君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜   作:屠龍

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第百三十七話 大バザールの子供たち

第百三十七話 大バザールの子供たち

 

 そして翌日、シャルルが朝食を持ってやってきた。

 

 朝の光は明るかった。

 

 けれど、昨夜見た【勇者と魔王】の挿絵と、魔王の背後にいた軍服の影は、まだ僕の頭の奥に残っていた。

 

 僕たちはシャルルの給仕を受けながら食事をする。

 

 新鮮な卵と分厚いハムを使ったハムエッグ。

 ベーコンと豆が沢山入ったスープ。

 よく知らない芋を揚げたもの。

 サラダには貴重なマヨネーズがかかっている。

 焼き立てのパンと牛乳。

 

 その食事は豪華で、味も絶品だった。

 

 さすがギルド直営の高級宿だ。

 

 「皆さん、読書家なのですね」

 

 シャルルがにこにこしながら、本の配置が変わったブックシェルフを見つめる。

 

 多分、後でシャルルが元通りに並べ直すのだろう。

 本には埃一つついていなかったし、古い本のブックカバーも丁寧に直されていた。

 

 つまりシャルルは、各国語が読めて、司書も兼任しているということだ。

 

 「シャルルは何でもできるんだね」

 

 僕がそう言うと、シャルルは嬉しそうに微笑んだ。

 

 「こちらに雇っていただいてから、沢山仕事を教えていただきました」

 

 給仕も清掃も司書もできる。

 この様子だと、料理や洗濯などもできるかもしれない。

 

 でも、シャルルはフミンの民だ。

 

 どうしてここまで信用されて雇われているのだろう。

 

 「私はギルドマスターに仕えていた召使いの子供なんです。ギルドマスターには祖母の代から仕えています」

 

 「え、祖母の代から?」

 

 あのギルドマスターは何歳なんだろう。

 

 何日も眠っていない老学者のような、不健康そうな顔をした白髪の老人。

 そもそも人間なのだろうか。

 

 「はい。祖母の代から仕えていますので、ギルドマスターと私の家族はもう五十年近い付き合いになります」

 

 シャルルはにこにこしながらそう答える。

 

 ということは、最低でも七十歳以上だということだ。

 

 多分、人間ではないのだろう。

 でも、今のところ僕たちに危害を加えようという気配はない。

 

 警戒は必要だけれど、必要以上に疑うべきではないのかもしれない。

 

 「ギルドマスターから、夕方に皆さんにお会いしたいと言付かっています」

 

 「つまり、夕方まで自由にしていいってことだね」

 

 ミレーヌがそう言うと、シャルルは頷いた。

 

 「はい。ごゆっくりおくつろぎください」

 

 ここで本を読むのもいい。

 

 けれど、昨日から読書続きで疲れていたし、外の空気も吸いたかった。

 

 それに、ミレーヌも同じだったのだろう。

 

 朝食の間、何度か黙り込んでは、ふと何かを考えるような顔をしていた。

 

 「ねえ、ユキナ」

 

 ミレーヌが、少しだけ明るい声を作るように言った。

 

 「少し外を歩かない? 昨日から本ばっかり読んでたから、頭が固まりそう」

 

 その笑顔はいつものミレーヌらしかった。

 

 けれど、完全にいつも通りではないことも、僕には分かった。

 

 「うん。僕もそう思ってた。散歩がてら、街の様子を見に行こう」

 

 「うんっ」

 

 夕方まで、僕とミレーヌは街の様子を見に行くことにした。

 

 シグレさんとセシルさんも、この巨大都市アストラハンの裏を取り仕切っている裏ギルドで情報を収集してくると言って出ていく。

 

 その間に、クヌートとフェリシアは読書の続きをするそうだ。

 

 何だか僕たちだけ遊びに行っているようにも見えるけれど、表の情報を探るのも重要だ。

 

 それぞれの役目を胸に、僕たちは白磁の頂き亭をあとにした。

 

 ◆◆◆

 

 冒険者ギルドから外へ出ると、空は驚くほど澄み渡っていた。

 

 内陸にあるせいか風は乾いていて、遠くの城壁までくっきり見える。

 けれど、鼻を刺す嫌な臭いだけは相変わらずだった。

 

 ここは平民街と貴族街の間にあるから、まだましなのだろう。

 

 それでも臭う。

 

 フレーベルの街は、ここよりずっと清潔だったのだと今さら思った。

 

 人口百万人を誇るだけあって、人通りは多い。

 

 香辛料や衣服などを売っている大バザールへ向かうと、人の流れが川のようだった。

 

 僕はミレーヌと手をつないで、人の波に紛れる。

 

 財布は盗られないように、しっかり胸元へ縫い付けておいた。

 

 アストラハンの大バザールは、とにかく広い。

 

 生活に必要な鍋や釜。

 香辛料。宝石。衣服。果物。乾燥肉。

 見慣れない東方の品々まで、あらゆるものが売られている。

 

 僕たちの生まれたフレーベルなど、足元にも及ばない規模だった。

 

 けれど、バザールから少し離れた裏通りには、浮浪者たちがたむろしていた。

 

 乞食や病人はまだましな方だ。

 中には酒か薬物に溺れているのか、生きる気力をなくしたように壁にもたれている人たちもいる。

 

 強い者には天国のような街でも、弱い者には地獄なのだろう。

 

 前世で僕がいた日本にも、貧富の差はあった。

 けれど、病院に行くことはできたし、社会保障もあった。

 

 病気がちだった僕は、日本の社会保障がなければ、もっと早く死んでいたはずだ。

 

 だから、この世界の現実はいつ見ても胸が苦しくなる。

 

 「待て! 待てえっ!」

 

 遠くから、誰かの怒鳴り声が聞こえた。

 

 見ると、手に果物やソーセージを抱えた少年たちが、こちらへ向かって走ってくる。

 

 みな痩せていて、服も汚れていた。

 

 浮浪児だろうか。

 

 そして、その肌の色と顔立ちを見て、僕は気づいた。

 

 フミンの民の子供たちだ。

 

 「どけどけどけっ!」

 

 先頭を走るのは、リーダー格らしい少年だった。

 

 僕とそう年齢は変わらない。

 けれど、目だけは飢えた獣のように鋭かった。

 

 少年は僕を突き飛ばそうとする。

 

 捕まえるべきか、迷った。

 

 この子たちは食べるために盗んだのかもしれない。

 けれど、商品を奪われた店主にも生活がある。

 

 僕は踏み込んで、少年の腕を取った。

 

 そのままねじり上げる。

 

 「いてえ! いてえよ! 放しやがれ!」

 

 ロッテに簡単なアルスラン語を教わっていたので、短い言葉なら分かる。

 

 少年グループはリーダーを取り戻そうと、一斉に僕へ飛びかかってきた。

 

 「ユキナに何するのよ!」

 

 ミレーヌが即座に動いた。

 

 舞うように一歩踏み込み、少年たちの足元を払う。

 

 勢いよく走っていた少年たちは、まとめて石畳に転がった。

 

 ミレーヌは強い。

 

 けれど、相手を傷つけすぎないように、きちんと加減している。

 

 少年たちは呻きながらも、起き上がろうとしていた。

 

 盗んだ果物やソーセージが、石畳の上に散らばる。

 

 僕は腕をねじ上げた少年を押さえたまま、ようやく息を吐いた。

 

 遠くから、怒鳴り声を上げていた店主が駆け寄ってくるのが見えた。

 

 僕はその時、まだ知らなかった。

 

 この街で本当に怖いのは、盗みそのものではない。

 

 盗んだのが、誰なのかということだった。

 

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