君とボクの二度目の冒険 〜転生した少年と幼馴染の勇者が、魔王の孤独を救うまで〜   作:屠龍

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第百四十二話 勇者を支える者たち

第百四十二話 勇者を支える者たち

 

 嬉し涙で子供のように泣く僕を、ミレーヌが優しく抱きしめてくれた。

 

 この温かな人と、堂々と一緒に生きていける。

 

 それが、とても嬉しかった。

 

 しばらく泣き続ける僕を、オットーさんは黙って見守っていた。

 からかうでもなく、急かすでもなく、ただ静かに待ってくれている。

 

 まるで、遠い昔に同じような涙を見たことがある人のようだった。

 

 ようやく泣き止んだ僕は、ミレーヌの服を濡らしてしまったことに気がついた。

 

 「ごめん、ミレーヌ。服、濡らしちゃったね」

 

 「そんなこと気にしなくていいよ」

 

 ミレーヌは笑って、僕の背中を軽く叩いた。

 

 「ユキナが泣きたい時は、ボクが支える。ボクが泣きたい時は、ユキナが支えてね」

 

 「うん。絶対支える」

 

 そう答えると、ミレーヌは安心したように微笑んだ。

 

 その笑顔を見て、胸の奥に残っていた冷たさが、少しずつ溶けていく気がした。

 

 僕は改めて、オットーさんの方を見る。

 

 聞きたいことは、まだあった。

 

 「でも、どうして僕やオットーさんは、この世界に転生してきたんですか?」

 

 それは、僕が長年聞いてみたかったことだった。

 

 どうして僕は、この世界にたどり着いたのか。

 

 ただの偶然なのか。

 

 それとも、何か意味があるのか。

 

 オットーさんは、紅茶のカップを置いた。

 

 「それはな。転生者は、勇者を支える者としてこの世界に生まれることが多いからじゃよ」

 

 「勇者を……支える?」

 

 ミレーヌが小さく繰り返す。

 

 僕もすぐには意味が分からなかった。

 

 転生者が、勇者を支える存在になる。

 

 それなら僕がミレーヌのそばに生まれたことにも、意味があるというのだろうか。

 

 「そうじゃ」

 

 オットーさんは、ゆっくりと頷いた。

 

 「マリータの周りにも、儂らがいた」

 

 「母さんの周りに……?」

 

 ミレーヌの表情が変わる。

 

 オットーさんは、懐かしむように目を細めた。

 

 「ミレーヌの父親は神官じゃった。だが、前世では医者をしておった。儂は盗賊。もう一人、仲間の魔術師も転生者じゃった」

 

 「お父さんが……転生者?」

 

 ミレーヌの声が揺れた。

 

 彼女の父親は、確かに優れた医者だった。

 

 この世界の水準から見ても、明らかに高度な知識を持っていた。

 ミレーヌの治療魔法や薬学の基礎にも、その影響は大きかったはずだ。

 

 今なら分かる。

 

 あの知識の源は、前世にあったのだ。

 

 「戦士とエルフは、この世界の者じゃった。儂らは皆、勇者マリータを支える仲間だった」

 

 オットーさんの声は、静かだった。

 

 「マリータは儂らを導く勇者じゃった。強く、優しく、誰よりも前に立つ女だった」

 

 そこまで言って、オットーさんは少し黙った。

 

 懐かしさの奥に、消えない痛みがある。

 

 「じゃが、マリータは魔王に敗れた」

 

 ミレーヌの手が、僕の手を強く握る。

 

 「……敗れた?」

 

 「あと一歩というところでな。魔王を追い詰めはした。だが、倒しきることはできなかった。そしてマリータは、決して治せぬ呪いをその身に受けた」

 

 部屋の空気が、重く沈んだ。

 

 マリータさんは病死した。

 

 ミレーヌは、ずっとそう聞かされてきたはずだ。

 

 けれど、オットーさんの口から語られた真実は違った。

 

 「病死じゃ……なかったの?」

 

 ミレーヌの声は、かすれていた。

 

 「表向きはそうされた。だが本当は、魔王の呪いじゃ」

 

 オットーさんは、ミレーヌをまっすぐ見た。

 

 「その時、マリータの腹には子がいた。ミレーヌ。お主じゃ」

 

 ミレーヌは息を呑んだ。

 

 僕も、すぐには言葉が出なかった。

 

 魔王の呪いを受けた身体で、ミレーヌを身ごもっていた。

 

 それがどれほど過酷なことだったのか、想像するだけで胸が詰まる。

 

 「マリータの夫――つまりお主の父親は、前世では医者じゃった。だからこそ、必死にマリータを救おうとした」

 

 オットーさんの声が、ほんの少し低くなる。

 

 「医術を使い、神官としての術を使い、仲間の魔術師とエルフの力も借りた。儂らもできることは何でもした。じゃが、呪いを消すことだけはできなかった」

 

 ミレーヌは俯いていた。

 

 ただ、僕の手を握る力だけが強くなっていく。

 

 「それでも、マリータは生きた。お主を産むために。お主を抱くために。お主に笑いかけるために」

 

 オットーさんの目が、優しく細められる。

 

 「そして短い時間ではあったが、確かにお主を育てた。命を削りながらな」

 

 「母さん……」

 

 ミレーヌの声が震えた。

 

 彼女はきっと、幼い頃の記憶を必死に手繰っているのだろう。

 

 母の声。

 

 母の腕。

 

 母の笑顔。

 

 失ったと思っていたものが、今、別の意味を持って戻ってきている。

 

 「マリータは、最後の命を使い果たして、お主に勇者の光を受け継がせたのじゃ」

 

 その言葉に、ミレーヌは何も言えなかった。

 

 ただ、唇を噛みしめ、僕の手を握っている。

 

 母は、ただ病で死んだのではない。

 

 魔王に敗れ、呪いを受け、それでも娘を産み、育て、最後に勇者の光を託した。

 

 その事実は、あまりにも重かった。

 

 でも同時に、そこには確かな愛があった。

 

 「ミレーヌ」

 

 僕が小さく呼ぶと、ミレーヌはゆっくり顔を上げた。

 

 目には涙が浮かんでいた。

 

 けれど、泣き崩れはしなかった。

 

 「……母さんは、最後までボクを守ってくれたんだね」

 

 「そうじゃ」

 

 オットーさんが頷く。

 

 「マリータは最後まで、お主の母だった。そして勇者だった」

 

 ミレーヌは黙って頷いた。

 

 僕はその横顔を見つめる。

 

 悲しみだけではない。

 

 誇りのようなものが、そこにはあった。

 

 オットーさんは、静かに紅茶のカップを置いた。

 

 「そして、もう一つ。お主らが知らねばならぬことがある」

 

 僕とミレーヌは、息を呑んだ。

 

 オットーさんの目が、わずかに鋭くなる。

 

 「魔王もまた、転生者なのじゃよ」

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