君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜 作:屠龍
第百四十一話 転生者たち
第百四十一話 転生者たち
ギルドマスターのオットーさんの言葉に、僕は顔を上げた。
転生者。
つまり、オットーさんも前世は地球人だったということだ。
まさか僕以外にも転生者がいるなんて、想像もしていなかった。
「転生者って、本当ですか?」
僕の問いに、オットーさんはゆっくり頷いた。
「本当じゃよ。儂もお主と同じ世界から、この世界にやってきた。儂の前世は、一九四五年に戦争に負けたドイツ人の一兵士じゃった。ベルリン攻防戦というのを聞いたことがあるかのう?」
僕は頷いた。
これでも、前世で学んだ世界史とゲーム知識は豊富な方だ。
ベルリン攻防戦。
僕はその名を知っていた。
前世で学んだ世界史にも出てきたし、戦争を題材にしたゲームでも何度か見たことがある。
第二次世界大戦の末期、敗北寸前のドイツ軍が首都ベルリンでソ連軍を相手に行った最後の激戦。
勝ち目のない戦いだった。
街は瓦礫になり、兵士だけでなく老人や子供まで戦場に駆り出されたと聞いている。
その戦いで死んだ兵士が、目の前の老人の前世だという。
「あの戦いは悲惨じゃった。当時の儂は徴兵されたばかりの新兵でな。ソ連軍と戦い、そこで死んだ。気が付けば、この異世界フォーチュリアに転生しておった」
オットーさんはそう言って、紅茶を啜る。
僕はその話を聞いて、言葉を失っていた。
まさか、あのドイツの戦死した兵士が異世界に転生していたなんて。
確かにゲームや漫画では、そういう話を見たことがある。
けれど、それが現実に起こっていて、しかも目の前に本人がいる。
そう考えると、頭の中がうまく追いつかなかった。
「ユキナ」
ミレーヌが、僕の顔を覗き込む。
「さっきから何を言ってるの? 転生者って何のこと? ボクに分かるように説明してよ」
ミレーヌの声には、不安が混じっていた。
当然だ。
この世界で生まれ育ったミレーヌに、地球やドイツやベルリン攻防戦の話が分かるはずがない。
僕は一度、深く息を吸った。
「黙っていてごめん」
「……うん。ボク、全部聞くよ。だから教えて。もうボクに隠し事しないで」
ミレーヌは、まっすぐ僕を見ていた。
その目から逃げてはいけない。
そう思った。
「分かった。じゃあ、最初から話すね」
僕はゆっくりと言葉を選んだ。
「僕の魂は、もともとフォーチュリアじゃなくて、別の世界から来たんだ。日本って国でね。僕はそこで、病気で死んだ子供だった」
ミレーヌは何も言わず、僕の言葉を聞いている。
僕は続けた。
前世の日本で、病院の中で死んだこと。
四歳の頃に前世の記憶を思い出し、この世界が地球ではないと気づいたこと。
そして、その話をミレーヌにできなかったこと。
本当のユキナという少年の身体を、自分が乗っ取ってしまったのかもしれないと思って怖かったこと。
それを知られたら、ミレーヌに嫌われてしまうかもしれないと思っていたこと。
言葉にするたび、胸が痛くなった。
ずっと隠していたものを、無理やり引き剥がしているようだった。
「ごめん、ミレーヌ」
僕の声は震えていた。
「もしかしたら僕は、この身体の本当の持ち主を消してしまったのかもしれない。それが怖かった。ミレーヌにそれを知られたらと思うと、どうしても言い出せなかったんだ」
ミレーヌは、すぐには答えなかった。
ただ、僕をじっと見つめていた。
ミレーヌの瞳が揺れている。
僕が話したことを、すぐに全部理解できたわけではないのだと思う。
別の世界。
日本。
病院。
死。
転生。
この世界で生まれ育ったミレーヌにとって、それはおとぎ話よりも遠い話だったはずだ。
それでも、ミレーヌは僕から目を逸らさなかった。
責める目ではなかった。
怖がる目でもなかった。
ただ、僕が今にもどこかへ消えてしまうのではないかと、必死に確かめているような目だった。
「ユキナは……ずっと、それを一人で考えてたの?」
ミレーヌの声は小さかった。
僕は頷くことしかできなかった。
言えば嫌われるかもしれない。
言わなければ、ずっと嘘をついていることになる。
そのどちらも怖くて、僕は何年も逃げていた。
ミレーヌは少しだけ唇を噛んだ。
そして、次の瞬間、僕の胸に額を押し当てるようにして抱きついてきた。
「他の人が言うなら信じられないけど……ユキナがボクに嘘を言うわけないから信じるよ」
「ミレーヌ……」
「でもね、ユキナ」
ミレーヌはそっと顔を上げると、僕の頬に小さくキスをしてくれた。
それから、まっすぐ僕を見る。
「ボクにとっては、今ここにいるユキナがユキナだよ」
その言葉に、胸が詰まった。
嬉しかった。
けれど、それでも不安が完全に消えたわけではなかった。
僕が本当にユキナとして生まれたのか。
それとも、どこかで誰かを押しのけてしまったのか。
その答えだけは、僕自身にも分からなかった。
「その心配はないじゃろうなあ」
オットーさんが、静かに言った。
僕とミレーヌは顔を上げる。
「どういう事ですか?」
「そのままの意味じゃよ。儂には、前世の記憶も、この世界で生まれてからの記憶も、どちらもある」
オットーさんは紅茶のカップを置いた。
「儂はこの世界で生まれ、オットーとして育ち、勇者と冒険をし、シャルルの祖母と出会った。その全部を覚えておる。別の誰かを押しのけて入り込んだのではない」
「でも、僕は……前世の記憶を思い出したのが四歳の頃で……」
「発現の時期は人によって違うのじゃろう。だが、儂の知る転生者は皆そうじゃ。前世の魂が、この世界で新しく生まれ直した。誰かの身体を奪ったわけではない」
オットーさんは、僕をまっすぐに見た。
「ユキナ。お主は最初から、この世界のユキナとして生まれたのじゃ」
その言葉を聞いた瞬間、僕の手が震えた。
震える手の上に、涙の雫が落ちる。
ずっと怖かった。
誰にも言えなかった。
ミレーヌにさえ、言えなかった。
自分がここにいていいのか。
ミレーヌの隣に立っていいのか。
僕はずっと、その答えを探していたのかもしれない。
ミレーヌが、僕の手を包み込む。
その手は温かかった。
「ユキナ」
ミレーヌが、優しく僕の名前を呼んだ。
「ボクは、ユキナがここにいてくれて嬉しいよ」
涙が止まらなかった。
──僕はこの世界にいていい。
ミレーヌの隣にいていいんだ。