君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百三十九話 拾われた子供たち
店主たちの背中を見送ったあと、僕とミレーヌはようやく息を吐いた。
身体に入っていた力が、少しずつ抜けていく。
あのまま誰かが一歩でも踏み込んでいたら、取り返しのつかないことになっていたかもしれない。
「ありがとうございます」
僕は助けてくれた冒険者ギルドマスターに頭を下げた。
ギルドマスターは、良いのじゃと言うように片手をひらひらと振る。
そして、石畳の上に座り込んだままの少年たちへ目を向けた。
「さて、お前たち」
その声に、少年たちがびくりと肩を震わせる。
さっきまで店主たちに殺されかけていたのだ。無理もない。
「仕事をやる。ついてこい」
「……仕事?」
リーダー格の少年が、警戒した目でギルドマスターを見上げる。
ギルドマスターは、ヒヒヒと笑った。
「今からお前たちは、冒険者ギルド預かりの見習いじゃ。飯と寝床は出す。その代わり、働け。文句はあるか?」
少年たちは顔を見合わせた。
戸惑いと警戒と、ほんの少しの期待が混じった顔だった。
盗みをして逃げ回っていた子供たちにとって、突然差し出された仕事という言葉は、信じていいものなのか分からなかったのだろう。
けれど、さっきまで向けられていた殺意を思えば、拒む理由もなかった。
やがて少年たちは、小さく頷いた。
「よし。なら決まりじゃ」
ギルドマスターは満足そうに頷く。
「まず、その汚い恰好をなんとかせんとのう。この冒険者ギルドマスター、オットーの名で預かる者がそんな姿では、儂の顔に泥を塗ることになる」
そう言って、ギルドマスター――オットーさんは歩き出した。
僕とミレーヌも、少年たちと一緒にその後をついていく。
少年たちはまだ不安そうだった。けれど、誰も逃げようとはしない。
逃げたところで、また同じ路地へ戻るだけだと分かっているのかもしれない。
白磁の頂き亭へ戻ると、オットーさんはそのまま少年たちを受付へ連れていった。
エルフの受付嬢、エレナさんが目を丸くする。
「ギルドマスター? この子たちは……?」
「拾い物じゃ」
「拾い物って……」
エレナさんは呆れたように言いかけたが、少年たちの汚れた服と痩せた頬を見て、表情を変えた。
「……事情は後で聞きます」
「うむ。手配を頼む。ギルド預かりの見習いとして登録しておけ。まずは風呂と飯じゃな」
「分かりました」
エレナさんはすぐに少年たちへ向き直った。
「みんな、ついてきなさい。まずお風呂に入ります。その後で食事です」
少年たちは不安そうに顔を見合わせる。
風呂。
食事。
その二つの言葉が、信じられないもののように聞こえたのかもしれない。
リーダー格の少年が、恐る恐る尋ねた。
「……金、取るのか?」
エレナさんは首を横に振った。
「取りません。あなたたちは今日からここで働くのでしょう? 働く子に、最初の食事を出さない職場なんてありません」
少年は、何を言われたのか理解できないような顔をした。
それから、少しだけ唇を噛む。
「……分かった」
そう言って、少年たちはエレナさんについていった。
僕とミレーヌは、何が起きているのか完全には分からないまま、オットーさんを見つめる。
「どういうことですか?」
僕が尋ねると、オットーさんは肩をすくめた。
「あの場であんた達が剣を抜いたら、取り返しがつかなくなったじゃろう?」
それは、その通りだった。
もし僕かミレーヌが剣を抜いていたら、あの場は血で染まっていたかもしれない。
「儂はな、フミンの子供が路地でどうなろうが、いちいち胸を痛めるほど善人ではない」
オットーさんは平然と言った。
その言い方に、僕は少しだけ眉をひそめる。
けれど、オットーさんは続けた。
「だが、あんた達を犯罪者にするのは困る。それに、ちょうど人手が足りなくなってきた。使えるなら使う。食わせる分は働かせる。それだけじゃ」
冷たい言い方だった。
けれど、先ほどの商店主たちの殺意とは違う。
少なくとも、少年たちは生きている。
そして、これから風呂に入り、食事を与えられる。
「でも……」
僕は言葉を探した。
納得できないものが、胸の奥に残っている。
フミン族というだけで殺されかけた子供たちが、誰かの名の下でなければ守られない。
それが当然のように語られるこの街の仕組みが、どうしても飲み込めなかった。
僕の表情を見て、オットーさんはヒヒヒと笑った。
「気に入らん顔じゃな」
「……はい」
「正直でよろしい」
オットーさんは、少年たちが連れていかれた方をちらりと見る。
「儂の名で雇った見習いなら、街の者は手を出せん。あやつらを傷つけるということは、冒険者ギルドに喧嘩を売るということじゃからな」
「つまり……身の安全を保証するために?」
「それもある。だが勘違いするでないぞ。働けぬなら追い出す。働けるなら残す。それだけじゃ」
厳しい言葉だった。
でも、ただの施しではないということでもあった。
あの子たちは哀れまれて飼われるのではない。
働くことを求められる。
そして働けるなら、ここに居場所を得られる。
それは、路地裏で盗みをして生きるよりは、ずっとましなのかもしれない。
しばらくして、少年たちは風呂に入れられ、身体を洗われた。
汚れが落ちると、みんな思っていたよりずっと幼い顔をしていた。
食事が運ばれてくると、最初は戸惑っていた少年たちも、空腹には勝てなかったのだろう。すぐに皿へ手を伸ばし、がつがつと食べ始める。
その様子を見て、ミレーヌが小さく息を吐いた。
「……よかった」
「うん」
僕も頷いた。
完全に納得できたわけではない。
この街の仕組みも、フミン族への扱いも、オットーさんの言い方も、すべてが正しいとは思えない。
けれど、少なくとも今、目の前の子供たちは殺されずに済んだ。
それは確かだった。
食事のあと、エレナさんが一人一人に合った服を持ってきて、少年たちに着せていく。
先ほどまで泥と汗にまみれていた子供たちが、少しずつギルドの見習いらしい姿に変わっていく。
少年たちは自分の袖や裾を何度も見下ろしていた。
驚きと戸惑いと、隠しきれない喜びが、その顔に浮かんでいる。
路地裏で盗みをしていた生活よりは、きっとましだ。
少なくとも、今日の寝床と食事はある。
そう思うと、僕はようやく少しだけ息をつけた。
その時、オットーさんがこちらを見た。
「これで貸しひとつじゃな、勇者ミレーヌ」
空気が変わった。
ミレーヌが目を見開く。
「……なぜ、それを」
オットーさんは、楽しそうに目を細めた。
「伊達に長生きはしておらんよ」
それだけ言うと、彼はヒヒヒと笑った。
僕とミレーヌは、言葉を失ったまま、その老人を見つめることしかできなかった。