、その顔はミレーヌによく似ていた。
──ミレーヌが二人いる。
そう思った瞬間、背筋に冷たいものが走った。
他の挿絵も同じだった。
勇者と魔王が向かい合う絵。剣を交える絵。片方が片方へ手を伸ばしている絵。
どの絵でも、二人は同じ顔をしている。
姉妹というより、鏡に映った同じ人間のようだった。
しかも、二人とも悲しそうだった。
世界の命運を背負った不倶戴天の敵同士には見えない。勝つために剣を振るっているというより、望まないまま向かい合わされているように見えた。
ミレーヌの指が、挿絵の上で小さく震えた。
「……これ、ボクに似てる」
その声は、いつもの明るいものではなかった。
「うん。僕にも、そう見える」
将来戦うかもしれない相手が、自分と同じ姿をしている。
動揺するなという方が無理だった。
「どういう事なのでしょう? ミレーヌさんに双子の姉妹がいるとか?」
フェリシアが控えめに言う。
ミレーヌはすぐに首を振った。
「ボクに姉妹なんていないよ。それに姉妹が戦うっていうなら、マリータ母さんにも姉妹がいた事になるよ」
それは確かにそうだった。
勇者が代々生まれるものだとして、この構図が正しいなら、歴代の勇者にも同じ顔の魔王がいることになる。
けれど、そんな話は聞いたことがない。
それに、挿絵の勇者も魔王も、マリータさんには見えなかった。
明らかにミレーヌに似ている。
もしこの絵が、単なる昔話の挿絵ではなく、勇者の運命を示しているのだとしたら。
これは千年前の勇者ではなく、今ここにいるミレーヌの姿を描いていることになる。
そんなことが、本当にあり得るのだろうか。
「でも、千年前に魔王を倒したんだよね?」
ミレーヌが小さく呟く。
「それなら、今いる魔王は何なの?」
誰もすぐには答えられなかった。
千年前に倒されたはずの魔王。
今、世界を脅かしている魔王。
それは同じ存在なのか。それとも、魔王というものは何度でも現れるのか。
「勇者と魔王の戦いは、何度でも繰り返す……?」
僕が言うと、クヌートが眉をひそめた。
「そうなると、この本の書き方がおかしい。何度も繰り返しているなら、『世界に平和がもたらされた』という記述は不自然だ」
ますます訳がわからない。
この本に書かれていることは、ただの間違いなのだろうか。
それとも、真実を隠すために、わざとこういう話にしてあるのだろうか。
「単純に記述が間違っているだけではないか?」
シグレさんが静かに言った。
「書物に描かれている事が、すべて正しいとは限らない。挿絵師が後から想像で描いた可能性もある」
それが一番現実的な考え方だと思う。
古い本なら、写本の途中で内容が変わった可能性もある。挿絵が本文と関係なく描かれたことだって考えられる。
そう思おうとした。
その時だった。
ぞわりと、冷たいものが背筋を撫でた。
何かが見ている。
間違いなく、誰かが“僕”を見ている。
その視線は、本の中から来ていた。
慌てて表紙を見る。
勇者と魔王が剣を交える絵。
その魔王の背後に、さっきまではなかったはずの禍々しい影が浮かび上がっていた。
黒い影。
人の形をしている。
けれど、その人物がまとっているものを見た瞬間、僕は息を呑んだ。
この世界にあるはずのない服だった。
僕が前世で見た、軍隊の服。
軍服を着たその人物が、僕を見ていた。
顔ははっきりしない。
それなのに、笑っていると分かった。
こちらを見下ろし、何かを知っているように、ほくそ笑んでいる。
視界が揺れた。
意識が、そちらへ引きずり込まれそうになる。
「……ユキナ?」
ミレーヌの声が聞こえた。
その声で、僕は息を吹き返したように顔を上げる。
「ユキナ、大丈夫?」
ミレーヌが心配そうに覗き込んでいた。
視界の端がまだ少し暗い。手のひらには嫌な汗が滲んでいた。
「……うん。大丈夫」
そう答えたけれど、自分の声が少し掠れているのが分かった。
「本当に?」
「大丈夫。ただ……今、変な影が見えたんだ」
「変な影?」
「魔王の後ろに、邪悪な人物が見えた。軍服みたいなものを着ていた」
ミレーヌたちは、すぐに本を覗き込んだ。
けれど、そこには何もない。
勇者と魔王が剣を交えているだけだった。
「そんな奴は描かれてないぞ」
クヌートが本を確認しながら言う。
「記述にもない。影も、軍服の人物も、どこにも出てこない」
僕も見直した。
ページをめくる。表紙を見る。挿絵を確かめる。
やはり、そんな人物はどこにもいなかった。
でも、気のせいじゃない。
あれは確かにいた。
そして、あの視線はミレーヌではなく、僕を狙っていた。
僕の前世を知っている何か。
この世界にあるはずのない軍服をまとった何者か。
それが魔王の背後に立っていた。
結局その日は、僕たちは疑問を抱えたまま、別の本を読み続けた。
少しでも多くの知識を頭に入れなければならない。そう分かっていたからだ。
けれど、集中しようとしても、時々ページの文字が上滑りした。
ミレーヌも同じだったのだろう。
何度か、あの本の方へ視線を向けていた。
勇者と魔王。
倒す者と、倒される者。
そのはずなのに、あの挿絵の二人は、まるで同じ痛みを抱えているように見えた。
そして、その背後にいた軍服の影は。
まるで、その痛みすら利用しようとしているように見えた。