君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第十四話 親友達と別れの盃――それぞれの道へ――
武官試験を終えたあと、僕は文官試験の会場へ向かった。
こちらは武官試験とは違い、いかにも国家試験という空気だった。
石造りの建物の中には机と椅子が整然と並び、受験者たちは皆、張りつめた顔で席についている。
窓から差し込む昼の光は明るいのに、室内の空気は妙に重く、紙をめくる音や筆記具の擦れる音ばかりが耳についた。
文官試験は地理、歴史、言語、魔法学など多岐にわたる。
僕は文官を目指しているわけではないが、神聖魔法を学ぶ以上、最低限の成績は必要だ。
結果だけ言えば、なんとか、だった。
大半は銅級。神聖魔法も銅級。
悪くはないが、自慢できるほどでもない。
それでも僕に必要な分は越えた。それで十分だった。
試験会場を出ると、ようやく肩の力が抜けた。
春の空気が思ったより温かくて、張りつめていた身体が一気に重くなる。
知らないうちに息まで浅くなっていたらしく、外へ出てから大きく息を吐いて、僕はやっと試験が終わったのだと実感した。
「やあ!! ユキナ、試験はどうだった?」
そう声をかけてきたのは、乾物屋の息子のヤオだった。
短めの黒髪を後ろで小さく結い、相変わらず少しぽっちゃりしている。
運動は苦手だが頭はいい。
「なんとか、ってところかな。そっちは?」
「筆記は悪くない。乾物屋の跡取りが数学や会計駄目だと格好つかないからな」
「ごもっとも」
「商家は大変ね。あたしは美術専攻だから、そのへんは気楽なものよ」
ひょこっと顔を出したのは、仕立て屋の娘のミンだった。
黒髪のおさげが肩の上で揺れて、いかにも手先が器用そうな、小柄で可愛らしい女の子だ。
「うちは猟師だから弓と気象学ね」
続いて現れたのはスグハだ。
長い髪を後ろで束ね、日に焼けた頬にいつもの勝気な笑みを浮かべている。
子どもの頃から山に入っていたせいか、僕たちの中でも一番足腰が強い。
「よっ、みんな揃ったな」
振り向くと、シンジが手を上げていた。
その隣にはミレーヌもいる。
「みんなお待たせ♪」
明るく笑うミレーヌの声が、どこか張りつめていた空気をふっと軽くした。
これで六人。
僕がこの世界で出会った、大事な友達が全員揃った。
ヤオ、ミン、スグハ、シンジ、ミレーヌ、そして僕。
小さな田舎町で一緒に育ち、同じ教室で笑ってきた僕たちは、今日を境にそれぞれの道へ進む。
これまで通り、毎日のように顔を合わせることはもうないだろう。
「じゃ、行こうか」
僕たちは連れ立って街へ繰り出した。
向かったのは、受験を終えた若者たちで賑わう酒場だった。
木の看板の下には人が出入りし、扉を開けた瞬間、焼いた肉と酒の匂い、笑い声と食器のぶつかる音が一気に押し寄せてくる。
まだ酒に慣れているとは言い難いが、この国では十五歳はもう大人だ。
奥の空いた卓に腰を下ろすと、すぐに大皿の料理と木のジョッキが運ばれてきた。
焼いた肉、豆の煮込み、黒パン、切り分けたチーズ。
どれも素朴だが、試験を終えた身体にはひどくうまそうに見えた。
「じゃあ、無事に十五歳になれたことと、試験を終えたことに」
ヤオが言って、僕たちは一斉にジョッキを掲げた。
「乾杯!」
木の縁が軽くぶつかり合い、淡い泡が揺れる。
口に含んだ酒は思ったより強く、舌に熱が広がって思わず顔をしかめた。
それを見てシンジが吹き出す。
「なんだよユキナ、酒蔵の息子のくせに」
「作るのと強いのは別だよ」
「情けなーい」
ミレーヌまで笑うので、僕も苦笑するしかなかった。
「ユキナが立派な冒険者になれるのを祈ってるわよ」
ミンが僕の背中を軽く叩く。
「無茶して死んだら承知しないから」
スグハが真顔で言う。
「言い方が縁起でもないよ」
「でも本当でしょ」
「まあな」
「シンジも頑張って下士官になりなさいよ」
ミンが言うと、シンジは鼻を鳴らした。
「言われなくてもそのつもりだよ」
「ヤオは店を大きくしそうだよね」
「潰さないように頑張るよ」
そんなふうに笑い合っていると、時間はあっという間に過ぎていった。
料理の皿は少しずつ空になり、酒場の喧騒も耳に馴染んでいく。
誰かが笑えば誰かが突っ込み、昔と変わらないやり取りが続くのに、もう同じ場所には戻れないのだと、どこかで皆が知っていた。
やがて、ふと会話が途切れる。
卓の上には飲みかけのジョッキと食べ残しのパン。
周りの席は相変わらず騒がしいのに、僕たちのところだけ少し静かになった。
「……また会えるよね」
ぽつりと、ミレーヌが言った。
いつもの明るさを少しだけ潜めた声だった。
僕はジョッキを置いて頷く。
「会えるよ」
言い切るには少し勇気がいった。
でも、ここで曖昧にしたくなかった。
「僕たちは、まだ始まったばかりなんだから」
シンジが「気障だな」と笑い、ヤオが肩をすくめる。
ミンは少し呆れた顔をし、スグハは「その時まで生きてればね」と現実的なことを言った。
ミレーヌは、またいつものように笑った。
酒場を出る頃には、空はもう赤く染まっていた。
西日が石畳を照らし、家々の壁を赤く染め、僕たちの影を長く引き伸ばしている。
昼間の喧騒が少しずつ落ち着きはじめた通りを、僕たちは並んで歩いた。
六つ並んだ影は、帰り道が分かれる場所で少しずつ別れていった。
「じゃあな」
「またね」
「死ぬなよ」
「そっちこそ」
そんな短いやり取りを交わして、僕たちは別れた。
もう二度と会えないかもしれない。
それでもあの夜、僕たちは確かに同じ時間を分け合っていた。
沈みかけた夕日の色も、酒場の熱気も、友達の笑い声も、きっとしばらくは忘れないだろう。